アイスキャンディに秘められたエピソードを求めて
南八ヶ岳の山小屋・赤岳鉱泉の“アイスキャンディ”。アイスクライミングを安全に体験するための施設として、2003年に誕生しました。
今や冬の風物詩として多くの登山者に親しまれていますが、その誕生の経緯や17年間の試行錯誤を知る人は少ないのではないでしょうか。
「どうして出来たの?」「どうやって作っているの?」そんな素朴な疑問から赤岳鉱泉・行者小屋の柳沢太貴さんにインタビューする事に。そこでは、アイスキャンディに秘められた「深くてイイ話」をたっぷりと伺うことができました。
誕生のきっかけは…天然の氷瀑での事故やトラブル
いまでは、各地に建設されている人工氷瀑ですが、その草分け的存在がアイスキャンディ。なぜこの巨大な人工氷瀑を作ろと思ったのでしょう?
まずは、誕生に至った経緯について伺いました。
ーーー本日はよろしくお願いします。実は先日、私もアイスキャンディで初めてのアイスクライミングを体験させていただいたばかりなんです。大変でしたが、すごい楽しかったです。!
こちらこそよろしくお願いします。おー、体験されたんですね!楽しんでもらえたみたいで何よりです。
ーーーはい、ぜひまた体験してみようと思います!すごく大きな人工氷瀑だったのですが、なぜ「アイスキャンディ」を作ろうと思ったのですか?
赤岳鉱泉・行者小屋のある南八ヶ岳周辺には、ジョーゴ沢・赤岩の頭大滝・大同心大滝・南沢大滝をはじめ、冬には数多くの氷瀑ができます。アイスキャンディが生まれるずっと前から、それら天然の氷瀑でのアイスクライミングを楽しむ人が多かったんです。
ーーー冬の南八ヶ岳は昔から、アイスクライミングのフィールドとして親しまれていたんですね。
はい。宿泊されるお客様も、冬はアイスクライミング目的の方がとても多かったのですが、これが良いことばかりではなくて…。
天然の氷瀑ですから、もちろんコンディションは一定ではないんです。前日は3本のロープが張れた氷瀑でも、翌日暖かくなって両端が脆くなると真ん中に1本のロープしか張れないとか。
そこで誰が先に登攀するかでトラブルになったり、氷が脆い部分を登攀しようとして支点が抜けて滑落事故が起きたり…という事例が絶えなかったんです。
ーーー事故になれば小屋番(以下、スタッフ)の方もレスキューに駆け付けるんですよね。
スタッフは民間救助隊として、その使命もありますからね。けれどそういう事故って、大体が日曜日に起こるんです。もちろん小屋も混雑している訳なんですが、その中でスタッフが小屋の業務を中断して救助に行かないといけなくて。
ーーー必然的に人手不足になって、小屋のサービスにも影響が出ますよね。
ええ、救助に向かうスタッフと小屋に残ったスタッフ双方の負担が増えてしまって…。「何とかならないのか?」とスタッフから父(赤岳鉱泉・行者小屋3代目社長 柳沢太平氏)に直訴の声が上がったそうです。
ーーー当時はアイスクライミングをする登山者の安全、スタッフの皆様の苦労、色々な問題があったのですね。
そんな時、ある山岳ガイドの方から「小屋(赤岳鉱泉)の横に練習場所があると良いのでは」とアドバイスがあったのです。アイスクライミングは通常の登山以上にきちんとした技術と装備が必要。それに当時は今ほど装備も発達しておらず使いこなすのも難しかったですからね。
そのアドバイスがきっかけとなり、「アイスキャンディを作ろう」ということになったんです。
アイスキャンディ建設の苦労と試行錯誤
登山者が見ているアイスキャンディは冬だけ現れる巨大な氷の塊。しかしその内部にはまるで鉄筋コンクリート建築を造るような規模の骨組みが隠されています。
普段はなかなか目にすることができない、アイスキャンディ建設の裏側について教えてもらいましょう。
ーーーアイスキャンディの土台は巨大な鉄筋の骨組みですが、恐縮ですが…皆さん建築のプロではなかった訳ですよね?
もちろんです。けれども父は手先が器用な人間だったので、土建業者の現場を見てコツを掴むのが上手かったんです。建築の心得のあるスタッフもおり、右腕になってくれましたし。
私自身も工具を触るのは好きだったので、「足場の組立て等作業主任者」と言う国家資格も取得しました。
ーーー私も秋に建設中のアイスキャンディを拝見しましたが、すごい高さの骨組みが土台になっていますよね。
当時たまたま工事で使った足場が残っていて、これに水をかけたら凍るんじゃないかというのが最初のアイディアですね。ヘリでの荷上げの物資を包む「モッコ」を足場に被せたら意外と上手く凍っていき、そこからさらに全体を鉄筋で補強したんです。
とは言え、散水して凍らせるのも10年くらいは試行錯誤を重ねましたね。最初は高さ2mくらいの足場でも、寒さで水が凍って出なくなってしまったり…。以前からあった美濃戸の赤岳山荘にあるアイスキャンディはもちろん、北海道の「層雲峡氷瀑まつり」を見学して参考にしたりもしました。
ーーー単純に水を撒けば良いと言う訳ではないんですね。
もちろん、氷は生き物ですからね。上の写真に写っているのは「氷結職人」の異名を持つスタッフです。彼らが日々苦労を重ねて、少しずつ氷を厚くしていくんですよ。
ーーーまさに磨き上げられたというか、皆様の丁寧な作業を実感できるきれいな氷ですよね。
アイスクライミングのシーズン中も朝・昼・夕の1日3回は氷の状態をチェックして、安全に楽しんでもらえるようにメンテナンスしていますからね。
採算を考えたら続けられない
ーーー本当にものすごい手間をかけて、出来上がるんですね。
はい。それに時間だけじゃなく費用もかかります。骨組みの最上部まで水道管を引き上げて散水しているんですが…そのための揚水ポンプも水道管の凍結防止帯も、かなりの電力が必要なんですよ。
赤岳鉱泉は夏は水力発電メインなんですが、水量が下がる冬は出力が半分くらいに下がってしまいます。もちろん小屋の照明などにも電力は必要なので、結局は重油を使った火力発電で賄う必要が出てしまうんです。
ーーーアイスキャンディを維持するのに、かなりの費用がかかると…。
はい、採算を考えたらとても続けられません!けれども、そもそものきっかけがアイスクライミングを安全に楽しむための施設ですからね。
開設以来無事故!ウラのウラまで安全に
アイスキャンディは、アイスクライミングという危険を伴うスポーツのフィールドですが、これまで大きな事故は発生していません。そのための配慮を伺う中で明かされたのは、建設・解体の時でさえも無事故という驚くべき事実でした。