あの人を山で元気にしたい!インドア女子が1年で剱岳に登るまで〜安全登山への気付きと教訓編〜

2020/01/05 更新

あなたの周りに「登山に連れて行きたい」と思っている人はいませんか?私は約1年前、山と無縁だったインドア女子を登山に誘い、つい先日ふたりで剱岳への登頂を果たしました。「キツそう」「危なそう」「そもそも登山の何が楽しいの?」などの、誘われる側のハードル。「安全に連れていけるか」などの誘う側のハードル。私たちの1年の登山遍歴を通して、様々な不安や課題をクリアするヒントを見つけて頂ければ幸いです。今回は、木曽御嶽山への登山を通じて芽生えた「安全登山」への意識をご紹介します。


アイキャッチ画像撮影:washio daisuke

安全登山への学びと実体験

撮影:washio daisuke(木曽御嶽山・剣ヶ峰からの一ノ池)
登山初心者の知り合いを山に誘う時、あなたならどうしますか。
その人が登山に興味を持ち必要な装備や知識を得てもらうために、そしてその人が安全かつ楽しく登山できるために、「誘う側」がしなければならない工夫や知っておくべきノウハウ。

この連載は私自身の経験を通して、そのヒントを得ていただくために始まりました。

前回の記事で夏の日本アルプス登山に向けて“森林限界上の雪山”や“本格的な岩稜”、初の山小屋に宿泊しての“2日間連続の長時間歩行”を体験した齋藤さん。

しかし、季節は梅雨時。それまで天性の“晴れ女”ぶりを発揮して来た彼女も雨の洗礼を受けることに。
今回は、急峻な地形だけでなく、低い気温や急激な天候の変化など気象条件も厳しい日本アルプスへのチャレンジを前に…

【1】木曽御嶽山噴火から生還したガイドさんから学んだ「安全登山」への意識
【2】初の雨天での登山で体験した「登山に潜む危険」への気づき
【3】初の3000m峰で実感した「山の恐ろしさと美しさ」への畏怖

という、主に精神面での変化をご紹介します。

【1】小川さゆりガイドから学んだ「安全登山」のための準備と心構え

出典:PIXTA(噴火直後の御嶽山)
2014年9月27日午前11時52分…紅葉シーズンの土曜日で多くの登山者で賑わう御嶽山は、突如噴火し多くの登山者の生命を奪いました。

ガイドの下見のために御嶽山を訪れていた登山ガイド・小川さゆりさんは、この噴火に遭遇しながらも生還されたおひとり。著書や講演活動を通じてご自身の体験を語り続けています。

御嶽山噴火から生還したガイドが語る「安心」と「安全」の違い

撮影:washio daisuke(小川さゆりガイドにお話を伺う齋藤さん)
噴火前ですが、私はお仕事で小川ガイドとご一緒したことがありました。以前も他のガイドさんから多くを学んだ齋藤さんに「登山に潜むリスクと安全への配慮の大切さ」を是非学んで欲しいと考え、お話を伺いに行くことに。

小川ガイドのお話の中で印象的だったのは「安心」と「安全」は違うと言うこと。
撮影:washio daisuke(木曽御嶽山の山頂・剣ヶ峰直下のシェルター)

噴火後に木曽御嶽山の山頂直下に設置されたシェルター。

登山者にとって「安心」な要素のひとつにはなっても、収容人数は3基で90人です。大勢の登山者を噴石から守る絶対の「安全」につながる訳ではありません。

撮影:washio daisuke(雨に濡れれば寒いものです…)

防寒着をザックに入れていたのに着用せずに行動を続け、低体温症にかかってしまった方がいました。

生命を守るための装備…持っているだけで「安心」していても、使うべきタイミングの見極めができなければ「安全」な登山はできません。

こうしたお話を通じて、小川ガイドが伝えてくれたのは…

・登山者の生命を守るのはその登山者自身であること
・登山を「安全」に近づけるために行うべき準備や心構えがあること

でした。
自然が相手で100%の「安全」はないのが登山です。登山届を提出したり、事前に火山情報や気象情報を調べたり…どれだけ「安全」に近づけられるかの努力は、自分の生命を守るためであることを教えてもらいました。
齋藤さんの証言

