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グランドティートン国立公園の動物

「食糧管理」がつくる適切な距離感。アメリカの国立公園に学ぶ野生動物との関係性~NATIONAL PARKS PROTECT~

この夏、アメリカのグランドティートン国立公園とイエローストーン国立公園を訪れました。メインの目的はバックカントリーをハイキングすることでしたが、それにくわえてもうひとつ。国立公園発祥の地でもあるこの場所では、人間と自然はどのように折り合いをつけているのかを見たかったから。実際に現地を訪れて目にしたのは、さまざまなルールをもうけることで、人間が動物にたいして一歩譲るという姿勢。特に食料管理の徹底は日本でも実践するべきなのではないか、と思わされました

目次

記事内の写真は、すべて撮影:櫻井 卓

野生動物へのリスペクトを感じるアメリカの国立公園

トレイルで出会った熊
写真中央の黒い物体が熊。丸い耳がグリズリーの特徴のひとつ。距離にして約30mでもっと写真を撮りたかったけど「No,Camera.Bear Spray!」と先行のハイカーに笑われた。

今年8月に訪れたワイオミング州、グランド・ティートン ナショナルパーク。世界初の国立公園であるイエローストーン国立公園に隣接し、野生動物の豊富さ、山深さではイエローストーンをしのぐと言われています。

野生動物の保護、対策、調査なども、アメリカの国立公園の中でもトップクラスの場所。

今回は、野生の王国とも言えるこの場所では、具体的に野生動物にたいしてどんなアプローチをしているのかを、お伝えします。

さまざまな疑問を抱えながら迎えたハイキング第1日目は、いきなり熊との遭遇からスタートでした。

いきなりの洗礼。登山口から熊との遭遇

ベアスプレーとバックパック
ベアスプレーはすぐに取り出しやすい場所に。現地購入だと約50ドル。大きなビジターセンターではレンタルサービスもありました。

「熊がいる!」

先行していた別グループのハイカーが立ち止まって合図します。熊がいるのは、トレイルヘッド(登山口)から少し入っただけの場所です。

すぐに腰に下げたベアスプレーを取り出して構えます、が熊はまったくこちらに関心をもっていない様子

みんなで大声をだすこと数分、ようやく億劫そうにトレイル脇へと移動してくれました。
トレイルをおそるおそる通り下っていくと、まさかのスイッチバック!つまり再び熊がいたエリアへ戻ることになるワケです。

ベアスプレーを握りしめて歩みを進め、熊が下りていった斜面の方を見ると、トレイル脇にどっかりと腰を下ろして、そこら中に群生しているベリーを美味しそうにムシャムシャ食べているではないですか!

その様子を見ても不思議と怖さはなく「やはり美味しい食糧があれば、人間などには興味をもたないのかもしれないな」と思ったのです。

熊の生息数に対して、とても少ない人身被害

バックパックを背負ってアメリカのトレイルを歩くハイカー
ルールさえしっかり守れば、信じられないような美しい景色の中をどこまでも歩いていける。

アメリカのトレイルを歩くようになって、ひとつ学んだ事があります。それは、野生動物にたいして、もっと人間が譲るべきだということ。

ベアキャニスターを始めとする食糧管理、パーミット制による入域規制。はっきり言って面倒くささもあります。
けれど、それによって野生動物の接近や熊の攻撃行動が抑えられているというのも事実です。

このグレーターイエローストーン生態系(グランドティートン、イエローストーンおよび周辺エリア)には、約1000頭のグリズリーが生息していると言われていて、遭遇率自体はベアジャム(熊による渋滞)が起きるほど高い地域です。

実際、今回立ち寄ったイエローストーン国立公園では、1頭のグリズリーを双眼鏡で観察する人間の群れ(笑)も見かけました。
けれど一方で、熊による人間への攻撃は少なく、1967年から2024年まででわずか6件。死亡事故はないというデータもあります。

グランドティートン国立公園に入場する時にもらえる新聞
グランドティートン国立公園に入場するときにもらえる新聞。熊への対処方法などが細かく記載されている。

かつて熊の餌付けによって公園内に熊が溢れるという事態になったヨセミテでも、長年にわたる食料管理などの対策によって、熊による被害数は激減したという話を、現地のレンジャーから聞いたこともあります。

要するに「人間に構っても旨味はない」ということを熊に知ってもらうという、ある種謙虚な姿勢なのです。
アメリカでは、熊の生息数が多い地域のことをしばしば「ベアカントリー」と呼びます。
野生動物へのリスペクトが感じられる、とても良い言葉だなと思います。


とにもかくにも「食糧管理」を徹底!

