
現代のテント、とくに山岳用のテントは、風や雨への対応をしっかりと考えて設計されており、「正しい」テントの張り方を行なっていれば、台風のような相当な悪天候にも耐えられます。
風でテントが壊れたり、雨水が浸水してきたりといったトラブルはよく見聞きしますが、テントをしっかりと設営できていれば防げたものが多く、少なくても被害を格段に軽減することができるのです。
山岳ライターで、テント泊の方法や山道具についての本も書いている筆者は、職業柄、山中のテント場で登山者がどのような方法でテントを設営しているかいつもチェックしていますが、ざっと見た感じでは半数以上が適切な方法で設営できていません。
それでも晴れていて風が弱いときは問題にはならないのですが……。
そのあたりのことについては、以前書いた記事でも触れていますので、ぜひご一読ください。
「雨」も嫌だけど、とくに「強風」には注意!
さて、これから説明するのは、「正しい設営方法」を理解したうえでの”応用編”。“悪天候時にどのようにテントを設営するのか”という話です。山中での悪天候とは、すなわち「風」と「雨」。とくに「強風」です。
「雨」でテントが濡れれば非常に不快ではありますが、多くの場合は不快なだけで、一晩くらい我慢すればなんとかなります。しかし「強風」の際はそれどころではありません。
テントが破壊されたり、吹き飛んでしまったりするのですから!

設営時に天気がよければ、説明書通りの「正しい」設営を行なえばいいでしょう。しかし難しいのはすでに設営しようとしたときに悪天候になっていたとき。強風が吹き、雨が降り注いている状態では、セオリー通りの設営は難しく、そもそもその方法では立てられないこともあります。
そんなときはどうすればいいのでしょう?

そのなかで、とくに「設営」という面で重要なのは、ポールをインナーテントの細長い袋状の部分(スリーブ)に通すことで立体化させる「スリーブ式」なのか、ポールにフックでインナーテントをつるして立体化する「吊り下げ式」なのかということ。
また、それらもモデルごとに設営方法が大きく異なります。
そんなわけで、以下で説明していくことは、サンプルに使ったテントでの一例でしかありません。紹介する方法やアイデアは、みなさんがお持ちのテントに合わせて応用してください。
では、はじめに「スリーブ式」テント。「吊り下げ式」は改めて別の記事としてご紹介しますが、この「スリーブ式」の方法も参考になるはずなので、併せてお読みください。
重要ポイントを把握!「スリーブ式テント」設営の一例
最初に風向きを確認します。テントというものは大半が上から見ると長方形です。つまり、短辺と長辺があり、そのうち風を受けるのが短辺になるように設営位置を考えます。少しでも風の圧力がかかる面積を減らすためです。
テントの長辺ではなく、「短辺を風上」に!

出入口が短辺にあるテントならば、出入り口は風下に。風上にすると風が内部に吹き込み、いくらしっかりと設営できても、テントが簡単に吹き飛んで危険です。
出入口が長辺にあるテントであれば、風が出入り口に対して横向きに吹くので、出入り口が短辺にあるテントほどは危険ではありません。


風上に樹木などがあれば、風の圧力が抑えられ、さらに設営しやすくなります。
ここからは順を追って見ていきましょう。
▼使用テント:「ライペン/トレックライズ1」
出入口が長辺にあるスリーブ式で、ポールを差し込むスリーブの末端は袋状になっています。インナーテントとフライシートはバックルで結合します。

【1】風上に立ち、風に背を向けてインナーテントを広げます。

【2】膝で体重をかけてインナーテントを押さえながら、ペグを打ちます。
吹き飛ばされないように、はじめに「風上」をペグで固定
風上の2か所にペグを打ってしまえば、少なくてもインナーテントが吹き飛ばされる可能性は少なくなりますが、急に風向きが変わるとペグからテントが外れてしまいます。必ずテントのどこかを手で持っているか、膝などで体重をかけたりして、設営作業を進めていきます。

このときは、まだ風下側のペグは打つ必要がありません。

【4】つぶれたままのインナーテントの上にフライシートをかけてしまえば、これで設営中にインナーテントが雨で濡れることをかなり防ぐことができます。
先ほどと同じように膝で押さえながら、フライシートとインナーテントをバックルで連結。これも風上側のみにしておきます。
重要!手順だけでなく、細かいことも忘れない
設営に夢中になっていると、忘れがちなことがあります。例えば、テントやポールを出した後のスタッフバッグ。雨で濡れるくらいならいいのですが、風で飛ばされて紛失すると大ごとです。

