【いよいよアタック開始!】新進気鋭の写真家・上田優紀の挑戦【vol.3】

2018/12/10 更新

入山の儀式、プジャを終え、ついにアマ・ダブラム登頂に向けてアタックを開始。順調とは言えないが、なんとかキャンプ2まで登ってくることができた。まだまだ遥か上にあるその美しい頂を目指して、足を進める。

これまでの話はコチラ☟






体はまだ万全ではなかったが、天気は待ってくれない。ひどい高山病にかかりながらベースキャンプまで戻った3日後、好天が2、3日続くとの情報が入ってきた。もう少し長ければ嬉しいのだが、このタイミングを逃す理由などなく、キャンプ2で頂上にアタックするか否かの最終的なジャッジを下す予定でアタックすることにした。

朝日が差し込む気持ちのいいベースキャンプ 撮影:上田優紀

ヒマラヤの山を登る前、必ず誰もがプジャという儀式を受けなくてはならない。ベースキャンプには簡易的な祭壇が作られ、チベット仏教の僧侶が近くの村からはるばるベースキャンプまでやってきて登山の安全祈願のためにお経を読んでくれた。登山用品を祭壇の前に並べ、僕も静かに祈りを山に捧げる。

「いい登山といい写真を。」

とても気持ちのいい朝だった。暖かい日差しがベースキャンプを包み込み、鳥たちも嬉しそうに歌っている。清く、澄み渡ったプジャの雰囲気に高山病に悩まされた心が少しだけ軽くなっていく。
僧侶がお経を唱え終わるとベースキャンプにいるシェルパ全員と一緒に小麦粉を空中に投げ、プジャは終了。そして、いよいよ山に入っていく。

何度も登った取り付きの丘 撮影:上田優紀

シェルパの青年がキャンプ1まで荷揚げをしていた 撮影:上田優紀

ベースキャンプをいつも通りシェルパとふたりで出発。見慣れた取り付きから丘を登り、ハイキャンプまで長くゆるい稜線を歩いていく。キャンプ2より上で使うサミットブーツなどいつもより荷物が多く、確かに重かったがそれにしてもひどく疲れるのが早い。今まではハイキャンプまでで息切れなどしなかったのに、道のりの半分ほどで足が止まってしまった。

ガレ場を超えた稜線上にキャンプ1が設置されている 撮影:上田優紀

やはり体調はあまり良くない。それでも進む。気持ちだけで体を支え、ゆるい傾斜を黙々と登り、ガレ場を超え、なんとかキャンプ1まで登ることが出来た。前に来た時より1時間以上も時間がかかってしまったが、そんなことを気にしている余裕などなかった。今は少しでも多くの水を飲み、体を休めることが大切だ。明日は前回さらに苦しんだ巨大な岩壁イエロータワーが待ち構えている。

稜線から遥か下に小さくベースキャンプが見えた 撮影:上田優紀

水を取りすぎたと思うくらい飲み続けたのが功を奏したのか、朝起きると思ったより体調は良かった。アマ・ダブラムの向こうから太陽が登る中、キャンプ2に向けて出発。ビレイをとりながらしっかりとした足取りで岩場を登っていく。稜線に出ると、雲の下に豆粒のようなベースキャンプが見える。随分と上まで来たな、と思ったが目指す頂はまだ遥か上空にそびえていた。

いくつもの岩壁を登りキャンプ2を目指す 撮影:上田優紀

風は弱く、快晴。山頂まではっきりと見えている。いまだにあの氷壁をどう登ったらいいのか分からなかったが、心は前を向いていた。苦しいクライミングが続いていたが、不思議と疲労が気持ちいい。地上の半分も空気が薄い中、喘ぎながら全身を使って目の前の壁を超えていく。自分の限界に挑戦し、とても充実した時間を過ごしていた。

夕日がアマ・ダブラムの山頂を照らしていた 撮影:上田優紀

気が付くとあんなに苦労したイエロータワーも乗り越えてキャンプ2に到着した。心配していた高度障害もそれほど悪くない。天気も良い。これなら行ける。夕方、黄金に染まる山頂を見ながら、明日の今頃は登頂してキャンプ2まで戻って来るぞ、とひとり心に誓いを立てた。