ベアキャニスター

アメリカの国立公園全般に言えることですが、とにかく食糧管理が徹底してます

野生動物との距離感が近くなるバックカントリーでのハイキング中だけでなく、国立公園の玄関口となるビジターセンター付近でも「野生動物に人間の食糧を与えない(奪わせない)」ということが徹底されています。

それにまつわるさまざまな決まり事に関しても、訪れる人みんなが当たり前のように実践している姿に、日本との差を感じました。その例を紹介します。

オーバーナイトハイキング必携のベアキャニスター

ベアキャニスターと食事
オーバーナイトハイキング中に実際に入れた食料たち。蓋部分に特殊なロック機構が施されていて、熊が開けられない仕様に。愛用しているのはBEARVOULTというブランドのBV500という中型のモデル。

もっとも気を使うのが、バックカントリーでオーバーナイトハイキングをする場合。より深く自然に入って行くので、人間の存在(とくに臭い)が際立つわけです。

そのためベアキャニスターと呼ばれる密閉容器の所持が義務づけられています
高い密閉性をもつ容器に食糧をすべて仕舞うことによって、臭い漏れを最小限に抑え、動物を引き寄せないためです。

テント地では、食糧だけでなく虫よけなど臭いのするものはすべてこの容器に入れ、テントから100mほど離れた場所に置きます。人間が美味しい物を持っているということをいかに隠すか。このベアキャニスターという考え方がとても良い。攻撃ではなく防御するべき、なのです。

僕は、日本の山でも熊が多いエリアにテント泊で行く際には、自主的に持って行くようにしています。かなり重いしかさばりますが、テント場での椅子がわりにもなってくれます。

重ねて言いますが重いです。でも、それによって野生動物と人間が正しい距離感を保てるならば、なんのその。ちなみに最近では日本でも購入することもできます。

しっかりと自覚をもたせる許可制度

グランドティートン国立公園コルターベイビレッジのレンジャーステーション
グランドティートン国立公園コルターベイビレッジのレンジャーステーション。ここで細かなトレイル上のルールを教えてくれる。パーミットは予約含め48ドル。

ベアスプレーやベアキャニスターなどの野生動物対策(保護)の必須アイテムにくわえて、オーバーナイトでハイキングするためには、そもそも有料のウィルダネスパーミット(許可)が必要です。

日本のように、自由に出入りできる場所ではないのです。パーミット制による人数制限によって、自然に対するインパクトを減らし、人間野生動物と人間の無用の接触を避けることができるというワケです。

パーミットを取得するためには、まずインターネットでの事前予約に加えて、出発前の当日朝までにレンジャーステーションに立ち寄って、許可証を受け取る必要があります。

その際に、トイレの仕方やテント地の選定についてなど、さまざまなトレイル中での注意事項を教えてくれるのですが、もちろん野生動物に対する注意事項も徹底しています。

国立公園内のゴミの管理も徹底!

国立公園のゴミ箱
国立公園内のいたるところにあるゴミ箱。頑丈な金属製で、投入口は熊が簡単に開けられない仕組みに。カラビナでロックしている場合もある。

国立公園内のゴミ箱は、すべて野生動物が開けられないようにロックシステムが施してあります

そして、このゴミ箱の数が多いんです。駐車場やビューポイントには必ずと言って良いほどゴミ箱が設置されています。
これだけゴミ箱が用意されていれば、ポイ捨てなんてする人は皆無。

さらにクッカーなどを使った調理をともなう食事は基本的にピクニックエリアと呼ばれる場所でとります。そこには金属製のベアコンテナが設置されていて、ちょっと離れる場合などもそこに食糧を入れていかなければいけません。

ベアコンテナ
ピクニックエリアに設置されているベアコンテナ。熊への対策がなぜ必要なのかの説明書きもある。扉はロック機構付き。

今回訪れたイエローストーン、グランドティートンを含め、アメリカの多くの国立公園では、車内などに食べ物を放置した結果、熊などの野生動物に荒らされたら罰金(100〜500ドル)を取られるという制度もあります。

クルマは壊れるし罰金は取られるしの、踏んだり蹴ったり状態。場合によってはいわゆる出禁になることもあると言います。

「野生動物に食糧を与えるのは悪!」が徹底しているのです

距離をとることが、共存へと繋がる

バイソンで渋滞している様子
イエローストーン国立公園の名物とも言える、バイソン渋滞。

はっきり言って相手が野生動物だから正解はわかりません。だからこそ確実に効果があることがわかっている食料管理の部分だけでもしっかりやるべきだと、今回の旅を通じて強く思いました。

冒頭のグリズリーの他に、ムース(ヘラジカ)、キジオライチョウ、ミュールジカ、マーモット、コヨーテ、バイソンなど多数の野生動物に出会えました。

共通して感じたのは、野生動物が人間に対してあまり関心を寄せないことです。
これは間違いなく、野生動物と人間の距離感を意識したアメリカ国立公園のルールが大きな要因だと思います。

大勢のバイソンが車道をのしのしと横切るのを待つのが、まるで信号待ちのように感じたことにはちょっと笑えましたが、アメリカの国立公園では「動物ファースト」なのです。

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