難所での行動には入念な気配りを!
ボルダリングは経験していた彼女ですが、天然の岩場ではホールドやスタンスが明確でないため、私がリードして「どの岩角をホールドやスタンスにすれば良いか」を指示。
後ろを歩いてもらい、時間をかけながら慎重に登っていたのですが…。手元・足下に集中しすぎた彼女は、とある岩をよじ登った際に上部の岩に頭を強打してしまいました。
登山では「上」にも「下」にも注意が必要なことを、痛みと共に学んだ出来事です。
これを通じて反省したのは、ホールド・スタンスの位置だけでなく岩場に取り付く時の姿勢や視線まで注視する重要性。特に、体格差が大きい初心者を連れていく場合は配慮が必要です。
安全確保には妥協しない!
こうして登りの半ばで精神的ダメージを追ってしまった彼女。その先は、より一層の安全確保を行いました。
山頂直下のハシゴと鎖場は北斜面で足元が凍結状態。登りではスリング・カラビナを利用して彼女に簡易ハーネスを装着し、ハシゴ・鎖と連結(ビレイ)して転倒の際の滑落を防止。下りでは本当に短い区間でしたが、面倒がらずにアイゼンを装着させて転倒に備えました。
休日で登山者も多く、渋滞を引き起こしてしまいましたが「人目を気にして安全確保を妥協する必要はない!」と自分に言い聞かせながら慎重に下山しました。
【3】初の山小屋泊!けれども…やはりしんどい長時間行動
山のスケールが大きく歩行時間も長い日本アルプスでは、山小屋に宿泊しての複数日に渡る登山が必要。月に2回の日帰り登山と2日間にわたる登山では、必要な装備も体力も異なります。
これまで日帰り登山しか経験していなかった彼女を連れて行ったのは南八ヶ岳・赤岳。彼女自身も以前から興味を抱いていた山です。
快適な山小屋をチョイス
南八ヶ岳周辺には、いくつもの山小屋があります。朝日・夕日を楽しんだり、行動時間を均等にするために稜線上の山小屋を選ぶのも良いのですが、私が宿泊先に選んだのは「赤岳鉱泉」。
中腹にあるため山頂へのアプローチは遠いのですが、入浴ができ食事も美味しい…という点が彼女の山小屋デビューには相応しいと考えたのです。
このチョイスは大正解!食事やお風呂だけでなく、インテリアやレンタルの登山ギアにも彼女は大喜び。混雑しない平日を選んで宿泊したこともあり、快適に過ごしてもらえました。
山で「リラックスできる」空間のありがたみを実感しました。

本格的な高山・岩稜では安全確保も万全に
森林限界を越えた赤岳の稜線や山頂付近は浮石の多いガレ場や鎖やハシゴの設置された難所、安全確保のための対策は入念に行いました。
落石から頭部を守るためのヘルメット、鎖にセルフビレイ(自己確保)して転落を防ぐためのハーネスを装着して登山。
すれ違う登山者でここまでの装備をした人は少なかったのですが、これまでの経験を踏まえて、ここは妥協しませんでした。
たどり着いた山頂での感極まった彼女の姿を見て、私も本当に嬉しかったです。
登山を始めたばかりの頃、冬の赤岳に登った彼の写真を見て「ここはどこ!?」と驚いた記憶は今でも鮮明。
季節は違いますが写真と同じ場所に登頂できたことに心の底から感動し、彼の暮らす名古屋に向かって思わず叫んでしまいました。
長時間行動はやはりしんどかった…
登頂の余韻に浸る間もなく、気の許せない下山が待っています。初めての2日連続の行動。特にこの時は2日目が長い行程だったため、次第に彼女の疲労の色が濃くなっていました。
荷物も重く、お腹も減って、足も疲れて、文字通り“心が折れた”状態でした。
ゴールの美濃戸に着く頃には「もうこんなに疲れる登山は嫌」という心境に。
距離的にも時間的にも短い「南沢」ルートを下山したのが反省点。前日に歩いた「北沢」ルートよりもアップダウンが激しいため、彼女をさらに消耗させてしまいました。
単に地図上の距離・時間だけで判断するのでなく、時間がかかっても一度歩いて様子がわかっていたり、比較的緩やかなルートを下山したりという選択肢も時には必要ですね。
ステップアップするほど入念な気配りと安全対策が必要
今回、私がお伝えしたかったのは難易度や危険性も高まる登山へのチャレンジにおいて
・チャレンジする山に合わせた万全の装備とスキル
・妥協を許さない安全確保への準備
・初心者にとって厳しい局面での精神的サポート
の必要性です。
今回の記事をご覧いただければわかるように、この時期の登山は私も反省点ばかり。どんなに辛い思いをしても「山が嫌い」にならないでいてくれた彼女に感謝しています。
連れて行く人にとっては当たり前の状況も初心者にとってはしんどい体験であることを常に忘れずに、気持ちに寄り添って一緒に登山を楽しんでください。
ライタープロフィール:鷲尾 太輔
(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイド
高尾山の麓・東京都西部出身ながら、花粉症で春の高尾山は苦手。得意分野は読図とコンパスワーク。ツアー登山の企画・引率経験もあり、登山初心者の方に山の楽しさを伝える「山と人を結ぶ架け橋」を目指しています。