あの人を山で元気にしたい!インドア女子が1年で剱岳に登るまで〜本格登山を経験して日本アルプスをめざそう!編〜

2019/12/18 更新

あなたの周りに「登山に連れて行きたい」と思っている人はいませんか?私は約1年前、山と無縁だったインドア女子を登山に誘い、つい先日ふたりで剱岳への登頂を果たしました。「キツそう」「危なそう」「そもそも登山の何が楽しいの?」などの、誘われる側のハードル。「安全に連れていけるか」などの誘う側のハードル。私たちの1年の登山遍歴を通して、様々な不安や課題をクリアするヒントを見つけて頂ければ幸いです。今回は、目標としていた夏の日本アルプス登山に向けての準備と失敗談をご紹介します。


アイキャッチ画像撮影:washio daisuke

夏の日本アルプス登山にはどんな経験が必要!?

撮影:washio daisuke(槍ヶ岳から望む穂高連峰)
登山初心者の知り合いを山に誘う時、あなたならどうしますか。

その人が登山に興味を持ち必要な装備や知識を得てもらうために、そしてその人が安全かつ楽しく登山できるために、「誘う側」がしなければならない工夫や知っておくべきノウハウ。

この連載は私自身の経験を通して、そのヒントを得ていただくために始まりました。

前回の記事で山以外での“ボルダリング”や“山のプロからの学び”、私だけでなく“地元ガイドとの登山による発見”を体験した登山1年生の齋藤さん。

しかしこの時点で彼女が登った最も高い山は、八ヶ岳・北横岳(2472m)。夏山シーズンには標高の高い日本アルプスで“登山の醍醐味”を味わって欲しいと考えていた私は…

【1】標高の高い森林限界上での行動
【2】三点確保(支持)が必要な岩稜での行動
【3】山小屋に宿泊しての2日間連続での行動

の3つを通じて、日本アルプス登山に向けた体験をしてもらう計画を立てました。

【1】森林限界上の初登山は白銀の世界!?

撮影:washio daisuke(千畳敷カールから木曽駒ヶ岳をめざす)
冬の厳しい気象条件や積雪で高い樹木が生育できない“森林限界”の位置は緯度によって異なりますが、日本アルプスや八ヶ岳では標高2500m以上まで登る必要が。

彼女は、山麓や中腹の登山口から森林限界上をめざすほどの標高差を経験していなかったため、ロープウェイで森林限界上まで行ける山をチョイスしました。

本格的な雪山登山装備も準備

撮影:washio daisuke(私たちが用意したピッケル)
私が選んだのは、ロープウェイで標高2612mの千畳敷カールまで行ける木曽駒ヶ岳。夏は遊歩道のような登山道が整備され、多くの登山初心者で賑わう山です。

しかし季節はまだ4月、森林限界上は白銀の世界…。
これまで彼女が経験してきた入笠山・北横岳よりも急傾斜のルートは滑落の危険性も。そこで、「前爪付きの12本爪アイゼン・ピッケル」を新たに揃えてもらいました。

もちろん、これらの装備は使い方を誤ればかえって危険な事態を引き起こすため、以下の4つのことを登山前に教えた上で登山に挑みました。

・アイゼン同士を引っ掛けて転倒しないよう、両足の間に一定のスタンスを設ける歩き方

・斜面を歩く時、アイゼン全体を雪面にしっかり接地させつつ、急斜面ではキックステップを使うこと

・登りと下りで先端のピックの向きが変わるピッケルの握り方と、斜度に応じた雪への刺し方

・ピッケルを使った滑落停止の技術

ちなみに、これらの装備と技術は「残雪期に森林限界上の登山を経験する」ためのものであり、「夏の日本アルプス登山」に必要なものではありません。

しかし結果として、「本格的な雪山」にチャレンジする際に新たに必要なギアの購入費用の分散につながりました。もちろん、この時に習得したアイゼン・ピッケルの使い方もしっかり活かされています。

絶景との出会いと高山病対策

撮影:washio daisuke(木曽駒ヶ岳をめざす齋藤さん・奥には御嶽山の展望も)
こうして挑んだ木曽駒ヶ岳の稜線からは、御嶽山・北アルプス・南アルプス・八ヶ岳などの大展望が!彼女は、標高の高い山ならではの絶景を堪能したのです。
齋藤さんの証言
稜線に立って、御嶽山を間近に見た時の感動は忘れられません。
堂々とそびえる独立峰の姿は想像を超えるものでした。

