シンプルなデザインとアーミーグリーンに一目惚れ
『アウトドアイクイップメント』という、90年代にコアなアストドアフリークから人気を得ていた雑誌の編集部で働いていた際、道具好きのカメラマンさんのスタジオで見たのが、タイメックスの『キャンパー』です。
スタジオのエントランの壁のメッシュパネルに、S字フックで何本ものアウトドア用腕時計が掛けられていて、Gショックやダイバーズウォッチ等が並ぶ中、アーミーグリーンの渋いカラー、そしてデザインのシンプルさに一目惚れしました。
ブラウンカラーのプラスチックのケースはチープですが、むしろチープだからこそアウトドアで気にせず使えそうだと思いました。
ベトナム戦争を機にに開発された腕時計
このキャンパーの元となる腕時計は、1965年に始まったベトナム戦争期に開発されたもの。見やすく、精度が充分で、数多くの兵士に提供して仮に故障しても、すぐに新しい時計に交換できる腕時計として使用されたといいます。
戦後、放出品等から「アメリカ軍が認めたミリタリーウォッチ」として人気を得て、1980年代になって市販品として『キャンパー』の名で販売されました。
私が所有するキャンパーは第2世代
私がキャンパーを購入したのは、2000年頃。キャンパー発売当初のファーストモデルは手巻き式の36mm径。1990年のモデルチェンジ後の第2世代は、ファーストモデルのデザインを踏襲しつつも、電池駆動、34mm径でケース形状も異なるものです。製造もフィリピンに変わりました。
モノへのこだわりの強い人は、手巻きのファーストモデルを探して手に入れるのでしょう。でも道具好きですが、こだわりの強くない私は、第2世代モデルで十分でした。当時は、アウトドア用の高機能腕時計が増えてきた時代。アウトドアウォッチとしても、そしてファッションウォッチとしても、旬を過ぎた第2世代キャンパーは、セールで5,000円程で売られていました。
そうして私は誰にも相手にされなくなっていたキャンパーを、「忘れないよ」と手に巻いて、日常からアウトドアまで、キャンパーに時刻を教えてもらったのです。
しかし時代は流れ、腕時計をしなくなりました……
それから20年余。仕事柄もあって、いくつものアウトドア用の腕時計も使いました。高機能腕時計の性能に驚き、時刻しかわからない単機能のキャンパーを使う機会が減っていきました。
でも、高機能腕時計の進化は早く、次世代モデルが出ると、それまで驚いていた性能が物足りないものになりがち。山やフィールドで最新モデルをしている人を見ると、「いいなぁ」と目移りして、また新しい腕時計を手に入れました。一番多い時で10本の腕時計を持っていたと思います。
そうこうしている内に、携帯電話に多くの機能が盛り込まれ、さらにはスマホで登山地図が見られ、現在地も簡単に把握できるようになりました。
間もなく、私はトレイルランニングのレースやトレーニング以外で、腕時計を使うことがなくなり……。最近は日常だけでなく、山でもすべての情報を得る手段が、時刻の確認も含めてスマホだけになりました。
ある時、ふと思い出して使ってみると
現在、手元に残っている腕時計はキャンパーと同じタイメックスのアイアンマン、そしてスウォッチのアイロニーのみです。シンプルな腕時計が残り、自分で電池交換しているキャンパーだけが動いています。
高機能腕時計はすべて電池切れして動かなくなった後、フリマ等で譲ってしまい、1本も残っていません。
仕事のレビューで借りた高機能腕時計を使うことはあり、アウトドア用のスマートウォッチがとても使いやすくなっていることを実感しています。ですが、駆動時間と用途のバランスを考えると、選択しているのはスマホです。
久しぶりにキャンパーを使ってみて気が付いたこと
そんな折、ふとキャンパーの存在を思い出しました。
取り出してみるとナイロンベルトの一部が変色、しばらく使っていなかったためにベルトのしなやかさが失われていました。でも、山で使ってみると、以前と変わらずなんの問題もなく時刻を教えてくれました。
そしてハッとしました。
当たり前のことなのですが、腕時計で時刻を確認する動きは、ほぼワンアクション。歩きながら振っている手を返すだけで時刻がわかります。
