質実剛健、丈夫さが必要な機能である山道具。だからこそ発売から10年以上も経つ道具や、10年以上問題なく使い続けられる定番の山道具があります。
そんな山道具の中から、ライターPONCHOが愛用してきたモノを紹介。
今回は第4回、2006年に購入したトランギア社の『ストームクッカーS ウルトラライト』について。
ジンセイを変えるきっかけとなった道具
1925年、スウェーデンで創業した『トランギア』社。そのブランドを代表する道具が、1951年の誕生以来、材質の変更こそあれ、ほとんどデザインを変えることなく現在も販売されている『ストームクッカー』という、アルコールバーナーで調理ができるクッカーセットです。
この『ストームクッカー』は、私がアウトドア雑誌の仕事をしていこうと決意する、きっかけとなった道具でもあります。
今から25年程前、大学を卒業して入社したアウトドアの商社を夏に退社。理由は、その年に創刊されたアウトドア雑誌の仕事をしたいと思ったからでした。
バックパッキングを特集していたその雑誌に掲載されている道具、ウエア、そして文章と写真に魅せられた私は、この雑誌をつくる仕事をどうしてもやりたいと、その思いを手紙に書いて送りました。
間もなく編集長から電話があって編集部に呼ばれ、「来年から月刊化するから、また連絡するよ。それまでは、作家さんが制作しているアウトドアメーカーのカタログづくりを手伝って、編集の勉強をしてきなよ」と言われました。
それからすぐに雑誌のデザインを担当するデザイナーさんの事務所がある東京・調布と、作家さんの事務所がある神奈川県・葉山、そしてアウトドアメーカーさんの会社がある東京・八丁堀を、毎日のように行き来するようになりました。
2ヶ月程経った頃、編集長から、「編集部員が福島県の磐梯山の麓、小野川湖にキャンプをしに行くから、顔合わせも兼ねて行ってきなよ」との連絡が。まだ日本では珍しかったシーカヤックをクルマのキャリアに載せた編集部員さんの車に同乗して、私もキャンプに参加させてもらいました。
そして、そのキャンプで出合ったのが、先輩編集部員さんが使っていた『ストームクッカー』でした。
静かな炎と小さな感動
入れ子状になり、コンパクトに収納されたクッカーと風防、ハンドル、ケトル、そしてストーブ。それらを組み立て、フューエルボトルから燃料となるアルコールをバーナーのタンクに注入。マッチを擦った火をタンクに近づけると、軽い「ボンッ!」という音ともに点火。
ユラユラと弱い炎が上がりだし、タンク内のアルコールが温められると、タンク上部に24個の小さな穴が開けられた火口から美しい青い炎が燃えはじめました。
さらに待つこと数秒。火口付近は青く、そして立ち上がった炎は赤く、強く燃え出しました。
先輩編集部員さんは、その炎に水を満たしたケトルを載せ、コーヒーを淹れてくれました。なんでもないフツーのコーヒーだったと思いますが、アルコールバーナーに火を点け、シンプルだけれどもシステマチックな『ストームクッカー』で沸かした湯で淹れてくれたコーヒーは、特別な味がしました。
火を点け、湯を沸かす手間は焚火に似ている
アウトドアで使うバーナーといえば、ガス缶を燃料としたシングルバーナーが手軽で、火力もあって、最良だと考えていた私は、手間が掛かり、そのくせ火力も大して強くないアルコールバーナーを、時代遅れの道具だと、使ったこともないのに決めつけていました。
でも、その考えは違いました。手間だと思っていた一連の工程は、ストームクッカーの組み立ても含めて、道具を扱う楽しみでした。
それは焚きつけや薪を集め、細く割った薪に鉈やナイフで切り込みを入れ、火を点けたら息を吹いて空気を送り、火が安定したら太い薪をくべ、常に火を見守る、焚火を育てる感覚に似ていました。
それに、アルコールバーナーの火は、焚火と同じように静かに燃えます。その静かな炎にケトルやクッカーを掛けて湯を沸かすと、やがてコポコポと沸騰音が鳴り出します。
