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とてつもなく長い歩く旅のはじまり

第1回

モデルでハイカーの増田翔。長い旅の始まりは、砂漠地帯からスタート。ひとり孤独に歩く彼はアメリカの広大な自然に自由を感じながらも、唐突な寂しさに襲われる。

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汗だくになりながらどこまでも続く一本のトレイルをぼんやりと見つめる。疲れて重くなった足をゆっくりと運び続けるも、僕はついに腰を下ろした。
視界に飛び込んでくるのは茶色い砂漠の世界。水と日陰が少ないこのエリアでは日傘が必需品だ。乾燥と熱気から僕はついに熱中症になり、木陰を探し求めて体を小さくしながら座り込んだ。

「もう無理かも」

この言葉が頭の中で何度も何度も駆け巡る。

僕がいるのはアメリカ、カリフォルニア州の南部。Pacific Crest Trailをスルーハイクするために砂漠の上に伸びた道を歩いている。

『Pacific Crest Trail(パシフィック・クレスト・トレイル)』(通称:PCT)はアメリカ西海岸に位置し、カリフォルニア・オレゴン・ワシントンの3つの州をまたぐ一本のトレイルのこと。全長は2,650 miles(約4,265km)、一般的に4〜5ヶ月間かけて歩くトレイルだ。

僕が118日間かけて旅したPCTを楽しんでくれたら幸いです。

いざ、PCTへ!!

オーシャンサイドのビーチ

2023年6月、僕はロサンゼルス国際空港に到着し、サンディエゴまでバスで移動した。日本の友人が紹介してくれたKoo君と落ち合うためだ。英語はできないが、スマートフォンを最大限活用してなんとか無事辿り着くことができた。

オーシャンサイドという都市にあるビーチに連れて行ってもらったり、美味しいブリトーやクラフトビールを楽しんでアメリカを満喫していた。おかげさまで当初抱いていた、アメリカでの生活に対する不安は徐々に薄れていった。

「そろそろ行かなきゃ」

PCTのスタート地点までは友人たちが車で送ってくれた。途中、どうしても食べたかったIN-OUT-BURGERのハンバーガーは、緊張でまったく味がしなかった。

どこまでも続く国境

スタート地点は、アメリカとメキシコの国境。
少し離れたところにCampoという町があるだけで、その他に見えるのは国を隔てる高い鉄の塊と砂漠くらい。友人たちと別れの挨拶を交わし、僕はとうとう一人になった。

出国前のビザのトラブルでスタートが遅れたため、他のハイカーは誰一人としていない。夕方に歩き始め、11miles(約17km)地点のテントサイトで休むことにした。

カウボーイキャンプ

記念すべきPCT初夜は、テントを張らずにマットと寝袋のみで寝る憧れのカウボーイスタイル。
「空を遮るものがないだけでこんなにも開放的なんだ」と、寝袋に入ってもワクワクして落ち着かない。
真っ暗なテントサイトに1人で心細かったけれど、それよりもハエがうるさくてなかなか眠れない夜だった。

灼熱の南カリフォルニアセクション

PCTのサインを見つけると安心する

辺り一面は茶色い砂で覆われており、自生したサボテンや日本のトレイルでは見ることのない動植物が新鮮だ。
砂漠というとエジプトのような砂の山を想像していたけれど、ここカリフォルニアの砂漠は緑も混ざり想像とは違っていた。

僕はスタート時期が遅かったため3、4日歩いても他のPCTハイカーに会わなかった。
夜になるとホームシックならぬヒューマンシックが襲ってくる。この頃は、言葉が通じなくても話し相手が欲しいと強く願っていた。

雲ひとつなくジリジリと太陽に照らされたトレイルを歩いていると、ときどき地元のデイハイカー(日帰りハイカー)に出会う。ベンチで昼寝をしていたら、日焼け止めで真っ白な顔をしたアメリカ人が近寄って来た。

「PCTハイカー?北行き!?カナダ行くの!?ヤッバイネーー!!!」

彼の英語とテンションを訳すと、きっとこんな感じだろう。どうやらPCTをスルーハイクすることは、アメリカ人にとってもすごいことのようだ。
僕は彼のリアクションと久々の人との会話がたまらなく嬉しくなり、いつもより少しだけ速く歩いた。

トレイルファミリー

イーグルロック

僕はPCTをスタートして様々な国籍のハイカーたちと共に歩き旅をすることに憧れていた。それこそがロングトレイルでしょ!って。
だが、歩いても歩いてもPCTハイカーに会わない。
「カナダ国境まで1人じゃないよな……」なんて不安が襲ってくることもあった。

そんなある日、既に昼の12時だというのに少し先にテントが張ってあるのを見つける。横切ろうとすると丁度テントから出てくるハイカーと目が合い、お互いの動きが止まった。

「Are you PCT thru hiker!?」

僕とテントの彼は口を揃えて声を発した。

初めてのPCTスルーハイカー

彼の名前はアレックス。
僕にとって初めて会うPCTハイカーだ。

アレックスも僕と同じくレイトスタートのため、他のハイカーに会わずにここまで来たらしい。
そんなヒューマンシックの僕らは、言葉を介さずとも自然と一緒に歩き始めた。

アレックスは旅を共にする、僕にとって初めてのトレイルファミリーだ。偶然にも、アレックスと僕は歩くスピードがほとんど同じだった。
僕の歩くスピードは少し速いほうで、スタート直後から1日に30miles前後歩いている(平均は20miles程)。歩く速度が近いということは、一緒に旅をするのにとても大切なことなのだ。

