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アイスキャンディに秘められたエピソードを求めて

今や冬の風物詩として多くの登山者に親しまれていますが、その誕生の経緯や17年間の試行錯誤を知る人は少ないのではないでしょうか。
「どうして出来たの?」「どうやって作っているの?」そんな素朴な疑問から赤岳鉱泉・行者小屋の柳沢太貴さんにインタビューする事に。そこでは、アイスキャンディに秘められた「深くてイイ話」をたっぷりと伺うことができました。

柳沢太貴さん
誕生のきっかけは…天然の氷瀑での事故やトラブル
いまでは、各地に建設されている人工氷瀑ですが、その草分け的存在がアイスキャンディ。なぜこの巨大な人工氷瀑を作ろと思ったのでしょう?まずは、誕生に至った経緯について伺いました。

こちらこそよろしくお願いします。おー、体験されたんですね!楽しんでもらえたみたいで何よりです。
ーーーはい、ぜひまた体験してみようと思います!すごく大きな人工氷瀑だったのですが、なぜ「アイスキャンディ」を作ろうと思ったのですか?
赤岳鉱泉・行者小屋のある南八ヶ岳周辺には、ジョーゴ沢・赤岩の頭大滝・大同心大滝・南沢大滝をはじめ、冬には数多くの氷瀑ができます。アイスキャンディが生まれるずっと前から、それら天然の氷瀑でのアイスクライミングを楽しむ人が多かったんです。
ーーー冬の南八ヶ岳は昔から、アイスクライミングのフィールドとして親しまれていたんですね。
はい。宿泊されるお客様も、冬はアイスクライミング目的の方がとても多かったのですが、これが良いことばかりではなくて…。

そこで誰が先に登攀するかでトラブルになったり、氷が脆い部分を登攀しようとして支点が抜けて滑落事故が起きたり…という事例が絶えなかったんです。
ーーー事故になれば小屋番(以下、スタッフ)の方もレスキューに駆け付けるんですよね。
スタッフは民間救助隊として、その使命もありますからね。けれどそういう事故って、大体が日曜日に起こるんです。もちろん小屋も混雑している訳なんですが、その中でスタッフが小屋の業務を中断して救助に行かないといけなくて。
ーーー必然的に人手不足になって、小屋のサービスにも影響が出ますよね。
ええ、救助に向かうスタッフと小屋に残ったスタッフ双方の負担が増えてしまって…。「何とかならないのか?」とスタッフから父(赤岳鉱泉・行者小屋3代目社長 柳沢太平氏)に直訴の声が上がったそうです。

そんな時、ある山岳ガイドの方から「小屋(赤岳鉱泉)の横に練習場所があると良いのでは」とアドバイスがあったのです。アイスクライミングは通常の登山以上にきちんとした技術と装備が必要。それに当時は今ほど装備も発達しておらず使いこなすのも難しかったですからね。
そのアドバイスがきっかけとなり、「アイスキャンディを作ろう」ということになったんです。
アイスキャンディ建設の苦労と試行錯誤
登山者が見ているアイスキャンディは冬だけ現れる巨大な氷の塊。しかしその内部にはまるで鉄筋コンクリート建築を造るような規模の骨組みが隠されています。普段はなかなか目にすることができない、アイスキャンディ建設の裏側について教えてもらいましょう。

もちろんです。けれども父は手先が器用な人間だったので、土建業者の現場を見てコツを掴むのが上手かったんです。建築の心得のあるスタッフもおり、右腕になってくれましたし。
私自身も工具を触るのは好きだったので、「足場の組立て等作業主任者」と言う国家資格も取得しました。

当時たまたま工事で使った足場が残っていて、これに水をかけたら凍るんじゃないかというのが最初のアイディアですね。ヘリでの荷上げの物資を包む「モッコ」を足場に被せたら意外と上手く凍っていき、そこからさらに全体を鉄筋で補強したんです。

ーーー単純に水を撒けば良いと言う訳ではないんですね。

ーーーまさに磨き上げられたというか、皆様の丁寧な作業を実感できるきれいな氷ですよね。
アイスクライミングのシーズン中も朝・昼・夕の1日3回は氷の状態をチェックして、安全に楽しんでもらえるようにメンテナンスしていますからね。
採算を考えたら続けられない

はい。それに時間だけじゃなく費用もかかります。骨組みの最上部まで水道管を引き上げて散水しているんですが…そのための揚水ポンプも水道管の凍結防止帯も、かなりの電力が必要なんですよ。
赤岳鉱泉は夏は水力発電メインなんですが、水量が下がる冬は出力が半分くらいに下がってしまいます。もちろん小屋の照明などにも電力は必要なので、結局は重油を使った火力発電で賄う必要が出てしまうんです。
ーーーアイスキャンディを維持するのに、かなりの費用がかかると…。
はい、採算を考えたらとても続けられません!けれども、そもそものきっかけがアイスクライミングを安全に楽しむための施設ですからね。
開設以来無事故!ウラのウラまで安全に
アイスキャンディは、アイスクライミングという危険を伴うスポーツのフィールドですが、これまで大きな事故は発生していません。そのための配慮を伺う中で明かされたのは、建設・解体の時でさえも無事故という驚くべき事実でした。ーーーアイスクライミングといえばリスキーなアクティビティですが、アイスキャンディでの大きな事故は、これまで起きていないんですよね。
はい、そこは譲れないところですからね。ここ数年はスタッフが監視員として常にアイスキャンディを見守っています。登攀ルール違反や技術不足でのリスクを、常にサポートできるよう心がけていますよ。

