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2020年、日本の山から雪景色が消えていく?

ただ、熱心なスキーヤーやスノーボーダーなら、まだこの時期は慌てません。まあ、1月に入ればまとまった雪が降り、少なくとも1月中旬までにはグッドコンディションに恵まれるだろうと考えていたからです。それが通例でした。いつもの暖冬ならば……。
ところが、期待していた年末年始に大雪は降らず、1月に入っても事態が好転する兆しはありません。1月上旬の時点で全国のスキー場では例年に比べて1、2mは積雪量が少なく、さらには「1月中旬以降まで暖かい日が続く」という長期予報が発表される始末。「これはただ事ではない」と多くの滑り手たちが危機感を抱いたのはこのあたりからです。
パウダースノー人気で海外からも多く来客する白馬エリアの各スキー場も悲痛な状況でした。ゲレンデ上部ではかろうじて滑れたものの、麓のゲレンデに雪がないため、どのスキー場もゴンドラやリフトを利用しての下山を強いられていました。人が集中する週末などは、下りのゴンドラ乗車に1時間待ちは当たり前。それでも、1月になってもオープンできない標高の低いスキー場からすればまだマシだったのかもしれません。

データが示す、2019-2020シーズンの異常気候
問題は平年より高い気温でした。雪は降ることには降りました。ひと晩で30cm以上というまとまった降雪の日もありました。しかし、寒気が長続きしないことから翌週には雨が降り、せっかく積もった雪が溶けて流されるという悪循環が全国のスキー場で繰り返されていたのです。気温さえ例年並みなら、雪になっていたはずの雨に、です。

これが今年だけの異常気象と捉えたスノースポーツ関係者は、おそらく、ほとんどいないでしょう。毎年、雪の降り始めから雪解けまでを雪山で過ごしていれば、年々暖冬傾向にあることは肌身で感じられます。地球温暖化による気候変動の問題は実に切実です。山に雪が降らなければ、スキーもスノーボードも消滅するしかないわけですから。

冬に雪がないということは……登山シーズンにも影響大

まず頭に浮かぶのは、雪渓の大幅な減少です。山肌や谷間に残る雪渓のサイズは、ハイシーズンの降雪量に大きく左右されます。厳冬期にまとまって降った雪が根雪となるわけです。
雪渓が小さくなれば、それだけ夏山の水場が減ることになります。穂高岳の涸沢のように、山小屋やテント指定地の水場には、雪渓の雪解け水を水源としているところも少なくありません。また、登山道の水場も水量が減ったり、早い時期に枯れてしまうところも出てくるでしょう。

人間だけでなく、動物などの生態系にも影響が

北アルプスの麓、白馬村が動き出した!
こうした気候変動の問題に対して、全国の山岳エリアのなかでもいち早く動き始めたのが、長野県北部の白馬村です。北アルプス後立山連峰の麓に位置し、標高3,000m近い山々が屏風のように連なる山岳景観で知られるこの村は、夏は登山基地として、冬はスキーエリアとしての歴史も古く、1998年には長野冬季オリンピックの開催地にもなりました。
最近では、ダイナミックな地形と豊富なパウダースノーが世界中に知られるところになり、毎年、海外から多くのスキーヤー、スノーボーダーを集めています。また、隣り合う大町市、小谷村を含めた3市村に位置する大小10スキー場が「HAKUBA VALLEY」の名の下で提携することで、国際的な山岳リゾートとしての足場を築きつつあります。
未来を担う白馬高校の生徒たちが先導役に

これはスウェーデンの高校生グレタ・トゥーンベリさんの活動に共感する人たちによる「グローバル気候マーチ」に呼応するもの。国連気候変動サミットに向けての気候変動対策を求めたメッセージとして世界181カ国で760万人が参加し、日本でも全国27カ所で5000人以上が参加したといわれています。
当日の白馬ではマーチを企画した高校生を先頭に、子どもから大人までの約120名が村内を行進。途中、白馬村役場では、出迎えた職員や議員、村長らを前にメッセージを伝え、白馬村として気候非常事態宣言を行うことを求めた署名を白馬村村長に手渡しました。

「白馬村気候非常事態宣言」からの抜粋
1 「気候非常事態宣言」により、村民ともに白馬村から積極的に気候変動の危機に向き合い、他自治体の取り組む模範となります。
2 2050年における再生可能エネルギー自給率100%を目指します。
3 森林の適正な管理による温室効果ガスの排出抑制に取り組むこと等により、良質な自然循環を守ります。
4 四季を肌で感じることができるライフサイクルや、四季を通じたアクティビティの価値観を、村民一人ひとりが大切にします。
5 世界水準のスノーリゾートを目指すために、白馬の良質な「パウダースノー」を守ります。
白馬村の気候非常事態宣言は、国内の自治体としては3番目にあたるもので、長崎県壱岐市が日本で初めて気候非常事態宣言を採択してから、わずか2カ月半ほどのこと。同じ月には長野県も続き、現在では2県、7市町村に広がっています。なぜ、白馬村は国内の山岳エリアでもいち早くアクションを起こしたのでしょうか。
世界13万人がサポートする「POW」が日本にも誕生