森林限界より上では「見える景色が違う」ことを、心の底から実感しました。

一方、こうした標高の高い山では「高山病」のリスクも。

特に交通機関を利用して一気に標高を上げる場合は、身体が酸素の少ない状態に順応しきれず発症の確率が高まります

そこで、

・睡眠中は呼吸が浅くなるためロープウェイ乗り場までのバス車内では眠らない(富士山スバルラインや乗鞍スカイラインなども同様)

・なるべく多くの酸素を身体に取り込むために深く呼吸をする(「吸う」方よりも、お腹がぺたんこになるまで「吐く」方を意識した方が効果的)

というアドバイスも行いました。結果として彼女は、頭痛や吐き気など高山病の症状を起こすことなく登山することができたのです。

常に眼差しを向けて安心感を…

撮影:washio daisuke(山頂は半袖になれるほどのポカポカ陽気でした)
好天に恵まれ無事に登頂は成功。しかし、初めての高山チャレンジには過酷な面も。
齋藤さんの証言
何度も転びそうになる私をなかなか振り返ってくれない鷲尾さんに思わず怒りが爆発。

けれども、それまでの私はこうした感情を「抑え込む」ことで病気を悪化させてきたのかも知れません。

これは本当に反省しました…。山での怪我は下山中、特にゴールを間近にした時の「気の緩み」から起こることが多いもの。

敢えて過剰なフォローを避けていたのですが、やはり常に眼差しを向けて「安心感」や「励まし」を送ることの重要性を、身に染みて痛感しました。

ただし「他人に対して自分の感情をぶつける行為」ができたことは、振り返れば彼女にとって良い変化だったとも言えます。

【2】初の本格的な岩稜登山にも涙の雨が…

撮影:washio daisuke(いくつもの岩塔がそびえる瑞牆山)
日本アルプスなどの高山は傾斜のきつい岩場が多く、鎖やハシゴが設置されている難所も。こうした場所では三点確保(支持)という両手・両足を使った登降技術が必要になります。

そこで私が選んだのは、奥秩父の瑞牆山。鎖やハシゴは山頂直下や登山道の一部にしかありませんが、登山道の随所に巨大な花崗岩が点在しており三点確保の練習にはうってつけです。

難所での行動には入念な気配りを!

撮影:washio daisuke(登山道に点在する巨大な花崗岩)
ボルダリングは経験していた彼女ですが、天然の岩場ではホールドやスタンスが明確でないため、私がリードして「どの岩角をホールドやスタンスにすれば良いか」を指示。

後ろを歩いてもらい、時間をかけながら慎重に登っていたのですが…。手元・足下に集中しすぎた彼女は、とある岩をよじ登った際に上部の岩に頭を強打してしまいました。
齋藤さんの証言
それまで自分の「前方」だけを意識してきた私の“視野の狭さ”を実感しました。

登山では「上」にも「下」にも注意が必要なことを、痛みと共に学んだ出来事です。

これを通じて反省したのは、ホールド・スタンスの位置だけでなく岩場に取り付く時の姿勢や視線まで注視する重要性。特に、体格差が大きい初心者を連れていく場合は配慮が必要です。

安全確保には妥協しない!

撮影:washio daisuke(山頂でも元気のない齋藤さん…)
こうして登りの半ばで精神的ダメージを追ってしまった彼女。その先は、より一層の安全確保を行いました。

山頂直下のハシゴと鎖場は北斜面で足元が凍結状態。登りではスリング・カラビナを利用して彼女に簡易ハーネスを装着し、ハシゴ・鎖と連結(ビレイ)して転倒の際の滑落を防止。下りでは本当に短い区間でしたが、面倒がらずにアイゼンを装着させて転倒に備えました。

休日で登山者も多く、渋滞を引き起こしてしまいましたが「人目を気にして安全確保を妥協する必要はない!」と自分に言い聞かせながら慎重に下山しました。

【3】初の山小屋泊!けれども…やはりしんどい長時間行動

撮影:washio daisuke(八ヶ岳最高峰・赤岳への稜線にて)
山のスケールが大きく歩行時間も長い日本アルプスでは、山小屋に宿泊しての複数日に渡る登山が必要。月に2回の日帰り登山と2日間にわたる登山では、必要な装備も体力も異なります。

これまで日帰り登山しか経験していなかった彼女を連れて行ったのは南八ヶ岳・赤岳。彼女自身も以前から興味を抱いていた山です。

快適な山小屋をチョイス

撮影:washio daisuke(初の本格的な山小屋宿泊先は赤岳鉱泉)
南八ヶ岳周辺には、いくつもの山小屋があります。朝日・夕日を楽しんだり、行動時間を均等にするために稜線上の山小屋を選ぶのも良いのですが、私が宿泊先に選んだのは「赤岳鉱泉」。

