あの人を山で元気にしたい!インドア女子が1年で剱岳に登るまで〜ラストスパート!日本アルプスでシュミレーション&剱岳登頂編〜

2020/01/15 更新

あなたの周りに「登山に連れて行きたい」と思っている人はいませんか?私は約1年前、山と無縁だったインドア女子を登山に誘い、つい先日ふたりで剱岳への登頂を果たしました。「キツそう」「危なそう」「そもそも登山の何が楽しいの?」などの、誘われる側のハードル。「安全に連れていけるか」などの誘う側のハードル。私たちの1年の登山遍歴を通して、様々な不安や課題をクリアするヒントを見つけて頂ければ幸いです。今回は、剱岳をシュミレーションしながら行った日本アルプスでのトレーニングと剱岳登頂の過程をご紹介します。


アイキャッチ画像撮影:washio daisuke

登山1年目の集大成は…剱岳!?

撮影:washio daisuke(剱岳)
登山初心者の知り合いを山に誘う時、あなたならどうしますか。

その人が登山に興味を持ち必要な装備や知識を得てもらうために、そしてその人が安全かつ楽しく登山できるために、「誘う側」がしなければならない工夫や知っておくべきノウハウ。この連載は私自身の経験を通して、そのヒントを得ていただくために始まりました。

前回の記事で「山のリスクと安全登山への備えの重要性」を体感した斎藤さん。

難易度や達成感などを考慮して、1年目の集大成として当初私が想定していたのは「槍ヶ岳」。私自身も主要コースをすべて経験しており、何度も登頂している山です。しかし、齋藤さんから思いもよらぬ提案が。彼女の口から出た山名は「剱岳」でした。
齋藤さんの証言
怖い山・危険な山…というイメージしかありませんでしたが、私の成長過程をご存知の、とある登山メディアの方の「1年で剱岳に登ったら凄いですね」というひと言。
このお言葉を聞いた時から、負けず嫌いな私の中では「剱岳で1年目を締めくくりたい」と強く心に決めていました。

様々な苦労や努力を積み重ねてきた彼女の願い…私はこれを叶えるために

【1】長時間歩行と標高差を体験できる甲斐駒ヶ岳でのトレーニング
【2】危険な岩稜を歩く宝剣岳でのトレーニング
【3】ルートの形式や危険度などの条件が似ている西穂高岳でのリハーサル
【4】時間や行程にゆとりを持って剱岳に着実に登頂するためのスケジュール

を実践しました。

【1】南アルプス・甲斐駒ヶ岳で体力トレーニング

撮影:washio daisuke(仙水峠からの甲斐駒ヶ岳)
剱岳のメジャールートは室堂から別山尾根の往復コース。総歩行距離は約16.8km、累積標高差は登り・下りとも約1980mのボリューム。危険箇所の通過スキル以前に、ある程度の体力が必要になります。

「しんどさ」「疲れ」も貴重な経験

撮影:washio daisuke(駒津峰からはヘルメット着用で甲斐駒ヶ岳に挑む斎藤さん)
そこで私が選んだのが南アルプス・甲斐駒ヶ岳。ベースキャンプとなる北沢峠から日帰りで往復可能ですが、総歩行距離は約9.8km、累積標高差は登り・下りとも約1220mを1日で歩き切らないといけません。
撮影:washio daisuke(山頂直下は急傾斜の岩場も連続)
挑戦したのは8月上旬、山小屋も大混雑で寝不足のまま朝食もあまり食べられずにアタックを迎えました。森林限界上では照りつける真夏の太陽と蒸し暑さにも苦しめられ、ペースは遅れ気味…。

そこでまず途中の駒津峰で彼女のザックをデポし、空身で山頂を往復してもらうことに。体力的な負担を少しでも軽減する策を講じました。

しかし、それでも岩の露出したガレ道や下山時に利用したトラバースルートの滑りやすい砂礫の道で、彼女の足はクタクタに。追い討ちをかけるように下山途中では夏山特有の「雷雨」にも遭遇し、雷鳴が轟く中でずぶ濡れになりながらのゴールとなりました。
齋藤さんの証言
疲労困憊の状態で、元々苦手な雷に屋外で遭遇しパニックに…。
精神的恐怖と肉体的疲労が、私にとって大きなダメージとなりました。

睡眠不足と食欲不振の中で甲斐駒ヶ岳にチャレンジした齋藤さんは、登山において「睡眠」と「食事」がいかに重要かを、身をもって体感しました。元々スタミナがない彼女には尚更です。

これまでの登山で最もしんどい経験となりましたが、スケールの大きな山にアタックする際に避けては通れない「疲労との闘い」を体感したことは、大きな収穫です。

【2】中央アルプス・宝剣岳で本格的な岩稜トレーニング

撮影:washio daisuke(乗越浄土からの宝剣岳)
険しい岩稜が連なる剱岳は、一瞬の気の緩みが「滑落したら数百mは落下して生命に関わる」事故を起こす場所です。そこで私がトレーニングに選んだのが中央アルプス・宝剣岳。山頂直下では距離は短いものの切り立った断崖を通過する鎖場もあり、長野県指定のヘルメット着用推奨山域に中央アルプスで唯一指定されています。