印象的だったのは、お客様に“山”の現場で自らの言葉で安全登山を伝えるためにガイドをされていると言うこと。

例えば「雨に降られて濡れたら寒い」ということはいくら机上で説明しても実際に体験しないとわからない…これは後日、私も身をもって実感したことです。

噴火からの生還という壮絶な体験を経た小川ガイドが「安全登山」に込めた想い。私自身も、今でも反芻(はんすう)しながら登山の準備に臨んでいます。

噴火時のエピソードはご紹介した著書『御嶽山噴火 生還者の証言(山と渓谷社刊)』に克明に記されているので、是非読んでみて下さい。
ITEM
ヤマケイ新書 御嶽山噴火 生還者の証言[ 小川 さゆり ]
頂上直下で被災した山岳ガイドが綴る、懸命の脱出行とそこから得られた教訓、そして、伝えることの大切さ。
御嶽山大噴火の生還者で山岳ガイド 小川さゆり氏が、噴火の模様を時系列で克明に記したドキュメントとその後の検証、得られた教訓などを中心にして執筆。
噴火から丸2年、3年目を迎えて、あの御嶽山噴火を多角的に検証した貴重なノンフィクション。

実際に体験した人でないと知りえない詳細なリアルさを感じました。


【2】初めての“雨の日”登山で「身体が濡れる」リスクを実感

撮影:washio daisuke(鈴鹿山脈・御池岳にて)
梅雨真っ只中の6月、私たちは仕事を通じて知り合った“山仲間”である脇海道さんと初めて3人での登山へ。彼は私と同じ登山ガイド資格の他、森林インストラクター・森林活動ガイド資格も所持しています。

レインウェアが浸水…濡れた身体を保温するために緊急対策!

撮影:washio daisuke(エマージェンシーシートを身体に巻きつけて保温)
案内してもらったのは鈴鹿山脈・御池岳。残念ながら登山口から雨が降っており、最初からレインウェアを着用しての登山でした。

ここで齋藤さんが着ていたレインウェアが何故か浸水してしまい、山頂に着く頃にはベースレイヤーまでびっしょりの状態に。登りでは寒さは感じないと言っていた彼女ですが、そのままの状態は危険です。

私が懸念したのは「低体温症」。ご存知だとは思いますが…

・衣服が濡れることによって身体の表面から熱を奪われ、体温が下がる
・着替えられず、山中にいるので症状が悪化してもすぐに病院に搬送できない
・やがて体温が急激に下がり錯乱や幻覚を起こし、最後は昏睡状態に陥り死に至る

という雨天や厳冬期の気象遭難の原因で、もっとも恐ろしい事象のひとつです。
標高1247m、しかも6月で気温もそこまで低くない状況ではありましたが、下山では身体からの発熱も少ないため緊急対策を施しました。

私のザックに常備しているエマージェンシーシート(レスキューシート)を割いて彼女に被ってもらい身体を保温し、レインウェアからの浸水を防止したのです。

齋藤さんの証言

訳もわからずホイル巻きにされた気分で“されるがまま”でしたが、身体が温かいままで下山した時に効果を実感。

後日、御嶽山で「身体が一度濡れて冷えてしまうと、震えが止まらなくなり身体が温まらない」という状況を実体験し、この時の意味を理解しました。

結果として、彼女は無事に下山することができました。約8年前に購入して一度も出番のなかったエマージェンシーシートですが、「万が一」に備えたグッズは必ず携行することの必要性を私も感じた出来事です。

雨の日でも山の楽しみ方は無限大!

