アイキャッチ画像撮影:washio daisuke
八ヶ岳・行者小屋から聞こえる…カモシー番長のぼやき

撮影:washio daisuke(カモシー番長の住む八ヶ岳・行者小屋)
赤岳、横岳、阿弥陀岳など南八ヶ岳の登山基地となる山小屋・行者小屋。こちらの安全登山啓発キャラクター「カモシー番長」のぼやきが最近止まらないとの噂をキャッチ。
原因は、どうやら今シーズンから
行者小屋でレンタルを開始した“ヘルメット”についてらしい…カモシー番長を師匠として崇める私としては居ても立ってもいられず、早速馳せ参じてお話を伺ってきました。
ヘルメットを囲んでカモシー番長と語る

撮影:washio daisuke(カモシー番長との茶話会)
今年からこの行者小屋でもヘルメットのレンタルを始めたのだ。
だが、ヘルメットを着用していれば…という事故も後を絶たなくてな。
系列の赤岳鉱泉さんでは、以前からレンタルされていましたよね。
赤岳鉱泉と行者小屋、どちらで借りてどちらで返却してもOKの利便性が高いシステムは登山者に歓迎されたと思います。
夏山シーズンを終えての反響はどうでしたか。
レンタルされる数は、昨年の2倍以上に増えた。しかし、目の前を通り過ぎる登山者たちの中にはヘルメットを着用していない人々もまだまだいて、道半ばなんだよなあ。

そう言えば今シーズン初めてのヘリ救助も、負傷者はヘルメットを着用していませんでしたよね。
うむ、あれは6月の文三郎尾根の下りだった。あそこは登山道に階段が整備されているんだが、そこで転倒して頭部を負傷したのだ。
あれはヘルメットを被っていれば、そこまで大事に至らなかったはずなのだ。
「ヘルメットの意味わかってんのかよ!?」

撮影:washio daisuke(登山用ヘルメット)
登山用ヘルメットが急速に普及したのは、2013年に長野県がヘルメット着用推奨山域を指定したことがきっかけ。その前年の長野県内の山岳遭難者のうち4人に1人が頭部を負傷していた一方、滑落しても
ヘルメットを着用していたおかげで命を取り留めた登山者もいたことが理由です。
けれども、着用推奨山域以外であればヘルメットは不要だと思っていませんか。その認識は大きな間違い。実際に着用推奨山域でない山で登山者が頭部を負傷し、重篤な怪我を負ったり死亡する痛ましい事故が毎年のように発生しています。
ヘルメット着用推奨山域は「滑落=致命傷」のルートがメイン

出典:PIXTA(北穂高岳〜涸沢岳の稜線から見た大キレット/全てヘルメット着用推奨山域です)
ヘルメット着用推奨山域は、長野県山岳遭難防止対策協会が指定した山域。
長野県・山岳ヘルメット推奨山域について 挙げられている山域は、
破線ルート(難路)やバリエーションルート(一般登山道でない熟達者向けルート)を含む、危険度の高い場所に限定されてます。
▼稜線の幅が極めて狭い
▼稜線自体の高度が高い
▼稜線周囲の斜面の斜度が大きい
これらの山域で滑落すれば、数十メートルから数百メートルは滑落し致命傷を負うでしょう。
また、当然のことながらこれは長野県が指定した山域です。他県にも、滑落したら同様に致命傷を負いかねない山域は存在します。
剱岳(富山県)、八海山(新潟県)、妙義山(群馬県)などはその代表格と言えるでしょう。

撮影:washio daisuke(富山県の剱岳も滑落したら大惨事になる険しい岩稜に囲まれています)
このヘルメット着用推奨山域に関しては「※ただし、他の山域においてヘルメットが不要という主旨ではない」と言う文言が、どうも見落とされがちなのではないでしょうか。
着用推奨山域以外でもヘルメットが必要な理由とは?

出典:PIXTA(険しい岩稜が続く横岳)
無数の岩峰の登降を繰り返す「横岳」や、切り立った稜線を通過する権現岳と赤岳の間の「キレット」などもある八ヶ岳ですが、ヘルメット着用推奨山域には指定されていません。
とはいえヘルメット着用をオススメしたい理由は…
▼滑落までには至らない単なる転倒
▼他の登山者の不注意による人工落石
という原因でも、頭部を負傷する可能性があるからです。