それまでも瑞牆山・赤岳・甲斐駒ヶ岳で岩稜を経験した彼女ですが、宝剣岳は高度感・恐怖感ともに段違いのルートでした。
撮影:washio daisuke(ルートの下は断崖絶壁…!)
疲労困憊した甲斐駒ヶ岳から間を空けずにチャレンジするので、ロープウェイが利用でき歩行距離や標高差を減らせる、体力的にはやさしい山であったこともチョイスの理由でした。
ヘルメット・ハーネスを装着し、危険を感じたら鎖場にセルフビレイできる器具も携行して挑んだ宝剣岳で、彼女は「生命に関わる恐怖感」を初体験。
齋藤さんの証言
初めてこうした岩稜を経験したせいもあるかも知れませんが、後に登った西穂高岳や剱岳よりも「怖かった」場所として今でも記憶に鮮明。
恐怖を感じる“比較の基準”ができたことは、後の登山でも役立っています。

撮影:washio daisuke(山頂直下の鎖場を行く齋藤さん)
こうした岩稜では、恐怖感から正しい身のこなしが出来ず危険箇所の只中で動けなくなってしまう人もいます。しかし、彼女の足取りは慎重ながらも着実なものでした。以前、残雪期に苦戦した千畳敷カールから乗越浄土への急登もペースよく進み、体力面でも成長を実感したものです。

【3】危険な岩稜の登降が続く西穂高岳でのリハーサル



撮影:washio daisuke(険しい岩稜が続く西穂高岳)

剱岳を擬似体験するには?

よく「剱岳にチャレンジするのであれば槍・穂高連峰を経験すべし」と言われますが…。十把一絡げに槍・穂高連峰と言っても、それぞれの山の特性は違います。

槍ヶ岳・奥穂高岳・前穂高岳などの選択肢もありましたが、私は以下を考慮した上で西穂高岳をリハーサルのフィールドとして選びました。

・ベースキャンプとなる西穂山荘から複数の険しい岩峰を登降しての往復登山ルート
・西穂山荘からの歩行距離は約4km、累積標高差は登り・下りとも約675m

いずれも、剱岳・別山尾根に近い条件です。

撮影:washio daisuke(ピラミドピークから西穂高岳を望む)

西穂高岳で垣間見た彼女の成長

西穂高岳は独標(11峰)からピラミッドピーク(8峰)を経由して山頂(主峰・1峰)まで大小の岩峰の登降が連続するルート。稜線の両側は数百mの断崖で滑落死亡事故も多数発生しています。

基本的に登りは彼女に先頭を歩いてもらい私は後方から見守っていたのですが、宝剣岳でも見せた「危険箇所での行動に物怖じしない」面を見せてくれました。

次々と現れる岩峰を着実にクリア。特に山頂直下にある急傾斜の一枚岩で的確なホールド・スタンスを見極めて三点確保を実践する姿には舌を巻いたものです。
撮影:washio daisuke(山頂直下の一枚岩を力強く登る齋藤さん)
さらに、下山中で足の疲労が蓄積する中で「あと少しで西穂山荘…美味しいご飯が食べられるからがんばろうね!」と彼女から励ましの声が!登山の度にしんどくて泣いていたことを考えると、大きな成長を感じた出来事でした。
齋藤さんの証言
甲斐駒ヶ岳からの下山中に鷲尾さんから「自分だってすごく疲れている」と言われてから、しんどいのは自分だけでないと気付きました。
初めてライチョウやオコジョにも出会い、ご来光や北アルプスの大展望に感動したこの日。登山を良い思い出で締めくくりたいと思って声をかけました。

撮影:washio daisuke(山頂からは槍・穂高連峰の絶景も堪能)
こうして、初の北アルプス・初の穂高連峰でのリハーサルを滞りなく終え、私たちはいよいよ剱岳へのチャレンジに挑んだのです。

【4】剱岳を安全・確実に登頂するための“ゆとりあるスケジュール”

撮影:washio daisuke(剱岳を眺めながら…)

キーワードは“ゆとりあるスケジュール”

剱岳登頂をより確実なものにするために実践したのは、徹底してゆとりのあるスケジュール
登山口の室堂からベースキャンプとなる剱沢までは約3時間半のコースタイム、雷鳥沢から別山乗越まで標高差約500mの雷鳥坂を越えていく必要があります。
そこで私は…

・前日のうちに富山市内にスタンバイし、朝一番に室堂入り
・初日は剱沢に午後早めに到着し、ゆっくり休養
・2日目に剱岳をアタックし、下山後は剱沢に連泊

という計画を立てました。

撮影:washio daisuke(標高差の大きな雷鳥坂もコースタイム通りで登り切った齋藤さん)
当日、朝に東京を出発すると室堂への到着は昼過ぎとなり、剱沢へは夕方の小屋入りとなってしまいます。遠距離移動と乗換えの多いアルペンルートで疲労が残った状態でのアタックは好ましくありません。

また、せっかくここまで来たのであれば2日目は剱岳から下山後に剱御前小舎か室堂まで戻り、最終日に立山に登りたくなるのが人情です。けれども私たちの目的はあくまでも「剱岳」。
日本海に近く天候が変わりやすい山ですが、連泊することでアタックの予備日もできます。

1年の積み重ねが実り無事に剱岳に登頂!