撮影:washio daisuke(蛙や鹿、さらには様々な植物や苔の種類を教えてくれたり、動植物への知識の深さにびっくり!)
霧も濃く、楽しみにしていた伊勢湾の眺望も期待できないコンディション。けれども、自然への知識が深い脇海道さんからは、登山中に出会った生き物や植物の様々な解説が。全く飽きることなく登山を楽しむことができたのです。
齋藤さんの証言
あいにくの雨の中でも活き活きとしている彼がつぶやいた「楽しくない登山ってあります?」という言葉も印象的です。

地質・植生・生物などあらゆるものに興味のベクトルを向けることで、登山の楽しみ方は無限大に広がるんだな…と感慨深くなりました。

【3】初の3000m峰で再び低体温症の危機…!

撮影:washio daisuke(八合目・女人堂から見上げる木曽御嶽山)
2019年は7月1日から10月16日まで山頂である剣ヶ峰への立入規制解除が決定した御嶽山。小川ガイドに伺ったお話を通じてこの山への想いが深くなった齋藤さんは、規制解除の初日に慰霊登山をしたいと願っていました。

彼女にとっては初の3000m峰へのチャレンジ。そこで私は、前日の6月30日から登山して山頂付近では比較的標高の低い五の池小屋で1泊する、余裕のある登山計画を立てました。

情報収集不足で“遠い山小屋”に予約してしまった私…

提供:YAMAP(青が計画ルート・赤が実際のルート)
この時、私は「連れて行く人」として致命的なミスを冒しました。宿泊予約した五の池小屋は八合目の女人堂から斜面をトラバースする登山道でたどり着ける、計画ルート上では“近い山小屋”です。

最新の登山地図でその登山道を確認していたのですが、実際訪れてみると何と通行止…。山頂近くまでいったん登ってから下らないとたどり着けない“遠い山小屋”になってしまったのです。
この時期は仕事や実家の事情で何かと忙しかった私ですが、言い訳にも何にもなりません。
「現地に直接連絡をして十分かつ最新の情報収集をする」という基本中の基本を怠ったことは大きな反省です。

御嶽山が見せた恐ろしい一面にダウン寸前…

 撮影:washio daisuke(火山灰に埋もれたニノ池)
さらに追い討ちをかけたのは、大雨警報が発令されるほどの悪天候。九合目を超えて稜線に出る頃には激しい雨と強風にさらされながらの行動となり、体感温度はどんどん下がっていきます。御池岳で懸念した「低体温症」の危険をさらに強く感じました。

そして私が精神的に決定的なダメージを受けたのが、噴火前の美しいブルーの水をたたえた姿から一変して火山灰に埋もれた二ノ池の光景。報道や小川ガイドの著書で見ていたとはいえ想像を絶する惨状を前に、彼女をリードして進む気力を失ってしまったのです。

二の池ヒュッテに緊急避難…!

 撮影:washio daisuke(ニの池ヒュッテの温かい雰囲気の内装)
さらに二ノ池を通過する頃に、実は九合目あたりから靴の中も濡れて来て…と齋藤さんから報告が。手足などの末梢が冷えてしまうと「低体温症」はさらに悪化の一途。これ以上行動を続けるのは危険と判断した私は、至近の山小屋・二の池ヒュッテに飛び込み突然の宿泊をお願いしました。

予約なしの突然のお願いにもかかわらず快く宿泊を受け入れてくれたのは二の池ヒュッテのオーナー・高岡ゆりさん。
「低体温症」になりかけていた齋藤さんは一刻も早く乾いた衣服に着替える必要がありましたが、すかさずスタッフに声をかけて一時的に客室を空けて頂き着替えスペースを提供してくれたのです。

着替えを終えた私たちに「ストーブ点けたからどうぞ!」、食事の時には「ちゃんと食べられた?量は足りてる?」、朝起きた時には「寒くなかった?ちゃんと寝られた?」と絶え間なく優しい声をかけて頂き、冷え切った身体と心を芯から温めてくれました。
齋藤さんの証言

鷲尾さんがあんなに焦った姿を見たのは初めて。
それくらい危機的な状況を経たからこそ、建物の中に居られるありがたみを実感しました。
高岡さんの飾り気のない優しさや自然な気遣いは、きっとお人柄なのでしょう。