例年10月中旬から組立てを開始して、骨組みは約2週間で完成します。アイスクライミングシーズン終了後は少しずつ氷を溶かしゴールデンウィークくらいから解体作業を始めて、7月上旬に撤収が完了します。
現場では細心の注意で作業していますが、それでも工具や鉄筋が落ちてきたりする事もあるんですよね…。

はい、そうですよ。笑
登山道の橋や階段の補修も常日頃行っているので、工具や建材の扱いには慣れているスタッフばかりです。とはいえ、アイスキャンディの建設・解体は、山小屋スタッフではなく鳶(とび)職の領域ですよね。スタッフには感謝の気持ちでいっぱいです。
ーーー2019年秋の台風直後にも赤岳鉱泉にお邪魔しましたが、いち早く補修された橋や階段のおかげで、安心して登山を楽しむことができました!
山岳ガイドもお手伝い

ーーー壮々たる名ガイドの皆様が勢揃いですね…。
スタッフだけでは5日くらいかかる作業も1〜2日で進むんです。以前は常連のお客様にもお手伝いしてもらっていたんですが、リスク管理の点からも現在はガイドの方だけにお手伝いをお願いしています。
ありがたい事に、これも山岳ガイドの方からの自発的なお申し出で始まった習慣なのです。今ではアイスキャンディ建設に携わることが一流ガイドの証拠…のように名誉な事と感じてくださっています。
ーーーアイスキャンディで安全にアイスクライミングの基礎を身に付けてもらいたい…そんな山岳ガイドの方々との信頼関係の賜物ですね。

はい。率先して一番危険な最上部に上がって、指示を出すようにしています。事故を起こして、アイスキャンディを楽しみに来てくれる人達の期待を裏切りたくはないですから。
元レーサーと言うこともあるんでしょうが、人一倍リスクには敏感なつもりです。お客様だけでなく、裏方であるスタッフの安全まできちんとこだわって行きたいですね。
時代と共に変化してきたアイスキャンディ
2007年から柳沢さんが続けているブログ「鉱泉日誌」の過去の記事を読むと、アイスキャンディの形が今とは異なっています。また、開催されるイベントのプログラムも年々変化し続けています。コンペ(競技)志向から初心者向けの施設に

2015年まで「アイスキャンディカップ」というアイスクライミング競技会を開催していました。また、写真のようにオーバーハングした難易度の高いクライミングボードも設置していた時期もありましたね。
競技志向のクライマーさんからの要望もあって、そんな形態になって行ったのですが…。初心者のための訓練施設が、限られた人だけの競技会場になって行くのはアイスキャンディの存在意義としてもどうかと。それにこれ以上エスカレートしたら、危険だと思ったんですね。
そこで私に代替わりした時期から、原点に立ち返って初心者が学べる施設にするべく構造を変えています。

ーーー装備をいきなり購入するのは高額ですし、経験者が同行できる人も少ないでしょうから、これは嬉しいですよね。
参加費は1,000円で定員は毎回10名なんですが、最初のうちは参加者が数名の回もありましたね。最近は受付開始日(例年12月上〜中旬)には、そのシーズンの定員8割は埋まってしまい、キャンセル待ちの回も多数あります。
ーーー原点だった「初心者がアイスクライミングを学ぶ」場が、きっちりと支持されていますね!

おかげさまで“アイスキャンディフェスティバル”は今年(2020年)で第10回を迎えることができました。協賛して下さる様々な企業様が開催する体験イベントや、山小屋初となるアイスキャンディを使ったプロジェクションマッピングで盛り上がりました。
ーーー第10回アイスキャンディフェスティバルの協賛は、登山用品メーカーから山岳気象予報会社、日本アルプスの山小屋まで全25社…壮々たる顔ぶれですよね。
はい、色々な企業の方に協賛いただき、とても嬉しく思っています。とは言え手づくりのイベントです。
運営するスタッフの皆はもちろん、協賛企業の皆様、山岳ガイドの皆様、常連のお客様…色々な人達に助けられて、こうしたイベントも成長してきました。
他の山小屋にできない形で安全啓蒙していきたい

ーーー新しい活動…ワクワクしますね!
まだ試験的な段階なんですが、アイスキャンディの隣にアイゼン・ピッケルワークを学べる“ミニキャンディ”を作ったんです。アイスクライミングだけでなく雪山登山の基礎的な知識を学べる場も設ける事で、将来的にはより安全登山のすそ野を広げていきたいですね。
アイスキャンディを訪れる人へ伝えたい…正しい技術と知識の大切さ
今では大勢の人々が訪れるアイスキャンディ。そんな人達へ柳沢さんが伝えたい事は…やはり安全登山のために欠かせない心構えでした。
初心者体験会に参加されたお客様には「次はガイドさんと一緒にアイスクライミングを楽しんでください」とお話するようにしています。アイスクライミングでは、支点の構築やロープワークなどミスが許されない危険な要素もあります。
体験会はあくまでも“体験”です。次に実践する時には信頼できる山岳ガイドの方(赤岳鉱泉・行者小屋ホームページのリンク集でも多数のガイドを紹介)の指導を受けながら、技術や知識をしっかり身に付けて、安全にアイスクライミングを楽しんで欲しいですね。
ーーー本日は貴重なお話をたくさん聴かせて頂き、ありがとうございました!
アイスキャンディの裏話から感じた“熱い想い”

アイスキャンディを楽しむ人々も、裏で支える人々も、決して事故を起こさない準備や配慮の数々。ヘルメットのレンタルをはじめとした山岳事故防止のための活動。赤岳鉱泉・行者小屋が年間を通して行っている「安全登山」の啓蒙が、このアイスキャンディにも強く反映されていると思うと、さらに感慨深いですね。
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