ーーーアイスクライミングといえばリスキーなアクティビティですが、アイスキャンディでの大きな事故は、これまで起きていないんですよね。
はい、そこは譲れないところですからね。ここ数年はスタッフが監視員として常にアイスキャンディを見守っています。登攀ルール違反や技術不足でのリスクを、常にサポートできるよう心がけていますよ。

ーーーアイスクライミング自体はもちろんですが、建設・解体もかなりリスキーですよね。
例年10月中旬から組立てを開始して、骨組みは約2週間で完成します。アイスクライミングシーズン終了後は少しずつ氷を溶かしゴールデンウィークくらいから解体作業を始めて、7月上旬に撤収が完了します。
現場では細心の注意で作業していますが、それでも工具や鉄筋が落ちてきたりする事もあるんですよね…。
ーーーすみません…もう一度伺いますが、皆様は建築の専門家ではないですよね。
はい、そうですよ。笑
登山道の橋や階段の補修も常日頃行っているので、工具や建材の扱いには慣れているスタッフばかりです。とはいえ、アイスキャンディの建設・解体は、山小屋スタッフではなく鳶(とび)職の領域ですよね。スタッフには感謝の気持ちでいっぱいです。
ーーー2019年秋の台風直後にも赤岳鉱泉にお邪魔しましたが、いち早く補修された橋や階段のおかげで、安心して登山を楽しむことができました!
山岳ガイドもお手伝い
さらに、心強いサポートもあるんです。アイスクライミングシーズンにクライアント(=顧客)とアイスキャンディを訪れる山岳ガイドの方々が、毎年秋の建設の際にお手伝いをしてくれるんです。
ーーー壮々たる名ガイドの皆様が勢揃いですね…。
スタッフだけでは5日くらいかかる作業も1〜2日で進むんです。以前は常連のお客様にもお手伝いしてもらっていたんですが、リスク管理の点からも現在はガイドの方だけにお手伝いをお願いしています。
ありがたい事に、これも山岳ガイドの方からの自発的なお申し出で始まった習慣なのです。今ではアイスキャンディ建設に携わることが一流ガイドの証拠…のように名誉な事と感じてくださっています。
ーーーアイスキャンディで安全にアイスクライミングの基礎を身に付けてもらいたい…そんな山岳ガイドの方々との信頼関係の賜物ですね。
ーーー栁澤さんは、こうしたスタッフや山岳ガイドの皆様のまとめ役として建設・解体に携わっているのですね。
はい。率先して一番危険な最上部に上がって、指示を出すようにしています。事故を起こして、アイスキャンディを楽しみに来てくれる人達の期待を裏切りたくはないですから。
元レーサーと言うこともあるんでしょうが、人一倍リスクには敏感なつもりです。お客様だけでなく、裏方であるスタッフの安全まできちんとこだわって行きたいですね。
時代と共に変化してきたアイスキャンディ
2007年から栁澤さんが続けているブログ「鉱泉日誌」の過去の記事を読むと、アイスキャンディの形が今とは異なっています。また、開催されるイベントのプログラムも年々変化し続けています。
コンペ(競技)志向から初心者向けの施設に
ーーー昔の写真を拝見すると、アイスキャンディもかなり形が変化していますね。
2015年まで「アイスキャンディカップ」というアイスクライミング競技会を開催していました。また、写真のようにオーバーハングした難易度の高いクライミングボードも設置していた時期もありましたね。
競技志向のクライマーさんからの要望もあって、そんな形態になって行ったのですが…。初心者のための訓練施設が、限られた人だけの競技会場になって行くのはアイスキャンディの存在意義としてもどうかと。それにこれ以上エスカレートしたら、危険だと思ったんですね。
そこで私に代替わりした時期から、原点に立ち返って初心者が学べる施設にするべく構造を変えています。
時を同じくして始めたのが初心者体験会。ロープはもちろんヘルメット・アイゼン・アイスアックスなどの装備も小屋で用意し、安全確保のビレイも小屋のスタッフが行っています。
ーーー装備をいきなり購入するのは高額ですし、経験者が同行できる人も少ないでしょうから、これは嬉しいですよね。
参加費は1,000円で定員は毎回10名なんですが、最初のうちは参加者が数名の回もありましたね。最近は受付開始日(例年12月上〜中旬)には、そのシーズンの定員8割は埋まってしまい、キャンセル待ちの回も多数あります。
ーーー原点だった「初心者がアイスクライミングを学ぶ」場が、きっちりと支持されていますね!
