「山岳ホラー」って知ってる?
山岳ホラー。それは、読んで字のごとく、山にまつわる怖い話。酷暑の夏、読者に少しでも涼しい気分を味わっていただきたく、山の怪談の第一人者として、小説を書く「作家」や怪談その山岳ホラーをお話しする「怪談師」として活躍する安曇潤平さんにお会いしてきました!
山登りと酒と煙草を愛する安曇さんは1958年東京生まれ。学生時代、SF作家の筒井康隆(「時をかける少女」などが代表作の巨匠)に出会い、その作品を完全読破。大いに影響を受けたそうです。そして、自身のウェブページで知人・友人から聞いた話を発表しているうちに、出版社の目にとまり、作家としてデビュー。
今では、作家活動と同時に、テレビやイベントなどで山岳ホラーをお話する怪談師としても活躍しています。この7月には最新刊「山の霊異記 霧中の幻影」が角川文庫から発売になったところ。
ごく普通の常識人という感じの男性ですが、このあと次々に恐ろしい話を教えていただきます。
――今日は安曇さんが体験した怖い話ベスト3を教えてもらいにきたんです。よろしくお願いします。
じつは自分の体験というのはあまりないんです。好きな山に行っているうちに「山ヤ」から奇妙な話、不思議な話、怖い話を聞くことが多くて、それを小説という形にするようになったんです。
――では、そんな数々の山岳ホラーを発表してきた安曇さんの3大怖い話を第3位から順番に教えてもらいますか。
順位はなかなか決められないんで、私の小説の中から怖い話を3つ、順不同でお教えしますね、まずは最初に出した作品集「山の霊異記 赤いヤッケの男」のタイトルにもなった「赤いヤッケの男」です。
安曇潤平選 山岳ホラーベスト3
「赤いヤッケの男」
厳冬期のある山で、風速30メートル近い風雪の中、やっとの思いで避難小屋にたどり着いたひとりの山男・谷山の話です。
誰もいない避難小屋で暖を取り、簡単な食事でひと息ついたとき、小屋の外で吹雪の音に混じって雪を踏む「キュッキュッ」という山靴の音が聞こえてきます。
足音は段々大きくなり、避難小屋の前で足音が止まり、突然ドーンとドアに倒れこむような音がしました。
ドアを開けるとそこには、赤いヤッケを着た男性登山者が倒れていたのです。
全身雪まみれの男を小屋の中に引きずり込んだのですが、男はピクリとも動かない。
大声にも反応せず、脈をとったらすでにこと切れていました。小屋にたどり着いたところで力尽きたのでしょう。
遭難者に手を合わせてまんじりともしない一夜を過ごした谷山は、翌朝風雪が止んだので、麓に連絡するために、山を下りはじめます。
しかし再び雪が舞いはじめ、風も強くなり、疲れ切ってビバーク(緊急避難的に野外で一夜を過ごすこと)することにしました。
その瞬間、谷山は右肩に異様な重みを感じたのです。
おそるおそる右肩を見ると、そこには避難小屋に倒れているはずの赤いヤッケの男がもたれかかっていたのです。
――続きはこちら
――亡くなっているはずの男が付いて来たということですよね。疲れ切ってビバークする寸前に……大変だ。なんか寒くなってきました。冬山には怖い話が多いのですか。
そうですね。やはり遭難する危険も多く、ときには死に至ってしまいますから、極限状態での体験談は多いです。2つ目は「ソンデ」という話。こちらも雪山の話です。なお、「ソンデ」というのは、直径十ミリ、長さ約三メートルの棒で、先端を雪に突き刺しながら、伝わる感触から雪崩で埋没した遭難者を捜索するための器具です。ゾンデ棒とも言います。
「ソンデ」
ある山深い宿のおやじさんは、いざ雪崩などが発生した際に民間の山岳救助隊として活動していました。
ある年の5月、大規模な雪崩が発生したという知らせを受け、現地に急行したおやじさんは、ゾンデを使って捜索をはじめました。
雪崩に巻き込まれた4人のうちの最後のひとりがなかなか発見できない中、おやじさんはほかの3人が発見された場所から離れた場所が気になり、そこを捜索したところ最後のひとりを発見したのです。