撮影:washio daisuke(赤岳・地蔵尾根)
例えば、地蔵尾根は鎖場・ハシゴ・階段が連続する岩稜だ。
ヘルメット着用推奨山域の山々ほど稜線の幅は狭くないから、何百メートルも転落するような滑落事故にいたる箇所は多くない。
だが、もしここで転倒して岩にぶつかれば、頭部を負傷する可能性は大いにあるぞ。
撮影:washio daisuke(赤岳・山頂直下の稜線)
赤岳山頂周辺の稜線はいわゆる「ガレ場」の登山道で浮石も多い。
しかも、八ヶ岳最高峰&日本百名山という理由で多くの登山者が訪れる。
誰かが不注意で引き起こした落石が他の登山者の頭部を直撃したら…考えるだけで冷や汗ものだ。
登山用ヘルメット着用の重要性については、こちらの記事もご覧ください。
赤岳鉱泉・行者小屋の安全登山に対する“想い”と“配慮”

最近インスタで師匠を見かけない日はないですし、グッズも好評ですよね。
それでも師匠がぼやくということは…。
あらためてヘルメットレンタルを始めた経緯についてお話されてはいかがでしょう?
うむ、俺と一緒に楽しそうに写真を撮ってくれるのは嬉しんだが…。
そもそも俺の存在意義をみんながわかってくれているのか、不安になる時があるんだな。
安全登山啓発キャラクターとして、あらためてヘルメットレンタルに込めた想いを紹介しよう。
ヘルメットレンタルのきっかけは悲しい事故

赤岳鉱泉ではヘルメットに限らず、ギアのレンタルがすごく充実していますよね。
元々あのレンタルは今やすっかり冬の風物詩になったアイスキャンディ(人工の氷壁)でアイスクライミングを体験する登山者向けに始めたのだ。
ヘルメット以外にも、前爪付アイゼン・厳冬期用シューズ・アイスアックス(アイスクライミング用のピッケル)などもレンタルしておる。
冬限定のレンタルだった訳ですね。
それが通年レンタルに変わったのは、何か理由があったのでしょうか。
きっかけは悲しい事故だった。夏山シーズンの阿弥陀岳を下山していた登山者が、転倒して頭部を負傷したのだ。
小屋番たちが駆け付けて、止血などの応急手当を行なった。
その登山者はとても意識が高く、八ヶ岳以外の着用推奨山域ではきちんとヘルメットを被っていたそうだ。
八ヶ岳は着用推奨山域に指定されていないから、不要だと思ってしまったのかも知れませんね。
ヘリで救助される際に「次は(登山への自分の認識と姿勢)変わります!」と残してくれた力強いメッセージが忘れられない。
しかし、実は外傷だけでなく頭蓋骨の陥没骨折を負っていて、数日後に亡くなってしまったんだよ。
滑落だけでなく単なる転倒でも、頭部を負傷すると生命に関わる場合があるということを痛感しますね…。
「登山は危険・ヘルメットは当たり前」という意識

実は俺の生みの親(赤岳鉱泉・行者小屋の4代目若旦那・柳沢太貴さん)は、かつてカートレースに人生を懸けてプロを目指していた生粋のレーサーなのだ。
身体むき出しのマシンに乗り、直線コースでは150km/hくらいのスピードで走るこの競技の危険性はご存知かな?
確かに、モータースポーツではフルフェイスのヘルメットが当たり前ですよね。
そんな彼にとってはサーキットで人と人が競り合うレースよりも、厳しい自然環境の中で行われる登山の方が遥かに予測できない危険が存在するという認識なんだな。
その認識があるからこそ、SNSで拝見するスタッフの皆さんは登山道のパトロールや補修を行う時も、必ずヘルメットを着用しているんですね。
事故が発生した時のレスキュー活動など、山小屋のスタッフは極限状態で集中力を切らしてはいけない仕事も多いのだ。
一歩間違えば自分たちの命の危険があることを理解しているからこそ、彼らにとってヘルメットは着用して当たり前であり必須のアイテムなんだよ。
若い登山者に親近感を持って「安全登山」を伝えたい

撮影:washio daisuke(このメッセージを忘れないで…)
ヘルメットをはじめとするギアのレンタルもメーカーとのコラボだけでなく、山小屋自身で安全啓蒙をしたいという想いで行っているのだ。
一人でも多くの人に安全に登山を楽しんで欲しい、色々な事情で装備が揃っていない人を手助けしたい…そんな気持ちで、ここまでレンタルを充実させてきたんだ。
そうした赤岳鉱泉・行者小屋さんの想い…多くの登山者に伝えたいですよね。
うむ。やり方によっては厳しく捉えられかねない安全登山の知識を、特に若い人たちに親近感を持ってもらいながら伝えるために、俺が生まれたんだ。
登山者のみんながSNSで俺の顔を見るたびに「楽しい登山に潜む危険」と「安全に対する備えの大切さ」を思い出してくれると嬉しいな。
師匠…私も自称・愛弟子として、安全登山を伝えるために精進いたします!

