出典表記のない写真はすべて吉本悠哉撮影
世界屈指の『氷瀑群』に圧倒される旅

長野県・須坂市にある米子(よなこ)氷瀑群。
その名のとおり、冬期には数多くの氷瀑(凍った滝)が現れる場所です。秋の紅葉の時期には多くの観光客が訪れる名所ですが、冬は雪深くアクセスが非常に困難なため、訪れる人はほとんどいません。
冬の間、ひっそりと佇む圧倒的な美しさと迫力を併せ持つ氷瀑たち。ここまで多くの氷瀑が凝縮されたエリアは世界的にも希有です。

その魅力を多くの人に見てもらうため、山岳ガイドの成田賢二さんは「誰にでも簡単に参加できる氷瀑ツアー」を開始しました。
これだけでも満足!雪上車に乗れる

ツアーは雪上車からはじまります。いわゆるピステンと呼ばれるもので、スキー場の整地などにつかわれる特殊車両。これに乗り込んで雪の林道を突き進んでいきます。
ときおり、木々の間から遠くに氷瀑が望めるポイントも。乗り物好きならこれだけでも大満足なコンテンツで、実際に、雪上車体験だけを目当てにくる人も居るそうです。
深い雪をギュッと踏みしめるスノーシュートレッキング

雪上車に揺られること50分。ここからはスノーシューを履いての山歩きになりますが、難易度、体力レベル的にもハードルが高いものではありません。
ホームページには「登山道が雪で覆われた高尾山往復と同等」、「冬の北八ヶ岳ロープウェイ山頂駅から北横岳往復と同等」などという記載もあり、初心者でも問題なく歩けるレベルです。
突如現れる巨大な氷の塊

雪道を30分ほど進むと、突如として巨大な氷の塊が現れます。
落差95mという不動滝が凍りついた姿です。
色、形、そして存在感、これまで見たものの何にも似ていません。自然が生んだ造形美という言葉が陳腐に思えるほど、荘厳な雰囲気が漂っています。
近くで再認識するその圧倒的な迫力

さらに進んで根子岳山荘を過ぎると、先ほどの不動滝の真横にでます。とにかく、氷瀑との距離が近い。
そこから歩いてすぐの場所には落差82mの権現滝もあり、ほぼ滝の直下まで歩いて行くことができます。
世界中の氷瀑を登ってきたというガイドの成田さんいわく、ここまで容易に氷瀑に近づける場所は世界的にも珍しいそうです。

ツアー中の歩行時間はゆっくりまわって約3時間。それだけで、この景色に出会えるポテンシャルに驚かされました。
”奇跡”とも言える氷瀑を繋いでいく理由と価値

そもそもこんなに立派な氷瀑が生まれるのはなぜなのでしょう?氷瀑の成り立ちやこのエリアならではの話を成田さんに伺いました。
厳しい自然条件が重なりつくりだされた圧巻の景色

これだけの数の氷瀑はどのようにしてできるのでしょうか。
まずは地形です。
放射冷却の影響を受けるため、晴天率が比較的高いということも氷瀑形成には必須。
また、冬型の気圧配置の影響をもろに受けることも大きい北向きの斜面に滝があることが特徴です。
晴れていても、北向きなので陽は当たりません。そうなると放射冷却によって冷え込み氷瀑ができやすくなります。
水量が多すぎると水圧が強すぎて凍らないので、ちょうど良い少なさというのも大切なんです。
米子エリアは、氷瀑ができやすい奇跡のような条件が揃った土地なのです。
このエリアにある氷瀑の数は約15。これだけ多くの氷瀑が集まっているというのも世界的にみても珍しいと、成田さんは言います。
気候変動による氷瀑の変化

ツアー後半、「ここをキャンプ指定地にしたくて、いろいろ動いてます」という台地に到着しました。
江戸時代から昭和初期まで硫黄鉱山の基地があった場所です。最盛期には1500人が暮らしていて、鉱山施設だけでなく、労働者の宿舎やテニスコートや学校もあったそう。
山深い山中とは思えない広がり。そして目の前の崖には氷り付いている滝が7筋ほど見えます。ちょっと日本離れした光景です。
この光景は、今後も当たり前に続いていくものなのでしょうか。

答えは、NO。成田さんはこのように話してくれました。
昨今の気候変動で、氷結している期間が短くなっているのは事実。
気候変動の影響として、よく雪が取り上げられますが、雪の場合は一時的に増えることもあり、量が変わるというよりは、降るエリアが変化するという印象です。
ただ、氷に関して言えば、確実に減っています。
このまま気候変動が進めば、この素晴らしい景色がなくなってしまうという可能性もあります。
氷瀑を訪れた日の前日には、気温の上昇によりかなりの氷が崩れたようです。この時期(2月中旬)では考えられないことだと成田さんは話してくれました。
根子岳山荘には昔の滝の写真が残されているんですが、上から下まで完全に凍っていますし、体積も大きい。いまでは考えられない姿なんです。
気候変動を肌で感じられる場所という意味でもここはとても貴重だと思います。
いたずらに人を呼ぶのではなく、静かに自然と対峙できる場所へ

自然の美しさだけでなく、ここはかつて修験の場として栄えた歴史も持ちます。
不動滝と権現滝をご神体とした修験の地として、数多くの修験者たちが修行した場所。根子岳山荘の正面には不動明王を祀った奥宮もありますし、江戸時代の石碑なども数多く残っています。戸隠神社と比肩した時代もあったそうです。
自然そのものを崇拝する修験と、山登りというものは親和性が高いと思っています。山に入って、学び、感謝する。ここは、そういうことを敏感に感じ取ってもらえる場所だと思うので、もっと多くの人に訪れてみて欲しいんです。
僕自身、自然に関わっていく中で“なにかによって生かされている”という感覚が強くなりました。これはある種、修験的な感覚だと捉えています。
自然と対峙することで気づく、自分の儚さ

成田さんとしてのビジョンは「いたずらに大勢の人を呼ぶのではなく、静けさを保ちつつ、自然と対峙できる場所」にしていくというもの。
そのために、とくに宿泊体験には重きを置いていきたいそうです。昼間は観光客で賑わう場所になったとしても、泊まれる人数には必然的に限りがあります。昼の観光客が立ち去ったこの場所で、静かに自然と対話する。氷瀑という自然の驚異が大きいぶん、自分という存在の小ささ、儚さにも気づけるはずです。
派手さと深みが両立した希有な場所

実際に見てみることがとても大切だとあらためて感じさせられた取材でした。
素晴らしさを見て、それを生む奇跡的な条件を知ることで、この土地、ひいては地球の気候変動についての危機感を新たにする。
修験や硫黄鉱山などの文化的側面を知ることで、旅にも厚みがでます。
もちろん、ツアーとして極上なのは言うまでもありませんが、この米子大瀑布は学びの場としても素晴らしいものでした。
個人的には、今シーズンオープンを目指しているという前述のキャンプ指定地に泊まり、時間とともに変化していく氷瀑のさまざまな表情を見てみたい!とても贅沢な時間になるはずです。
実際に行って、自分が眼にする氷瀑と、写真で見る氷瀑。そこには明かな違いがある、ということも最後に付け加えさせてください。
四季を通じて感じたい米子の滝

今回は冬の氷瀑ツアーの様子をお届けしましたが、人気の紅葉の時季などもおすすめです。季節を変えて訪れることで、同じ場所の違った姿を感じてみてはいかがでしょう?
撮影協力:ロイ and エイミー