かわいそうにすでに冷たくなっていた上、なかなか見つからなかった焦りからつい腕に力が入って、仏さんの右目の上あたりをゾンデで傷つけてしまったのです。
しばらく経ったその年の夏、山の案内の仕事が入り、お客さんと大酒を飲んで一人用のテントでおやじさんは熟睡していました。
ふと夜中に目を覚ますと、なんと金縛りで体が動きません。
そして、足音がテントに近づいてきます。テントの前足音は止まり、聞こえてきたのは荒い息遣い。
一瞬、息遣いが止まったその瞬間、ポンっという音とともにテントの天井を突き破って槍のようなものが突き出て、おやじさんの腹の上でピタリと止まりました。
棒は引き抜かれ再び、天井の別の場所を突き破って今度はおやじさんの喉元寸前で止まったのです。次は顔かと覚悟をしました……。
・・・続きは本編で・・・
――痛い痛い。痛くて怖い話ですね。顔に傷を付けられた方の恨みでしょうか。おやじさんまさに危機一髪です。このお話も第一作品集「山の霊異記赤いヤッケの男」に収録されていますね。
最後3つ目も同じ作品集に入っている「アタックザック」です。これは夏山の話です。
――第1作品集は怖い話だらけなんですね。そういえば、第2作品集以降も読ませていただきましたが、怖い話だけではなく、不思議な話、味わい深い話など、本当に山好きの読者を楽しませるお話が多いと思います。
興味深い話を聞いて、それを作品にしたり、お話するということをやっていますから。ちなみに「アタックザック」というのは、メインのザックとは別に持って行くサブバッグのことで、テントや山小屋にメインザックを置いたまま、必要なものだけをアタックザックに詰めて山頂を目指したりします。
「アタックザック」
北アルプス屈指の難ルートに挑戦したときの話です。
一般登山者がほとんど歩かない道なき道を辿り、一人用テントを張れるほどの小さな平地を見つけたとき、時刻は午後3時でした。
このまま進んでも適した場所が見つかる保証もなく、そこにテントを張ることにしました。テントを設営しながら何気なく周囲を見回したところ、平地の隅に小さな青いアタックザックを発見しました。
このような場所に大型ザックが置きっぱなしになっていることはよくあります。
この場所に戻ってくることを想定して大型のザックを置いて、アタックザックだけで目的地に向かったものの戻ってこれなかったという場合。
しかし、置いてあるのはアタックザック。しかも荷物が入っているらしく大きく膨らんでいる。
気味が悪いのでそこからできるだけ遠くにテントを張り、地図とコンパスで明日の予定を確認していると、ふと青いザックの方向から視線を感じました。しかし誰もいません。
背筋に冷たいものを感じだ私は慌ててテントに潜り込み眠りました。
目が覚めたのは午前2時。一口水を飲んで、もう一度眠ろうとしたそのとき、いきなり耳元で「見つけたよ」という声が聞こえたのです。
・・・続きは本編で・・・
――これ、アタックザックの中の何かですよね。うわ~。いや、いや、怖いお話3つ、ご紹介ありがとうございました。ところで、このような安曇さんの怖いお話、小説やyoutube動画などの楽しみ方のおすすめなんてありますか?
そうですね。私の文庫本の解説文で「山に行ってひとりでテントの中で楽しむのがいちばんいい」なんて書いてくださった方もいますが。
――うわぁ……、それは相当怖そうですね。
まあ、そこまでしなくても、山小屋の明るい部屋でお酒やコーヒーを飲みながら楽しんでいただければうれしいですね。
――なるほど、やはり楽しむなら現地で、ということですね。今日はお忙しい中ありがとうございました。
最後に、安曇さんの著作と、出演動画をご紹介します。なお、ホラーを存分に楽しみたい方は、第一作品集「山の霊異記 赤いヤッケの男」が怖い話満載なのでおすすめです。ときにはホッとしたり、しみじみとしたい方は第二作品集以降をどうぞ。最新刊「山の霊異記 霧中の幻影」絶賛発売中です。