撮影:washio daisuke(今回の取材にご協力いただいた
赤岳鉱泉・行者小屋の柳沢太貴さん)
今回の取材にご協力いただいた赤岳鉱泉・行者小屋の柳沢太貴さん。若き小屋番として、SNSで積極的に情報発信を行っています。
フォローして最新情報をチェックしましょう。
赤岳鉱泉・行者小屋 公式Instagram 赤岳鉱泉・行者小屋 公式Facebook ブログ 鉱泉日誌 赤岳鉱泉や柳沢太貴さんのエピソードをもっと知りたい方は、こちらの記事もぜひご覧ください!
赤岳鉱泉・行者小屋公式ホームページ赤岳鉱泉に宿泊する際は、こちらの記事もご覧ください!
あると安心・安全!ヘルメット着用オススメの山
頭部を負傷する可能性がある、ヘルメット着用が望ましい山(シチュエーション)を以下に挙げてみました。いずれもヘルメットの着用必須の山ではありませんが、同じ様なシチュエーションの山でヘルメット着用を検討する判断材料にしてください。
難所(岩場・鎖場など)がある山
出典:PIXTA(写真の鹿岳をはじめ二子山・妙義山など西上州や、古賀志山・石裂山など栃木県中部には低山ながら手強い難所のある山があります)
▼鎖・ハシゴ・ロープなどが設置されている
▼三点支持(三点確保)で腕も使って攀じ登る必要がある
こうした「難所」がある山は、標高の高低に関わらず全国に存在。当然ながらこうした登山道では、転倒・滑落のリスクが高まります。
登山者が多く人工落石のリスクが高い山

出典:PIXTA(登山者で渋滞する夏の富士山)
7月から8月に登山者が集中する富士山では、登山者による渋滞が発生することも。登山道も浮石の多いガレ場であり歩き慣れていない登山初心者も多いため、人工落石の危険性は常に存在します。混雑した登山道で落石に遭遇したら、避けようがありません。
雪渓を通過する山

出典:PIXTA(白馬大雪渓)
標高が高い日本アルプスや緯度が高い北海道・東北など北日本では、夏でも雪渓がある山が。その多くは陽の射す時間が短いすなわち深い谷状の地形なので、両側の斜面からの落石に注意が必要です。
雪の上をバウンドしながら転がる落石は音が小さいため、気付いた時には目の前!ということも…。
活火山

出典:PIXTA(東北屈指の紅葉名山・栗駒山の人気スポット・昭和湖も火山ガスの濃度が高まり、2019年シーズンは立入禁止に…)
2014年の木曽御嶽山の噴火では時速数百キロの噴石が降り注ぎ、多くの登山者の生命を奪いました。2019年11月現在、日本百名山のうち噴火警戒レベル2(火口周辺規制)になっているのは草津白根山・阿蘇山の2座のみ。
しかし、木曽御嶽山は噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)の状態で突然噴火したのです。日本には111もの活火山があるので、登山前にその山が活火山であるのかをチェックしてから出かけましょう。
気象庁ホームページ 火山森林限界上の雪山

出典:PIXTA(雪の富士山では山頂付近から滑落すると7〜6合目まで数百メートル止まらないことも)
前爪付きアイゼンやピッケルが必要な本格的な雪山、中でも森林限界上では冷たい風にさらされて斜面がクラスト(ツルツルで非常に滑りやすい)状態になっていることも。もちろん、アイゼンを雪面にしっかり接地させる歩行技術、万が一の転倒時にピッケルを使った滑落停止を行う技術は、こうした雪山に挑戦する登山者が身につけるべきスキルです。
しかし実際のところそう簡単には止まりません。当然、滑落する距離は長くなります。
他人の視線は気にせず、自分の安全は自分で確保!

撮影:washio daisuke(初冠雪の赤岳山頂にて)
ヘルメット着用推奨山域の指定や木曽御嶽山の噴火が起こる前までは、ヘルメットは本格的なクライミングにチャレンジする先鋭的な登山者だけのアイテムというイメージでした。一般登山道でヘルメットを着用している登山者へは「心配性」「臆病者」という冷たい視線が投げかけられたものです。
けれども、そんなことを気にする必要はありません。
自分が必要だと判断したら、迷わず着用してください。あなたの身を守ることができるのは、あなただけなのですから…。
ライタープロフィール:鷲尾 太輔

撮影:washio daisuke(中央アルプス唯一の着用推奨山域・宝剣岳にて もちろんヘルメット着用です!)
(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイド
高尾山の麓・東京都西部出身ながら、花粉症で春の高尾山は苦手。得意分野は読図とコンパスワーク。ツアー登山の企画・引率経験もあり、登山初心者の方に山の楽しさを伝える「山と人を結ぶ架け橋」を目指しています。
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