黒百合ヒュッテ主人・米川さん

北八ヶ岳・黒百合ヒュッテ|酒飲みオヤジの溜まり場が、女子に人気の山小屋になったワケ

日本二百名山・天狗岳の麓にある人気の山小屋「黒百合ヒュッテ」。岩場の多いアルペン的な様相を見せる南部とは違って、樹林帯中心の穏やかな山域として知られる北八ヶ岳。ここにはいったいどんなドラマがあるのか、現・小屋主の米川岳樹(よねかわ・たけき)氏に山小屋誕生からの話を伺いました。

アイキャッチ画像撮影:おくたまこ

北八ヶ岳の人気山小屋! 黒百合ヒュッテ

黒百合ヒュッテ

撮影:YAMA HACK編集部(2018年取材)

登山者がいつもお世話になっている“山小屋”。私たちにとって、下界から離れた場所で寝食ができる有難い存在ですよね。しかし多くの利用者が訪れる山小屋が、いつ・どうして・どんな経緯でそこにできたかを知っている人は多くありません。

そこで、知られざる“山小屋”の裏側を徹底取材する当企画。第2弾となる今回は、北八ヶ岳の人気の山小屋「黒百合ヒュッテ」です。

黒百合ヒュッテの主人・米川氏の歩荷

撮影:おくたまこ(三代目を務める米川岳樹さん。この日は歩荷姿で登場!)

―――おお、米川さん! 歩荷ご苦労様です! まさかこのような形で初めましてのご挨拶をするとは……(笑)

いやいや、今日は暑いですね。どうぞよろしくお願いします。

―――こちらこそ、本日はありがとうございます! 黒百合ヒュッテは大好きな山小屋の1つなので楽しみにしていました。
では早速なのですが……まずは黒百合ヒュッテが建てられた経緯について、教えてください。

ここに小屋が建てられたのは1956年(昭和31年)のことです。この辺り一帯はもともと国有林で、当時ここに山小屋を建設しようという話が出たそうなんです。で、うちのおばあさん(米川つねの氏)が「自分もやりたい」ということで手を挙げたみたいなんですね。

“夫の願い”を叶えた、女性の初代・山小屋主人

米川正利氏の著書

撮影:おくたまこ(受付の片隅に置かれた、2代目・米川正利さんの著書。初代・米川つねのさんの半生とともに、黒百合ヒュッテの歴史が綴られている)

―――へえ! 初代は女性だったのですね。でも、その時代に女性が山小屋をやるというのは簡単なことではないと思うのですが……何か強い思いがあったんでしょうか?

言い出したのはおじいさんだと聞いています。彼は先に亡くなってしまうのですが、生前、仕事(林業)で訪れたこの土地を気に入って「いつか黒百合平に別荘を建てたい」と言っていたそうです。女手ひとつで4人の子どもを育てることを余儀なくされたおばあさんは、ある時その言葉を思い出したんですね。実際に黒百合平まで登ってみたら、本当に素晴らしい景色が広がっている。そこで、別荘を山小屋にして商売にしてはと思いついたということです。

黒百合ヒュッテの小屋内・ランプ

撮影:おくたまこ(小屋のあちこちに吊り下がっているランプは、創業当時に使われていたもの)

―――わあ、なんだか夫婦愛を感じますね。家計を支えるためとはいえ、結果としておじいさんの夢は叶ったわけですし……すごいなあ、つねのさん。

親父(米川正利氏)の代で増改築をしているので原型としては残っていませんが、敷地内の木々を伐採して使ったそうです。最初は1階建ての掘建小屋のような感じでした。最後に大きく改築したのが45年前なので、形としてはそれからほぼ変わっていませんね。よく見るとあちこちガタが来てますけど(笑)。

小屋中がベロベロだった!? 黒百合ヒュッテの“いま・むかし”

黒百合のプレート

撮影:おくたまこ(小屋の由来にもなっているクロユリの花をモチーフにしたプレート。6月が見頃の、小さくも可憐な花だ)

―――いやいや、まったく気にならないですよ。むしろレトロで可愛い。小屋の佇まいから入口のメニュー表に至るまで、すべてがオシャレです!

ありがとうございます(笑)。あのメニュー表とか、その隣にかかってるカフェ看板なんかはスタッフに美大の子がいて、彼女が作ってくれたものです。もとはもう少しダサかったんですけど(笑)、手書きでいろいろと書き足してくれて。

黒百合ヒュッテの看板メニュー

撮影:YAMA HACK編集部(スタッフによってオシャレにリニューアルされたメニュー表)

―――スタッフの方の手書きとは、ますます乙女心をくすぐられます。黒百合ヒュッテが女性に人気なのも頷けますね。

たしかに最近は若い人も増えて、女性ひとりで冬にテン泊なんて光景も見られるくらいになりましたけど、昔じゃとても考えられない。当時だったら「え、どうしちゃったの? ここは原宿じゃねえぞ」って思ったでしょうね(笑)。

朝飲むビールが一番うまい!? 酔っ払いたちの地獄絵図

―――あはは! 原宿(笑)! 以前はどんな雰囲気だったんですか?

俺が小屋に手伝いに入った頃なんて、来るのは酒飲みばっかりでしたよ。というか、だいたい親父が朝から飲んでるし。

―――え? 飲んでから仕事してたんですか?!(笑)

ええ、「朝飲むビールが一番うまい」って言ってね。でも大抵、一杯でなんか終わらなくて、次はウィスキーだなんだっていくんですよ。親父だけじゃなくて、居候さん(昔小屋に勤めていた人たちが手伝いに来てくれていた)なんかも日中から飲んでるし。みんなほぼベロベロになって仕事してましたね。お客さんもお酒持って登って来るから、小屋中がベロベロ(笑)。

さらにたいがいが泥酔してるからケンカもあるし、そのへんでゲロゲロ吐かれたり、しょんべんされたりもしょっ中。で、次の日はみんな二日酔いで出てくっていう。

米川岳樹さん

撮影:YAMA HACK編集部(岳樹さん自身も実は大のお酒好き。「でも、もちろん飲むのは夜だけ」だそうです)

―――うわあ、すさまじい画ですね(笑)。

でも、すごい人気でしたよ。お客さんの方もまたそれがよくて来てくれてたんだと思います。みんなの溜まり場って感じでしたね。むしろ飲まないといじめられてたんです、「飲め」って。「飲めなかったら口もきいてやんない」じゃないけど、父ちゃんなんかはそういう感じでしたよ。飲めない人は相手にしないっていう。今そんなことしたらパワハラですよね(笑)。

黒百合ヒュッテの台所

撮影:おくたまこ(現在、台所脇の壁には「禁煙節酒」の張り紙が!)

―――ひゃ〜……でも、みんなが飲みに来る山小屋ってちょっと楽しそうかも。そこからどうやって、酒飲み以外にも愛される(笑)、今の黒百合ヒュッテになったのでしょうか?

1つはお客さんが変わったことかな。飲まなくなった(笑)。百名山ブームの頃から少しずつ飲まない人たちが増えてきた気がします。今はもう、こんなとこで酒飲んでストレス発散しなくても、下でいくらでもできますからね。時代とともに山との関わり方が多様化したということなのか、純粋に山を楽しみに来る人が増えたというか。でもまあ、うちの中の一番の転機はトイレですね。

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