ーーー初心者体験会の他にも、経験者が山岳ガイドの指導でスキルアップできる“鉱泉道場”や、年に一度の“アイスキャンディフェスティバル”など、様々なイベントを開催されていますよね。
おかげさまで“アイスキャンディフェスティバル”は今年(2020年)で第10回を迎えることができました。協賛して下さる様々な企業様が開催する体験イベントや、山小屋初となるアイスキャンディを使ったプロジェクションマッピングで盛り上がりました。
ーーー第10回アイスキャンディフェスティバルの協賛は、登山用品メーカーから山岳気象予報会社、日本アルプスの山小屋まで全25社…壮々たる顔ぶれですよね。
はい、色々な企業の方に協賛いただき、とても嬉しく思っています。とは言え手づくりのイベントです。
運営するスタッフの皆はもちろん、協賛企業の皆様、山岳ガイドの皆様、常連のお客様…色々な人達に助けられて、こうしたイベントも成長してきました。
他の山小屋にできない形で安全啓蒙していきたい
「安全登山」の軸はぶれませんが、これからも時には“くだらない遊び心”も大切に、時代の変化に合わせて活動を続けていきたいと思います。
ーーー新しい活動…ワクワクしますね!
まだ試験的な段階なんですが、アイスキャンディの隣にアイゼン・ピッケルワークを学べる“ミニキャンディ”を作ったんです。アイスクライミングだけでなく雪山登山の基礎的な知識を学べる場も設ける事で、将来的にはより安全登山のすそ野を広げていきたいですね。
アイスキャンディを訪れる人へ伝えたい…正しい技術と知識の大切さ
今では大勢の人々が訪れるアイスキャンディ。そんな人達へ栁澤さんが伝えたい事は…やはり安全登山のために欠かせない心構えでした。
ーーー最後に、アイスキャンディを訪れてアイスクライミングを楽しむ人へのメッセージをお願いします。
初心者体験会に参加されたお客様には「次はガイドさんと一緒にアイスクライミングを楽しんでください」とお話するようにしています。アイスクライミングでは、支点の構築やロープワークなどミスが許されない危険な要素もあります。
体験会はあくまでも“体験”です。次に実践する時には信頼できる山岳ガイドの方(赤岳鉱泉・行者小屋ホームページのリンク集でも多数のガイドを紹介)の指導を受けながら、技術や知識をしっかり身に付けて、安全にアイスクライミングを楽しんで欲しいですね。
ーーー本日は貴重なお話をたくさん聴かせて頂き、ありがとうございました!
アイスキャンディの裏話から感じた“熱い想い”
今回のインタビューでは、アイスキャンディの裏話をたくさん伺いました。建設の苦労などはもちろんですが、一番印象的だったのは「安全への強い想い」。
アイスキャンディを楽しむ人々も、裏で支える人々も、決して事故を起こさない準備や配慮の数々。ヘルメットのレンタルをはじめとした山岳事故防止のための活動。赤岳鉱泉・行者小屋が年間を通して行っている「安全登山」の啓蒙が、このアイスキャンディにも強く反映されていると思うと、さらに感慨深いですね。
アイスキャンディの最新情報はSNSをチェック!
アイスキャンディの状況や、アイスキャンディフェスティバル・初心者体験会・鉱泉道場などのイベント情報は、SNSで随時アップされています。最新の情報を得てからお出かけくださいね。
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