トレッキングポールを両手に持っていても、その動きは変わりません。
それに40代後半以上の人にしかわからないことかもしれませんが、アナログ腕時計の針表示は老眼鏡を掛ける必要がありません。デジタル表示の高機能腕時計は、老眼鏡を掛けないと数値を読み取ることができない面倒くささがあります。
また時刻確認をスマホで行なおうとすると、ポケットから取り出し、主電源を押す必要があります。ウエストベルトのポケットに収納していたら、ジッパーを開けなければなりません。
仕舞う際も、同様。時刻の確認をするだけのことに、いくつものアクションが必要です。
でも、腕時計なら腕の上げ下ろしだけ。サッと見て、腕を下ろして終了。目線をトレイル上から移す時間も短いので、転倒等の可能性も少なくなります。
いや、当たり前なんですけれど、最近はスマホしか使っていなかったので、腕時計のこの利便性をすっかり忘れていました。
腕時計ならショルダーベルトにも簡単装着可能
当たり前のことをもうひとつ。
腕時計をしてベルト部分に汗が溜まるのが不快な時、ショルダーベルトに装着したカラビナに腕時計を巻けば、簡単に時刻確認ができます。
スマホでも同様のことができますが、アクセサリーを買い足し、装着しておく必要があります。でも、それならば、スマホはポケットに収納しておいた方がいいやと思います。
現在地を確認するのと同じくらいに大切なこと
山で必要な情報って、なんでしょう?
一番は現在地の確認です。またはルートの確認。次に必要なのは、私の場合は時刻です。
予定のポイントに対して、どれだけ早く、または遅くなってるか。それまでのペースから、次のポイント、山小屋や下山口までの到着時間を想像。その日の自分の調子を知り、どう歩き、走るのが最善かを考えます。
何度も登っている山なら、地図は見なくても、時刻を確認することだけは、安全のために欠かせません。
こんな経験があります。
奥多摩の山をグルッと71.5km、24時間以内でゴールする「日本山岳耐久レース」に参加した当初、エネルギー補給に失敗した私は、ゴール手前15kmくらいの場所で動けなくなりました。
背負っているバックパックの中に入っている行動食を取り出すこともできない状態。夜の真っ暗な森の中、大きな木に寄りかかって座った状態で、腕時計を薄目を開けて見ると午前5時ちょっと前。
時刻は数字ではなく判断の基準
「そうか、あともう少しで夜が明けるのか!」
そう思った私はどうにか手を動かし、行動食をパックから取り出してエネルギーを補給。間もなく森が白々して小鳥がさえずりはじめると、不思議と身体に力が入るようになり、起きて再び走り出しゴールすることができました。
そこで実感したのは、食べ物だけでなく、朝の陽光がエネルギーになることでした。
そして、時刻は単なる数字ではなく、その数字を元に、今どんな行動を取るべきかの大切な判断基準になることを体感しました。
薄いけれど、壊れない安心
キャンパーの重さはわずか15g。装着している腕に、ほとんど重さを感じません。
多くのアウトドア用腕時計と比べると薄くて華奢で、ちょっとしたことで壊れそうな腕時計です。しかし何年もの間、登山、トレイルランニング、自転車ツーリング、カヤックツーリング等の様々なアウトドアアクティビティで使ってきて、故障は一度もありません。
一度、パンツのポケットに入れっぱなしで洗濯して止まってしまいましたが、電池交換をしたら、何事もなかったように動き出しました。不思議です。
きっとシンプルな機構だから、壊れる箇所が少ないのかもしれません。
これから先、スマホだけでなくスマートウォッチや高機能腕時計を使うこともあると思います。それでも、このキャンパーを手放すことはないでしょう。
時刻しかわからない単機能のキャンパーですが、時刻だけを知りたい時に素早く教えてくれるキャンパーは、私の一生モノになりそうです。
もしキャンパーを手に入れたいという場合、現行品はファーストモデルを現代風に復刻したオリジナルキャンパーになるようです。今回紹介した第2世代モデルとは形状は少し異なりますが、シンプルさは同様。カラーもグリーン以外にブラックやブルー等も出ています。是非、使ってみてください!
それでは皆さん、よい山旅を!