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誰にでも起こりうる、登山中のケガ
長時間歩行での靴ずれやふらつきによるねんざ、岩場でのすり傷など、登山についてまとう「ケガ」のリスク。もちろんケガをしないよう細心の注意を払っていますが、ケガ、しかも救助要請が必要となる重傷を負ってしまったら……。今回はそんな「ケガ」を負ったかたのビフォーアフターを本人の回想を交えつつ紹介します。
登山の基本となる「足」をケガしたWさん

森林レクリエーション協会の森林インストラクター/森林活動ガイドと、日本山岳ガイド協会の登山ガイド資格も取得している生粋の登山愛好家です。

アイスクライミング中にパートナーが約10m墜落し、巻き込まれて下敷きになった瞬間に右足首に衝撃が走りました。結果として、右足の脛骨・腓骨(すねの内側と外側の骨)の足首付近両方を骨折という重傷となりました。
【Wさんの証言】
「バキッ」という音が聞こえ、足首が折れたことが一発でわかりました。
ただ、その焦りよりも「今からどうしよう?ここでどうやって下りるか?(事故現場は下部の氷瀑を登攀した後の2ピッチ目だった)」や「パートナーはケガしていないか?」という二次被害が真っ先に思い浮かびました。

山岳遭難者のうち、約4割はケガをしています!

警察庁が毎年発表している「山岳遭難の概況」によると、平成30年の山岳遭難者は全国で3,129人、そのうち342人が死者・行方不明者ということで帰らぬ人になっています。残りの2,787人のうち無事救助は1,586人、すなわち残りの1,201人は負傷しているのです。

帰宅した翌々日に初入院→初手術の怒涛の展開!

翌々日に近所の総合病院を受診しましたが、医師からは即日入院・翌日手術という診断が。骨がズレてくっ付いてしまうなどの後遺症を避けて骨自体の回復も早めるため、骨折箇所をボルトとプレートで固定する手術が必要だと判断されたそうです。
人生初の入院からいきなりの手術! 恐怖や落胆などの感情に見舞われたのではないでしょうか。
【Wさんの証言】
まずは「しっかり治さないと」いう思いが強く、恐怖はあまり感じませんでしたね。
手術自体は麻酔が効いた状態で行われたので痛みはなく、モニターに映し出される自分の足にボルトが打ち込まれていく様子を眺めるほどリラックスした状態でした。
むしろ苦しかったのが合併症状。手術の翌日から強い頭痛と吐き気に見舞われました。
Wさんが苦しんだ合併症状は稀なケースらしいのですが、手術時の腰椎麻酔の注射によって髄液が針の穴から流れ出し脳圧が下がることで起こるそうです。頭痛と嘔吐の連続という症状が1週間ほど続き、食事もロクにとれない状態。体重も4kg落ちてしまったそうです。
退院してからがさらに大変!不便な生活とリハビリの日々

ギプスの中での足のストレスや、普段なら5分くらいで歩ける距離でもかなりの体力を使う松葉杖での移動。体験したことのない苦労に向き合う日々となりました。
【Wさんの証言】
しばらく座っていると足がむくんでパンパンに張ってしまいギプスで締め付けられたり、汗をかくとかゆいなど、不快でたまりませんでした。
体重がかかると脇の下が擦れて痛くなり、初めての松葉杖生活は思った以上に大変でした。
ギプスを外したら、足が細くなっていた!!

Wさんは事故から約2週間後にギプスを外し、手術部位の抜糸を行いました。比較的早いタイミングでギプスが外れましたが、それでもケガをした右足には大きな変化が。すでに拘縮は始まっており、足首はおろか足の指も曲げられない状態になっていたのです。
【Wさんの証言】
拘縮と同時に筋肉が落ちて細くなってしまいました。足のリハビリが気になりましたが、医師からは「とにかく動かして下さい」というアドバイスのみで、正確なやり方がいまいち分かりませんでした。
リハビリを支えた「早く山に戻りたい」気持ち

結果として、事故の約1カ月半後には2分の1加重(両足で立ち上がる)、さらに事故の2ヶ月後には全加重(ケガをした足片方で立つ)許可を、医師から得ることができたのです。
【Wさんの証言】
理学療法士さんには「早く登山に復帰したいので、ハードなメニューでも大丈夫」としっかり伝え、キツめに指導してもらいました。
同じ時期に同じ部位のケガでリハビリをしていた人が私以外にも2人いたのですが、おかげで回復は私がいちばん早かったですね。
定期検診の際には医師からも「拘縮と筋肉の回復が早い」と言われたそう。Wさんがリハビリに努力したことが結果に結びついたようです。
ケガで変わった「登山」への向き合いかた

ボルダリングジムやフリークライミングなどにも復帰していきますが、やはり以前ほどのポテンシャルは発揮できなかったよう。右足の筋肉が落ち、痛みもあるために爪先に荷重をかけられない状態やリスキーな登山スタイルへの向き合い方など、心身ともに変化が起こりました。
【Wさんの証言】
身体面では、ちょっとした段差も越えられなかったり思うように着地ができない。ひたすら静かに歩くしかないという感じでしたね。
精神面では、リスクの高いリードクライミングやアイスクライミングはあまり「やる気」が起こらなくなりました。他にも登山の楽しみ方はさまざまですからね。
そんなWさんは、結果としてリードクライミングは10カ月後に復帰しました。ただしケガの原因となったアイスクライミングは、いまだに再開していないそうです。
1年経って再手術。あなたは頑張りぬけますか?

けれども、事故直後は半年は登山不可能と言われた状態から驚くべきスピードでカムバックしたWさんなので、いまも登山再開に向けて前向きに行動しています。
同じ状況や部位ではないにせよ、誰もが遭遇する可能性のある「登山中のケガ」を、今回はWさんの協力で紹介させていただきました。
ケガをするのはほんの一瞬ですが、そこから心身ともに登山ができるようになるまでには、Wさんのケースでも1年以上という時間がかかっています。みなさんが登山をする際に、少しでも「一瞬のあとに起こりうること」を思い出してもらうことで、より安全な登山を心がけてもらえればと思います。