「あれ、火、消えてないよね」と確認したくなるような静かな炎。そんな炎に水が温められて聞こえてくる沸騰音は、「おぉ、沸いた~」という心のウキウキ、ワクワクの擬音が鳴っているよう。
それは、やる気満々の大きな燃焼音のガスバーナーやガソリンバーナーで湯を沸かす時には感じられない、小さな感動であり、道具を扱っている楽しさだと思うのです。
シンプルな道具が持つ美しさ
トランギア社の『アルコールバーナー』、そして『ストームクッカー』は、普通に使っていれば壊れることのない、とてもシンプルな道具です。シンプルだからといって、必要なものが省かれている訳ではありません。
アルコールバーナーは火力調整や消化用のフタを装備。ストームクッカーはバーナーの炎を風から守る風防が、そのままクッカーやケトルを載せるゴトクになり、風が強まればより多くの空気が送り込まれ、炎を強くする構造になっています。
シンプルでありながら必要な機能を盛り込み、作り込まれたギミックは、道具の佇まいを洗練させ、美しくする。そんなことを『ストームクッカー』から教えてもらいました。それは『ストームクッカー』に限らず、多くのアウトドア道具、山道具に共通することでしょう。
その美しさは、それを使う人にも及ぶようで、先輩編集部員さんが『ストームクッカー』で湯を沸かしている姿を見ていた私は、羨望の眼差しを向けていました。
そして「『ストームクッカー』のようなシンプルで美しい道具を使い、多くの人の無駄にならない、無駄にしない道具を紹介できる編集者、ライターになろう!」と決心したのです。
以来25年、今でも私はアウトドアの道具に加えて、さまざまな道具の記事を制作、執筆をしています。紹介する道具選びのベースには、トランギア社の『ストームクッカー』のシンプルさと美しさがあります。
余談ですが、アウトドア雑誌の編集部に入る前、カタログづくりを手伝い、編集を学んだアウトドアメーカーさんは、トランギア社の製品を扱っていた会社でした。
『ストームクッカー』に出合ったキャンプから戻ってきて、カタログ制作をしている最中にそのことに気が付いた時、勝手に縁を感じたことを覚えています。
スローなハイキングを楽しもう!
とても影響を受けた『ストームクッカー』でしたが、実際に購入するまでは随分と時間が掛かってしまいました。ストーブとクッカーのセットと考えれば決して重くはありませんが、でもやっぱり重さが気になり、迷っては諦めを繰り返しました。
それが2003年頃、トレイルランニングをはじめると、その反動のようにスローなハイキングを楽しむようになり、スローな気分を満喫できる『ストームクッカー』を使いたい思ったのです。スローなハイキングでは、重さよりも、ゆっくり過ごすこと重視なので、『ストームクッカー』の焚火のようなスローさはぴったりでした。
購入したのは、2006年に発売された『ストームクッカーS ウルトラライト』という重さ740g(ケトル別)の軽量モデル。少しでも軽くと考えた結果でしたが、スローなハイキングで調理を楽しむなら、フライパンのみ焦げ付き防止加工がされているウルトラライトモデルより、クッカーにも焦げ付き防止加工がされた、上の写真の『ストームクッカーS ブラックバージョン』がいいかなぁと、今は思っています。重量は869g(ケトル別)です。
Sサイズの収納サイズは、『ウルトラライト』も『ブラックバージョン』のどちらもΦ18×10㎝。ソロはもちろん、2人分の調理をつくれ、特に寒い季節には、おでんを火力調節フタの弱火で煮込みながら、アツアツを楽しめるのがサイコーです。グループで使用したいときに、別売りの『2.5ℓビリーコッヘル・ノンスティック』を安定して載せられるのも利点。
シンプルで美しく、使い勝手にも優れた『ストームクッカー』で、是非スローなハイキングを楽しんでください。もしかしたら、私と同じように、ジンセイが変わるなにかが、起こるかもしれません!
それでは皆さん、よい山旅を!