また、雨天時は設営中のバックパックにはカバーをかけたままにして、カバー側を雨が降ってくる空に向けておきます。背面パッドができるだけ濡れないようにしておくと、テント内に収容したときに内部をあまり濡らさずにすみます。
通常とは逆。フライシートをかけてからポールを差し込む
一般的なスリーブが付けられたテントは、インナーテントをポールで立体化させてからフライシートをかけていきます。しかし、大雨のときはそんなことをしているうちにインナーテントがずぶ濡れになってしまいます。
そこで、ポールで立体化する前に早々とフライシートをかけてしまうのもひとつの方法。ただ、慣れないとむしろ時間と手間はかかります。
雨で濡れても通常通りの方法ですばやく設営していくか、雨で濡れないようにしつつ、手間をかけて設営していくか、そのときの天候の状況に応じて考えましょう。

【5】ポールをすべて伸ばします。風が強いときは、このときも膝でテントを押さえたまま作業をしましょう。

【6】フライシートをまくり上げて、インナーテントのスリーブのなかにポールを差し込み、末端まで押し込んでいきます。
大雨のときは有効な方法ですが、小雨のときは面倒なだけかもしれませんので、これ以降は普通の順番でもよいでしょう。
ここが勝負時! 風が弱まったタイミングで一気に立体化!
どのようなテントでも、立体化したうえですべての個所をペグで固定したとき、最高の強度を発揮します。反対に弱いのは、立体化しつつあるのに地面に固定されていない状況です。ポールやテントの生地に強い負担がかかっているのに形状が一定していないので、風の圧力がかかるとポールは折れ、生地は引き裂かれてしまいます。こんな時間が可能な限り短くなるように、次からの作業はスピーディに行わねばなりません。

これまで風下側のペグを打っていなかったのは、四隅すべてのペグが打たれている状態では押し込んだポールが湾曲せず、テントが立体化しないからというのが大きな理由でした。

【8】テントが立体化したら、インナーテントのフロアの角にあるグロメット(ポールを指しこむ穴)にポールの末端を差し入れます。もう一方のポールも同様に。
このポールを湾曲させていく瞬間がもっとも風に弱い状態です。風圧がかかると不安定な状態のポールは簡単に折れてしまいます。できれば、テントからは絶対に手を放さなず、風が弱いタイミングを見て、一気に!

【9】居住空間が立体化したら、すぐさま風下側のペグを打ち、インナーテントとフライシートをバックルで連結します。これでテントが吹き飛ばされる可能性は格段に減少しました。
ガイラインなどを微調整し、強度をさらに高める
テントが立体化し、風下側のペグまで打ってしまえば一安心です。内部に荷物を入れてしまえば、その重みもテントの支えになります。あとは細かい部分を調整していけば、よほどの悪天候でも耐えられるはずです。


【11】前室部分のペグを打ち、その後に風上側のガイラインもペグで打ち、テントの強度を高めます。
強風に打ち勝つためには、この”ポールに連動したガイライン”をペグで確実に固定すること! 非常に重要なポイントです。

【12】最後に、風下側のガイラインも固定。その後、バックルやガイラインを調整して、テントに張りを与えます。
どこか緩んだ場所があると、強風であおられているうちに、ますます緩んでくるので、ビシッとテンションを与えましょう。
これで完成です!
重要なのは、はじめに風上側を固定し、それから風下側を進めていくという作業の流れ。
風圧のかかる風上からテントを固定していけば、ペグによってテントが飛ばされる恐れが減るだけではなく、インナーテントやフライシートを広げるときに風の力を利用できます。
これが悪天候時のスリーブ式テントの設営方法ですが、あくまでもライペン/トレックライズ1を使った一例のため、自分のテントに合わせて応用してください。
安全に、快適に過ごすには、こんな部分も要注意
また、設営時には以下のような点も安全度や快適さを大きく変えるポイントになります。とくにガイラインの位置(方向)はとても重要です。覚えておくと、強風のときこそ効果を発揮しますよ。
ガイラインを張ったときに、もっともテントの強度が高まるのは、左のようにポールの延長線上で固定したとき。右のようにズレていると、効果は半減。

テントをしっかり張ったのに、雨漏りしてきた……という問題が起きたとき、チェックしてほしいのはベンチレーター。右は悪い例、左が正しい例です。
巾着式の丸いベンチレーターは、うっかりフライシートの内側に垂らしていると、漏斗のように雨水を流し込んでしまいます。左のようにしていたはずなのに、風によって右のようになってしまうこともあるので、テント内に水が入ってきたら再確認を。内側に垂れてきていたら、外側に押し出します。
大切なのは、状況に合わせた「臨機応変」

一口に悪天候といっても、風と雨どちらかならば、対応は比較的簡単ともいえます。しかし風と雨のダブルパンチは非常に厄介。
いずれにせよ、状況によって同じテントでも設営方法や手順は変わってきます。臨機応変に対応することが重要です。
そんなわけで、「悪天候時のスリーブ式テントの設営方法」の一例でした。次回は悪天候時の「吊り下げ式テント」の設営方法。
現代のテントではスリーブ式以上にメジャーな存在なので、きっと参考になると思いますよ。