
主な活動内容は、7割が「事故やケガ、病気などのトラブル未然防止の啓蒙活動」、2割が「疾病やケガの調査」、残る1割が「実際の治療や下山補助」とドクターたち。 黒戸尾根は、比較的レベルの高い登山者が入山することから、実際の治療行為に及ぶことは1シーズンで数件だそう。
しかし、「山岳医療パトロール」においてもっとも重要なのは、登山者に起こりうる潜在的な事故やケガ、病気などのトラブルの未然防止そのものであり、要治療者を作らないこと。 そう、何も起きないことが誰にとっても最善なのです。

小屋や道中では登山者に声を掛け、顔色や表情、会話から体調等を確認。
山頂では、動脈酸素濃度計にて登山者のメディカルチェックを実施。 医学的アドバイスの実施や質疑応答、および調査のためのアンケート記入など、山頂滞在時間はおよそ3時間にも及びます。
天気に恵まれればまだ良いですが、陽射しがなく風が強い日などの苦労は相当なもの。しかし、多くの登山者は、普段滅多に機会のない酸素飽和度測定や、医師たちからの貴重な話に積極的に耳を傾けており、啓蒙活動の意義深さはひしひしと伝わってきました。
山小屋でのミニレクチャー

また、七丈小屋では夕食時に医師たちによるミニレクチャーが開催されます。高山病・低体温症・熱中症など、山岳にまつわる症状について、その発症メカニズムと対処法、事前回避の方法などをレクチャー。 知っているようで正確には理解されていない事や目からウロコ的な情報も含まれます。

さらに、レクチャー後には医師たちによる個別相談の時間まで設けられ、登山中に経験した体調不良や疲れない歩き方のコツ、行動食の効果的な摂り方など、登山時に感じていた多くの疑問を国際山岳医にぶつけられる貴重な機会となっています。
この様な体験は、登山者の安全意識やリスク管理意識の更なる向上に繋がっていくきっかけとなります。そして、知り得た安全登山へのヒントを各登山者が山仲間に伝播し、それが広がっていくことで、結果として未然のトラブル防止に繋がっていくのです。
ドクターたちが目指す山岳医療の未来

2017年から始動した山岳医療パトロールも既に3年目を迎え、医師たちの今後の考えを聞きました。
メインはやはり登山者への注意喚起、啓蒙活動による未然のトラブル防止です。南アルプスという広大なエリアにおける現在の山岳医療パトロールは、ファーストステップとして考えています。来年度には、同様のパトロール活動を八ヶ岳の編笠岳にても開始予定です。
そして、その先に目指すのは、南アルプスにおいて特に入山者が多い「北沢峠」と「広河原」での診療所開設です。 より多くの登山者が安全無事に帰宅できるよう、磐石の体制で登山者を迎えられる医療体制を整えたい。それが我々認定山岳医が目指すところです。

草鹿教授、江村院長ともに、「医療知識と技術」「山岳技術と経験」を余すところなく活用し、登山者の安全を守るため、自身の休日を投げ打って無償で活動しています。そして、それは彼らだけではなく、本活動に参与している医師・看護師すべてが同じ熱き想いを持って取り組んでいるからこそ成り立っているのです。

人命を救うことができる知識と技術を持った人たちが、山岳というフィールドで、人知れず活動してくれていることの心強さと安心感は非常に大きなものがあります。
七丈小屋含め、多くの人々が関わっているこの活動ですが、まずは私たち登山者が安全意識を持ち、おのおので出来ることをしっかりやって安全登山に臨むことが大切です。
それが第一の、そして何よりの“トラブル防止”につながっていくのです。
取材協力
■草鹿 元
日本登山医学会理事
日本登山医学会認定山岳医 委員長
自治医科大学附属さいたま医療センター脳神経外科教授
栃木県勤労者山岳連盟 野木山想会副会長
■江村 俊也
山岳医・山岳看護師活用小委員会 (広報担当)
医療法人江村医院 院長
■花谷 泰広
甲斐駒ヶ岳 七丈小屋
運営管理 ㈱ファーストアッセント代表
監修 草鹿 元 (上述)
取材・文 三宅 雅也 (山岳ライター/長野県自然保護レンジャー)