深夜1時。完全に寝ることは出来なかったが、シュラフを出た。熱いスープとコーヒーを2杯、チョコレートバーを1本食べ、ダウンスーツを着る。時間をかけて三重靴を履き、日焼け止めをたっぷり塗ってから、バックパックの中をチェックした。カメラ、レンズ、予備のサングラスとヘッドライト、グローブ、電池、行動食のチョコレートバーと乾燥したベリーを少々。テルモスには熱いお湯を入れている。たったこれだけの作業に1時間近くかかってしまった。

出発の準備をするシェルパ 撮影:上田優紀

外に出て、ハーネスを履き、ユマールやATC、ビレイロープといったクライミングギアをいつもの位置にセットする。満天の星々が輝く中、アタック開始。風が少し強いのが気になったが行けないほどではない。

昼間に撮影した岩の壁。ここを登ってキャンプ3を目指す 撮影:上田優紀

少し岩場を歩いてアイゼンを装着すると、岩と雪が混じった壁がすぐに始まった。先の見えない壁をヘッドライトの光を頼りに登っていく。しばらくすると岩混じりの壁が次第に雪と氷の壁へと変わっていった。しまった雪にアイゼンがしっかりと効き、ゆっくりではあるが着実に上へと進んでいける。

朝が来ると、太陽がヒマラヤの山々を照らしはじめた 撮影:上田優紀

次第に空が明るくなっていった。迷路のような氷の世界でクライミングをすること5時間。反り返った低い壁を越えるとキャンプ3に到着。完璧とは言えないが体調はそれほど悪くないし、何より気持ちは前を向いている。ただ時間がかかりすぎていた。徐々に強まっていた風は僕がキャンプ3についた頃、立っていられないほどになっていた。遮るものがないアマ・ダブラム頂上直下は強烈な暴風に襲われ、雪煙が激しく舞って山の上部は全く見えなくなっている。

頂上まであと、500m。時間にして3、4時間。行きたい。登ってしまいたい。行けるか?少しここで待ってみるか?もしかしたら風は弱まるかもしれない。色々な考えがぐるぐると頭を回る。

シェルパが助言を求め、ベースキャンプに無線を飛ばした。

「今すぐに降りろ!風がもっと強くなるぞ!」

無線の向こうから怒鳴り声が響く。風で声がかき消されているのかこちらからいくら質問をしても、何も聞こえない、という返答が来るだけだった。

もう一度アタックするチャンスがあるかどうか今はまだ分からない。僕もシェルパもまだ若く、登りたい気持ちの方が強かった。もし、ふたりだけだったら間違いなく上がっていただろう。シェルパが僕に最終のジャッジを求めてくる。心は頂に向かっていたが、無事に降りれなくなるかもしれない、この言葉で僕は決断した。

この山に挑むと決めた時から、当然ある程度の覚悟はしていた。命さえあれば、多少の凍傷やケガでは諦めない。僕の体を心配してくれた多くの人たちには申し訳なくて誰にも話すことはできなかったが、密かにそう決めていた。

けど何があっても命は守らなくてはならない。それは、僕が写真家だからだ。写真家は写真を見てもらって初めて価値を持つ。だから必ず生きて帰る。多くの人たちの心に写真を届けたいから僕は撤退することを選んだ。

 

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【個展開催のお知らせ】

アマダブラム写真展
出典:Canon
この紀行文を書いているネイチャーフォトグラファー・上田優紀さんの個展が開催されます。

キヤノンギャラリー銀座: 12月13日〜19日(15日はギャラリートークも予定)
キヤノンギャラリー名古屋: 1月17日〜23日
キヤノンギャラリー大阪: 2月14日〜20日

上田さんが感じるままに撮影したアマ・ダブラムの写真をぜひ身近に感じてみてください!

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上田 優紀
上田 優紀

極地・僻地を撮影する写真家。地球上にあふれる想像もできない風景をお届けするため今日も旅に出ます。 instagram: photographer_yukiueda

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