中腹にあるため山頂へのアプローチは遠いのですが、入浴ができ食事も美味しい…という点が彼女の山小屋デビューには相応しいと考えたのです。
撮影:washio daisuke(名物のステーキがメインの赤岳鉱泉の夕食)
このチョイスは大正解!食事やお風呂だけでなく、インテリアやレンタルの登山ギアにも彼女は大喜び。混雑しない平日を選んで宿泊したこともあり、快適に過ごしてもらえました。
齋藤さんの証言
実際に泊まってみないと山小屋の魅力は堪能できません。美味しい食事、談話室や女性専用更衣室をはじめとしたウッディな内装、柔らかな雰囲気の照明、思っていたよりずっと綺麗なトイレ、何よりスタッフの皆様の温かいおもてなし…。

山で「リラックスできる」空間のありがたみを実感しました。

撮影:washio daisuke(筆者もお気に入りのブランド・MAMMUTとコラボしたロープワーク体験コーナー)

本格的な高山・岩稜では安全確保も万全に

撮影:washio daisuke(ヘルメットとハーネス着用で安全対策)
森林限界を越えた赤岳の稜線や山頂付近は浮石の多いガレ場や鎖やハシゴの設置された難所、安全確保のための対策は入念に行いました。

落石から頭部を守るためのヘルメット、鎖にセルフビレイ(自己確保)して転落を防ぐためのハーネスを装着して登山。

すれ違う登山者でここまでの装備をした人は少なかったのですが、これまでの経験を踏まえて、ここは妥協しませんでした。

撮影:washio daisuke(赤岳山頂にて/表情からは想像できませんが齋藤さんはめっちゃ感動しています)
たどり着いた山頂での感極まった彼女の姿を見て、私も本当に嬉しかったです。
齋藤さんの証言
登山歴やスキルは段違いですが、私には唯一“山仲間”だと思っている知人がいます。

登山を始めたばかりの頃、冬の赤岳に登った彼の写真を見て「ここはどこ!?」と驚いた記憶は今でも鮮明。

季節は違いますが写真と同じ場所に登頂できたことに心の底から感動し、彼の暮らす名古屋に向かって思わず叫んでしまいました。

長時間行動はやはりしんどかった…

撮影:washio daisuke(ひたすら続く下山道)
登頂の余韻に浸る間もなく、気の許せない下山が待っています。初めての2日連続の行動。特にこの時は2日目が長い行程だったため、次第に彼女の疲労の色が濃くなっていました。
齋藤さんの証言
ここまで長時間歩いたのは初めての私。
荷物も重く、お腹も減って、足も疲れて、文字通り“心が折れた”状態でした。

ゴールの美濃戸に着く頃には「もうこんなに疲れる登山は嫌」という心境に。

距離的にも時間的にも短い「南沢」ルートを下山したのが反省点。前日に歩いた「北沢」ルートよりもアップダウンが激しいため、彼女をさらに消耗させてしまいました。

単に地図上の距離・時間だけで判断するのでなく、時間がかかっても一度歩いて様子がわかっていたり、比較的緩やかなルートを下山したりという選択肢も時には必要ですね。

ステップアップするほど入念な気配りと安全対策が必要

撮影:washio daisuke(楽しく安全にステップアップしてもらうために)
今回、私がお伝えしたかったのは難易度や危険性も高まる登山へのチャレンジにおいて

・チャレンジする山に合わせた万全の装備とスキル
・妥協を許さない安全確保への準備
・初心者にとって厳しい局面での精神的サポート

の必要性です。

今回の記事をご覧いただければわかるように、この時期の登山は私も反省点ばかり。どんなに辛い思いをしても「山が嫌い」にならないでいてくれた彼女に感謝しています。
連れて行く人にとっては当たり前の状況も初心者にとってはしんどい体験であることを常に忘れずに、気持ちに寄り添って一緒に登山を楽しんでください。

ライタープロフィール:鷲尾 太輔

撮影:washio daisuke
(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイド
高尾山の麓・東京都西部出身ながら、花粉症で春の高尾山は苦手。得意分野は読図とコンパスワーク。ツアー登山の企画・引率経験もあり、登山初心者の方に山の楽しさを伝える「山と人を結ぶ架け橋」を目指しています。

二人の登山の様子が気になる方は


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washio daisuke

登山の総合プロダクション・Allein Adler代表。 登山ガイド・登山教室講師・山岳ライターなど山の「何でも屋」です。 得意分野は読図(等高線フェチ)、チカラを入れているのは安全啓蒙(事故防止・ファーストエイド)。 山と人をつなぐ架け橋をめざしています。

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