撮影:washio daisuke(ついに剱岳山頂に…!)
いよいよ迎えた剱岳アタック当日。日の出と同時に登山開始し、登りは前回の西穂高岳と同様に齋藤さんに先頭を歩いてもらいました。浮石の多いガレ場を着実に進み、カニのタテバイなどの難所での行動も頼もしい彼女。

奥多摩・御岳山での初登山から1年弱で、私たちは剱岳の山頂に立ったのです。
撮影:washio daisuke(緊張感を保ち続けて危険箇所を慎重に通過)
危険箇所での緊張感の連続、ガレ場の浮石での疲労を乗り越え無事に下山。この登山を通じて、彼女の心の中にも変化が現れました。
齋藤さんの証言
ルート全体に張りめぐらされた丈夫な鎖、長期間維持しないといけない緊張感、すべてが今まで経験してきた山とは別格。

うつ病にかかって以来「死にたい」と思うことも多かった私。けれども目の前の難所にひたすら集中して行動する中で込み上げて来る“生命を燃やしている”感覚は、「死にたくない」という感情を蘇らせてくれました。

運ではなく実力で登った剱岳

撮影:washio daisuke(このショットには、批判的なコメントも…)
剱岳登頂後、私たちのSNSには祝福のメッセージと同時に「1年で剱岳なんて早すぎる」「死亡事故も発生しているのに登頂を喜ぶのは不謹慎」という言葉も寄せられたものです。

けれども私たちが剱岳に立てたのは、1年間の試行錯誤や様々な苦労を経て積み重ねた“経験と実力の証”以外の何物でもありません。「運」や「ノリ」に頼らず、「登るべくして登った」という事実は、登山にとって何よりも重要なことではないでしょうか。

「誘う側」も学んだ1年

撮影:washio daisuke(私も多くを学びました)
6回に渡って連載させていただいた彼女の成長過程、いかがでしたか?
この1年間は私にとっても…

・飽きずに登山を続けてもらう工夫
・雪山や岩稜での歩行やギアを使う技術を「教える」スキル
・他のガイドさんなど“山のプロ”から教えてもらった自分では伝えられない「学び」
・安全管理だけでなく、彼女の「気持ち」にも配慮した心遣いの必要性

など、自分だけで登山を楽しんでいたら到底得られなかった貴重な体験の連続。

下山後の剱沢では彼女から嬉しいサプライズも。1年間の感謝を伝えてもらい、私も感無量でした。

撮影:washio daisuke(くす玉から「おめでとう」の文字が!こんなものまでザックに入れていたのですね…)
撮影:washio daisuke(1年の感謝を綴った手書きのお手紙も…!)
登山を通じて少しずつ回復の兆しが見え始めた彼女ですが、うつ病との向き合いは今も続いています。
齋藤さんの証言
まだまだ「色眼鏡」で見られることも多いうつ病。

実際には精神疾患に苦しむ人が多いのにもかかわらず、そうした視線が消えない根底には「知らない」「知る機会がない」という壁があるのではないでしょうか。

撮影:washio daisuke(まだまだ道は続いて行きます…)
けれども「勝ち負けや名誉を競うものではない」のが登山の本質。同じように“山と向き合い無心になる時間”を大切にしながら、焦らず、私たちなりのゆっくりした歩幅で、登山2年目も楽しんで行こうと思います。
ご愛読いただいた皆様、本当にありがとうございました。
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ブログ|山あるきへの招待状 Allein Adler|Twitter

ライタープロフィール:鷲尾 太輔

撮影:washio daisuke
(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイド
高尾山の麓・東京都西部出身ながら、花粉症で春の高尾山は苦手。得意分野は読図とコンパスワーク。ツアー登山の企画・引率経験もあり、登山初心者の方に山の楽しさを伝える「山と人を結ぶ架け橋」を目指しています。

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washio daisuke
washio daisuke

*登山の総合プロダクション・Allein Adler代表* 登山ガイド・登山教室講師・山岳ライターなど山の「何でも屋」です。 得意分野は読図(等高線フェチ)、チカラを入れているのは安全啓蒙(事故防止・ファーストエイド)。 山と人をつなぐ架け橋をめざしています。

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