POWは、2007年にアメリカで発足し、「スノーコミュニティの情熱を、気候変動問題を解決するムーブメントに変える」というミッションを掲げて活動を行う非営利の環境団体です。設立したのはプロスノーボーダーのジェレミー・ジョーンズで、彼がいつも楽しんでいたいくつかのスノーリゾートが、雪不足のためにオープンできないという現実に直面したことがきっかけだったといいます。
現在では著名ライダーを含めた150名を超えるプロアスリートが活動に参加し、支部は世界13カ国(日本は13番目)に広がり、13万人を超えるサポーターに支えられています。また、発足国のアメリカではすでにPOW CLIMB、POW TRAILも立ち上がり、クライマーやトレイルランナーを含めたアウトドアスポーツ全体のムーブメントとして広がりをみせています。
POW JAPANの活動に、白馬のスノーリゾートが呼応した

持続可能な自然への取り組みは、ビジネスの継続にもつながる
これをきっかけに、HAKUBA VALLEYのスノーリゾートも動き始めます。まずはエイブル白馬五竜スキー場がPOW JAPANのパートナー企業に名乗りを上げ、そして昨年11月には、白馬で3つの大型スノーリゾートを経営する白馬観光開発が同じくPOW JAPANとパートナーシップを締結し、「持続可能な開発目標(SDGs)貢献に向けた取り組み」を発表しました。これは日本のスキー場が気候変動対策に取り組むと表明した最初のケースであり、それが日本を代表するスノーリゾートだったことに大きな意味がありました。
白馬観光開発はHAKUBA VALLEYで白馬八方尾根スキー場、白馬岩岳スノーフィールド、栂池高原スキー場といずれも国内有数の規模を持つスノーリゾートの事業者です。また、白馬の山々を一望する絶景テラス「HAKUBA MOUNTAIN HARBOR」に代表されるようにグリーンシーズンの営業にも積極的に力を入れており、その仕掛け人こそ、和田さんです。
和田:「きっかけとなったのは、やはり、POW JAPANさんが主催した昨年5月のシンポジウムです。そこで登壇したベイルリゾートでサスティナビリティ部門を率いてきた責任者と直接話をさせていただいたことが大きかった。全米のスキーリゾートでは以前から環境への取り組みがスタートしており、それがリゾートのブランドアップにまでつながっていると。考えてみると、日本のスキー場でそうした話は聞いたことがなかったんですね」

実際、電力ひとつとっても毎年莫大な量を使っているし、しかも年々増えているんですよね。そういうことに気づかされたというか、あらためて思ったのが、そのタイミングでした。そこでシンポジウムから戻って何人かのメンバーと話し合い、この取り組みがスタートしたというわけです」
イデオロギーだけでなくビジネスとして成り立たせるには?
白馬観光開発では、毎年の売り上げの1%相当をSDGs関連の費用に充て、今後5年間で排出するCO2を6%削減という目標を定めています。そのためにさまざまな取り組みを開始していますが、わかりやすいのは、スキー場で使用する電力を再生可能エネルギーかグリーン電力証書付きのもの、つまりCO2フリー電力への転換を進めるというものです。実際、この冬は白馬岩岳スノーフィールドで試験的に3日間限定で転換し、すでに白馬八方尾根スキー場のアルペンクワッドリフトは通年(夏の登山用リフトとしても)でCO2フリー電力に切り替えられています。

やはり気候変動だけをテーマにした投資は、企業としては難しいところがあるんです。地域社会やお客様への責任を果たすためにも、イデオロギーだけでなくビジネスとして成り立つことが重要で、それがうまくいけば、ほかのスキー場も取り組みを始めるかもしれない。そうした相乗効果が期待できると思うのです。ビジネスは世の中を悪くもしますが、良くすることもできるわけですから」
私たち登山者やアウトドア好きができることとは?

けれども、気候変動の問題もまた、私たちに迫り来る大きな危機であることにかわりはないと考えます。それに対して私たち山好き、アウトドア好きになにができるのか。そのヒントとなるべく、今年の記録的な暖冬の状況と、今、白馬でスタートしているいくつかの取り組みを紹介してきました。山や自然のなかで遊ぶことが好きな人なら、スキーやスノーボードをするしないに関わらず、けっして見過すことのできない問題だということがご理解いただけたのではないでしょうか。
小さなことから考え、行動をはじめよう
日本ではいまだ環境保護活動へのアレルギーにも似た感情があることを理解しています。気候変動問題の解決には経済活動の根本的な転換が必要で、政財界という巨大なシステムに対して私たちに何ができるのだろうか。そんな無力感も根底にあることでしょう。それでも私たちは、山好きアウトドア好きとしてこの問題と向き合い、ときには声を上げることが必要と考えます。
自分ができる小さなことからスタートしてはいかがでしょうか? まずは少しだけ時間を割いて、気になることを調べてみましょう。なぜペットボトルを買わないほうがいいのか。ストローはなにがどう問題なのか。1台のクルマをシェアして複数人で山に向かうことの意味。家庭でも再生可能エネルギーが選べるのかどうか。などなど……。

実は、私たちアウトドアスポーツのコミュニティは小さなものではなく、そこにも希望が見いだせます。
現在、世界での参加人口は6000万人を超え、760万人以上の生活を支え、90兆円近い経済を動かすマーケットを抱えています。社会もこれほどの経済インパクトを持つコミュニティを無視することはできません
最後に、POW JAPAN代表でプロスノーボーダーの小松吾郎さんの言葉を紹介しましょう。「冬」「雪「スノーボーダーやスキーヤー」というキーワードは、「四季折々の豊かな自然」「山好きやアウトドア好き」に置き換えて読むこともできます。

POW JAPAN