何度登っても思う。山は常に危険と隣り合わせ
山田 祐士:社団法人日本アルパインガイド協会認定 アスピラントガイド。高校山岳部に入部してから現在まで、20年以上に渡って山登りを続け、マッターホルン登頂。現在、より多くの人に正しい登山の知識や技術だけでなく”楽しみ方”を伝えたいと初心者~上級者まで幅広くガイドしている。今回は、冬期富士への挑戦に向けた、八ヶ岳トレーニングを紹介。すべては「どうしても冬の富士山に登りたい」という1本の問い合わせから
私の所属する事務所から、フランス人の方が冬の富士山に登りたいので、ガイドしてほしいという依頼が入りました。冬富士、それは剱岳や谷川岳のように、岩壁こそないものの、カチカチの氷のスケートリンクが1,500m以上に渡って覆う、非常に厳しい山です。冬は雪山上級者向きの山に変貌します。「まじか・・」これは厳しい仕事になる

でも、彼らの最終目標は8,000m超えのエベレストだった
お客様の今後のビジョンを伺ってみました。冬富士を登った後は、キリマンジャロに登り、その後は南米最高峰のアコンカグア、そして5年以内にヒマラヤの8,000m峰チョ・オユーとエベレストに登りたいとのことでした。それならば十分なトレーニングを積んで、冬富士に登らせて差し上げたいと、決意を固めました。なら、やるしかない。本気なら、本気で指導し導くのが山岳ガイドの使命
彼と話をするうちに、志が伝わってきました。それならばこちらも的確な指導をして、無事に冬富士登頂へ導くのが山岳ガイドの使命です。山岳ガイドは及び腰では務まりません。ただ私の脳裏には、冬富士の頂上で挨拶した人が、下山中に滑落して即死した記憶が蘇っていたのも事実です。「お客様を生きて帰さねば…!」基礎をしっかり。今回の2つのトレーニングテーマ
①自分の装備を”的確に”、”素早く”取扱いをする
12月から八ヶ岳でトレーニングを始めました。私が彼に提示した課題は、装備を的確に、かつ素早く取り扱うことができるようになることです。冬山では指がかじかむし、服装も分厚くなるので、装備の取り扱いは、夏より難しくなります。彼はアイゼンの装着からハーネスの調整などを、インナーグローブをしたままでできるようにならなければなりません。②”転ばない”アイゼン歩行
冬富士は、傾斜はそれほどないものの、夏のそれとは全くの別世界で、全面スケートリンクのようにカチカチのアイスバーンになっています。その状況で一つでもミスをすれば、怪我では済みません。もちろんガイドがロープで確保しているので、お客様が転ぶ前に態勢をコントロールします。しかし、つまずいてアイゼンをもう片方の足に引っ掛けるということは、絶対にやってはいけないことなのです。今回の八ヶ岳トレーニングルート紹介
①赤岳、硫黄岳のノーマルルート
【歩行時間】硫黄岳(赤岳鉱泉から)3時間/赤岳(赤岳鉱泉から)5時間半【ルート選択理由】
硫黄岳は、南八ヶ岳の赤岳鉱泉(山小屋)をベースにして登れる、難所のないルートの為、冬山入門者に適しているからです。
赤岳は、ロープで確保しながら登り下りする練習にちょうど良いのと、岩と氷雪の混じった所を慎重に歩く練習にちょうど良いからです。
このルートの注意箇所

②阿弥陀岳、赤岳のバリエーションルート
【歩行時間】阿弥陀岳北稜 3時間/赤岳主稜 4時間【ルート選択の理由】
阿弥陀北稜:アイゼンを履いてヤセ尾根やちょっとした岩場を登る経験ができるとともに、山頂からの下りは非常にデリケートな為、下りの集中力を養うのに適しているからです。
赤岳主稜:冬富士とは趣が異なりますが、寒風吹きすさぶ中での厳しいルート攻略は、精神力・総合的技術力を高めるのに適しているからです。
このルートの注意箇所
①必ず信頼できる経験者やガイドと登るようにしましょう。ロープが必要なので、決して単独では行かないようにしてください。②阿弥陀岳から行者小屋への下りは、通常中岳沢を下降するのが早いです。ただしここは雪崩のリスクがあります。降雪直後や雪の安定していない時は、中岳経由で文三郎道まで歩いてから下降するようにしましょう。
③赤岳主稜を登って、疲れた体で難所を下ることは、集中力の持続と、体力が必要です。絶対に転んではいけません。
冬山登山の基本の5つの注意点
気象情報の事前チェック

地形図に慣れ親しむ

冬山では、夏に見えている標識が雪で埋まっていることが多々あります。標識頼みで進むべき道を選ぼうとすると、間違いなく道に迷います。また夏道と冬道が違うことがよくあります。なので地形図は、読図講習会に参加して、慣れ親しんでおくようにしましょう。
アイゼン歩行に慣れる
アイゼンを装着して歩くと、なかなか疲れるものです。アイゼンを履くと、片足の爪で、もう片方のパンツの裾を引っ掛けてしまうことがあります。それが原因で転倒することもよくあります。まずは平原や安全な所で、アイゼン歩行をたくさん練習する必要があります。うまく歩くコツは、肩幅より気持ち狭いぐらいに足を広げて歩くことです。疲労がたまってくると、歩行がおざなりになりなるので、下山時には、より神経を足元に集中するようにしましょう。凍傷への対策
もっとも簡単に凍傷になるパターンは、手袋が濡れて、寒風が吹くことです。雪を触って濡れた手袋に寒風が当たると、手指の温度をあっという間に奪います。手袋は濡らさないように注意するとともに、手袋の予備は多く持ちましょう。また八ヶ岳の稜線上など、気温が低くて風が強い所では、鼻や頬、耳が凍傷になりやすいです。首から上の防寒暴風対策をお忘れなく。体温調整
冬山で汗をかくと、それが蒸発する時に体温が奪われます。それを防ぐには、まず歩き始めの30分ほどは厚着で体温を温めます。その後暑くなるので、何枚か着ている物を脱ぎます。そして稜線にでたら風が強く吹くことが多いので、稜線直下でジャケットなどを着て、防風対策をします。そして休憩の時はみるみるうちに寒くなっていくので、一番外側にダウンジャケットを羽織ります。このように、冬山では細かな服装調整が重要です。決して面倒臭がって怠ってはいけません。
雪に親しんで、年中山を楽しみましょう

今回のお客様は、冬富士からエベレストを目指す、いわば超硬派な方ですが、北八ヶ岳の易しい雪山コースや、霧ヶ峰などでのスノーシューハイクなど、初心者が安心して十分に楽しめるフィールドはたくさんあります。まずは道具をレンタルして、ガイドイベントや講習会などで、雪山を実体験してみると、世界が広がるでしょう。ただし誰かに連れて行ってもらう場合でも、事前の情報収集や天気予報のチェックなどをしておき、リーダーに頼りっきりにならぬようにすることが、ステップアップの重要な要素です。
Winter mountain will show you a new world !
雪山は新しい世界を覗かせてくれる!