いつも歩いている「登山道」。誰が作ったか知ってますか?

ありがたいし便利だけど、でも「これっていつ、誰が、どうやって作ったものなの?」
実はよくわからない「登山道」の成り立ち

それは明治時代以前の交易や移動のための「峠道」であったり、山岳信仰の「巡礼の道」であったり、起源が明確ではないものも多くあります。また法制度が整えられた明治以降でも、山の所有者の許可を得ずに作られた「山道」もあるのです。
山の所有者=登山道の管理者とはならない、複雑な事情

山に所有者がいるなら、そのひとが管理していると思いますが、答えは「Yes!」とはいかないのです。実は「登山道の所有者・管理者」と「山の所有者」が異なる場合が多々あるからなのです。
みなさんおなじみの「北アルプス」の場合

国有地 | 公有地 | 私有地 |
155,222 ha(89%) | 5,164 ha(3%) | 13,937 ha(8%) |
つまり「国立公園」という名前ですが、土地や登山道の所有者が国とは限らないですし、またこの広大な土地の整備・管理を国だけで行っているわけではないのです。
「登山道」の管理や整備は誰がやってくれているの?
ここまで読んでいて、「登山道」というものは、必ずしもすべてが誰かが意図して敷設し、維持管理しているものでもないということがわかってきました。そこでちょっと考えておきたいことがあります。ということは、そのハシゴや鎖は誰が管理している…?

もちろん「使っても問題ないだろう」と思っているから使っていますが、よくよく考えるとハシゴがきちんと固定されておらず倒れてきたり、鎖が錆びていて切れたり……なんてことが起こってもおかしくはない。「誰かが管理してくれている(だろう)」という前提なしには成り立たないのです。
登山道の整備に不備があっても、管理責任を問うことができない場合も

こういった維持整備は「登山道の管理者があいまい」な状態で慣例的に行われています。管理者があいまいということは、何かあった場合に責任を負うべき人が明確でない、ということ。
先の例のように、古いハシゴや鎖は誰かが設置したものだけど、誰が設置したかわからない。だから何か不備があっても責任を問うことは難しい、ということになるのです。
「登山道」を歩く登山者が、もやもやしないために

編集部
村岡
村岡
折れた枝をどけたり、崩れた登山道は誰が直すんだろう……何か手伝えることはないかな……
ボランティアで何かしたいと思っても、窓口がよくわからない。
まずは「登山道ってどうやって作られ、誰が維持管理しているの?」ということを調べていった結果、「登山道の管理者って結局よくわからない」というもやもやした答えにたどりついたのが、この記事です。
この記事を制作するにあたって、登山家でもあり弁護士でもある溝手康史先生による『登山の法律学』『登山者のための法律入門』という本を参考文献とし、監修をお願いしました。
これらの本では日本の法律という観点でみた登山という行為や、登山道にまつわる問題が多く扱われています。それに加え、自然アクティビティの先進国であるアメリカやヨーロッパなどの事例も紹介されています。
【溝手康史先生プロフィール】
1955年生まれ。東京大学法学部卒業。弁護士。国や自治体の第三者検証委員、国立登山研修所専門調査委員、日本山岳サーチ・アンド・レスキュー研究機構理事など。登山歴として、ポベーダ(7,439m)、アクタシ(7,016m)、フリーガ2峰(カナダ・バフィン島)など
ここからは溝手先生にうかがった、登山道の管理についての考え方です。
登山道の管理が一筋縄ではいかない理由

溝手
先生
先生
登山道の中には管理者の明確なものもありますが、管理者が不明、または、あいまいな登山道が多いのが実情です。
登山道の管理者があいまいな理由として、登山道の管理に費用がかかること、事故が起きた場合の管理者の責任を恐れることなどがあります
登山道の管理者があいまいな理由として、登山道の管理に費用がかかること、事故が起きた場合の管理者の責任を恐れることなどがあります
登山道にある立派な橋は通常は管理者が明確であることが多く、管理者に管理責任があります。しかし、古い木橋、鎖、ハシゴ、柵、ロープなどは管理者不明のものが多いと思われます。
溝手
先生
先生
こういった管理者不明の古い造作物は、もっぱら山小屋関係者やボランティアによって整備されていますが、ボランティアの場合には、継続的にメンテナンスがなされる保障がありません。
ボランティア活動には『してもしなくてもどちらでもよい』という性格があるからです
ボランティア活動には『してもしなくてもどちらでもよい』という性格があるからです
真新しい鎖、ハシゴ、ロープなどは設置したばかりなので信用できることが多いと思いますが、誰がいつ設置したかわからない古いものは信用できるかどうかわかりません。登山者の少ない登山道では、それらがメンテナンスされていないことが多いと思われます。
溝手
先生
先生
昔から、登山者の間で、「登山道に鎖やハシゴがあっても信用するな」と言われてきました。しかし、鎖やハシゴを設置するのであれば、責任をもって管理する人が必要です。多くの登山の先進国では登山道の管理者は明確です。
登山道は何を目的に、どこまで整備すればいいの?
日本でも、登山者が安心して登山道を利用できるように、登山道の管理者がきちんといてくれた方がいいですね。そうしたら初心者も安心して歩けますし……。溝手
先生
先生
ただし、登山道を管理することは、すべての登山道を初心者向きに整備することを意味しません。費用的にすべての登山道を初心者向きに整備するのは無理です。
また、登山者の好みはさまざまであり、初心者向きの登山道も必要ですが、それほど整備せず、自然性の高い登山道も必要です
また、登山者の好みはさまざまであり、初心者向きの登山道も必要ですが、それほど整備せず、自然性の高い登山道も必要です

溝手
先生
先生
整備した登山道では、登山道に設置した人工物について管理責任が生じますが、整備しない登山道では、登山道の管理責任はほとんど問題になりません。整備しない登山道では、危険表示をすることが登山道の管理者の主な仕事になります。
登山道の多様な形態に応じて登山道の危険性のレベルもさまざまであり、登山者は、自分のレベルに合った登山道を選択する必要があります
登山道の多様な形態に応じて登山道の危険性のレベルもさまざまであり、登山者は、自分のレベルに合った登山道を選択する必要があります
溝手先生の話からは「登山道はただ整備されていればいい」というものではなく、「登山者自身がどういった登山道を必要とするのか?どう自然と関わるのか?」という主体性も問われることがわかりました。
なくなってもおかしくない登山道。登山者にできることはある?

でも改めて調べると、その登山道の存在は、けっこうあいまいで、どこかの誰かがやってくれている整備を「やーめた!」なんてことになれば、なくなってしまってもおかしくないくらい脆いものなのです。
所有者の問題、管理者の問題、環境保護の問題、土木整備作業の技術的問題などなど、登山道にはいろんな問題がありますが、次回の記事では、とあるトレイルの維持管理について取り上げたいと思います。
記事監修:みぞて法律事務所 溝手康史弁護士
紹介されたアイテム
『登山者のための法律入門』 (ヤマケイ新…