二の池ヒュッテのFacebookからも、アットホームな雰囲気を感じていただけると思います。
▶御嶽山 二の池ヒュッテFacebook
▶二の池ヒュッテ ホームページ
ちなみに、こうした場合でも予約していた山小屋には必ずキャンセル連絡を入れましょう。山小屋の方は「どこかで遭難したのでは?」と心配してしまいます。

この時、五の池小屋に速やかにキャンセル連絡を入れてくれたのも高岡さん。もちろん私も、下山後に五の池小屋へお詫びの電話を掛けました。「わざわざありがとうございます^^機会があれば是非また来てくださいね!」とありがたいお言葉を頂戴し、恐縮したものです。

3067mの山頂からの美しい風景

 撮影:washio daisuke(三ノ池と北御嶽の山々の背後には雲海と槍・穂高連峰)
幸いにも翌日は天候に恵まれ、私たちは無事に3067mの剣ヶ峰山頂に立つことができました。漂う硫黄臭・首のない石像・倒れかけた灯籠・廃屋と化した頂上山荘など噴火の爪痕には、やはり胸が締めつめられる想いが…。

しかし初めての3000m峰で、彼女はこれまでにない雄大な景色にも出会ったのです。

齋藤さんの証言

私にとって「雲海を上から見る」体験はこれが初めて。3000m峰からの眺望は、これまでとは全く違ったものでした。

三ノ池のエメラルド色の水や北御嶽の緑まぶしい山並から、噴煙で枯れた草木や火山灰の上の登山道まで、活火山の独立峰が見せてくれた多彩でスケールの大きな自然にも感動。

前日の強風雨と美しい景色の両方を体験させてくれた木曽御嶽山に畏怖の念を覚えました。

撮影:washio daisuke(3067mからの空に感動!)
今まで経験したことのない3000m峰からの絶景…私のミスと悪天候で「恐ろしい」経験もさせてしまいましたが、同時にこうした山でしか見られない絶景も堪能してもらうことができました。

安全登山のために私たちがすべき準備と心構え

撮影:washio daisuke(火山灰に埋もれたニノ池を見下ろす)
今回、私がお伝えしたかったのは…

・山の高さや難易度に関係なく存在するリスクに対しての準備と心構えの重要性
・これらを経て「安全登山」が実現した時の底知れない山の魅力

です。

よく「登山は自己責任」と言われます。
しかし仮に私たちが遭難事故を起こしてしまったら、どうなるでしょうか。警察・消防はもちろん、山小屋のスタッフや地元の山岳遭難防止対策協議会(遭対協)のメンバーなど多くの人が、危険を冒して“命がけ”で捜索・救助活動にあたることになるのです。

こうした人々にも、大切な家族や友人がいることを忘れてはいけません。

 撮影:washio daisuke(木曽御嶽山で小川ガイドと再会!)
小川ガイドのお言葉でもうひとつ印象的だった
「結局、寒い思いや痛い思いをするのは自分自身です。 だからこそ、しっかり準備と心構えをしてほしい。」
というメッセージを、最後に読者の皆様にもお伝えしておきますね。

次回でいよいよ連載も最終回、剱岳登頂へのラストスパートを見届けて下さい。

ライタープロフィール:鷲尾 太輔

撮影:washio daisuke
(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイド
高尾山の麓・東京都西部出身ながら、花粉症で春の高尾山は苦手。得意分野は読図とコンパスワーク。ツアー登山の企画・引率経験もあり、登山初心者の方に山の楽しさを伝える「山と人を結ぶ架け橋」を目指しています。

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washio daisuke

*登山の総合プロダクション・Allein Adler代表* 登山ガイド・登山教室講師・山岳ライターなど山の「何でも屋」です。 得意分野は読図(等高線フェチ)、チカラを入れているのは安全啓蒙(事故防止・ファーストエイド)。 山と人をつなぐ架け橋をめざしています。

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