それにギアの話も尽きなかった。お互い初めてのロングトレイルということで気合は十分。トレイルに落ちている特大の牛糞を見て「(ハンバーガーの)パティみたいで美味そうだよな」なんてジョークを言いながらハイスピードで歩いた。

リサプライとヒッチハイク

久々のスナックとリアルフード

NOBO(北行き)ハイカーにとって、1つ目のリサプライ(補給)はJulianという町になる。僕は日本から持ってきた食材が十分にあったし、先を急いでいたこともありJulianには寄らなかった。

僕が初めてリサプライしたのは、Julianから30miles先のWarner Springsの近くにあるガソリンスタンドのミニマート。ポテトチップスやソーダ、サンドイッチ等を買い込んで無理矢理パッキングした。
はじめてのリサプライは、とにかく食べたいものを買い込んだ。
僕のテンションが1番上がったのはハリボーのグミ。ファミリーサイズを一晩で食べ尽くした。

寝起きのような緩さが渋いおじさん

真っ赤なTOYOTAに乗ってガソリンを補給しに来た、白髪でタンクトップ姿のイカしたおじさん。世間話をしていたらトレイルまで送ってもらえることになった。

こういう出会いも醍醐味のひとつ。僕とアレックスはトラックの荷台に勢いよく乗り込みグータッチを交わす。勢いよく走り出した車の荷台で風を浴びながら「ロングトレイル(旅)している」と気分が高まるのを感じた。ちなみにこれが僕のヒッチハイクデビュー。

水は計画的に

地下の貯水タンクから濁った水を引き上げるアレックス

スタート直後の興奮や不安も次第に落ち着いてくると、次は暑さが気になり始めた。気温は35℃前後と特別暑くはなかったものの、乾燥がひどく水の心配が頭をよぎる。
基本的に水の補給は貯水タンクから水を汲むか、トレイルエンジェルが用意してくれているウォーターキャリーから水を汲む。もしくは、ごく稀にある湧き水を汲むことになる。

ハイカーのほとんどは、FarOutというGPS地図アプリでルートを確認しながら歩く。そこにはウォーターポイントやテントサイトなどが記されていて、他のハイカーの残したコメントから水がどのくらい残っているかをある程度予測できる。僕たちハイカーは、それを確認しながら計画を立てるのだ。

緑色に濁った貯水タンク

苦労して辿り着いたからといって必ず水が補給できるとは限らない。貯水タンクは藻で緑に濁り、水面には虫やゴミが無数に浮いていたり、なかには蛇が気持ち良さそうに泳いだりしているタンクもあった。
マップ上のウォーターポイントを目指して3miles(約4.8km)歩いたのに水がないなんてことも……。OH MY GOD!

トレイルマジック

水が残っていて安心するアレックスと僕

トレイルエンジェルとは、ボランティアでハイカーをサポートしてくれる人たちのこと。
たまにトレイルエンジェルが用意してくれたウォーターキャリーがある。トレイルマジックだ。

透明で綺麗な水が飲めるのは本当にありがたい。砂漠地帯には水が少ないため、ハイカーの命を支えてくれてるといっても過言でないのだ。

ハイカーの休日は忙しい

先が鋭利で刺さって痛い

南カリフォルニアのトレイルを歩いていると、靴下を貫通して植物の棘が足首に刺さる。そこそこ痛いし、気になり始めると集中できない。毎晩、棘を取るのに苦戦していた。

何日かぶりにトレイルから外れてIdyllwildという街に着いた。まず僕たちは真っ先にリアルフードを胃袋に流し込むため、町のピザ屋へ駆け込む。
ラージサイズのピザを注文して、半分はテイクアウトするのがコスパ最高。食事をしながらスマホで予約した宿に到着したら、まずは服やバックパックを洗濯する。

僕の全身は汗と砂で汚れ、バックパックからはこれまで嗅いだことのない異臭が続いた。

三度流しても水の濁りはなくならない

僕は石鹸を使って手洗いで洗濯した。

洗濯物を部屋中に干したら、ようやくお待ちかねのシャワータイムだ。
頭皮は脂や汚れで1回じゃ全く泡立たないし、足の汚れは石鹸を使ってもなかなか落ちない。トレイルに戻ればまたすぐに汚れるし、体はある程度お湯で流せばそれで問題なし。

次にするのが食料調達。街で一番安いスーパーマーケットへ行き、次の町までの食料を補給する。目新しい品物とトレイルでの食料選びのため、僕は平気で1時間以上、店内をウロウロする。僕にとって食料選びはギア選びと同じくらい楽しいのだ。

それぞれの道へHike your own hike

別れる直前のアレックス

Idyllwildを後にして、砂漠のトレイルに戻った。
ずっと傍にいた相棒のアレックスは、膝が痛むから次の町でしばらく休養するという。一緒に旅をしたのは8日間だったが、別れるのは心細いし寂しかった。

だけど僕は先に進むためにアレックスと別れ、涙を流しながらひとりで先へ進んだ。

別れといえば人だけでなく、長年愛用していたトレッキングポールが折れたり、Tシャツが風に飛ばされて失くなるなど不本意なこともあった。しかし、水を使う食事を減らしたことや軽量化するためにストーブとクッカー、ガス缶は自らハイカーボックスへと手放し別れを選択することも。

大量の風車

Hiker Townというトレイルエンジェルがはじめたモーテルを過ぎると、排水管の上を歩いたり、風車だらけのウインドファームを横切りながら延々と続くフラットな道を歩いたりした。
この頃の僕は1人でいることへの不安はなくなり、自由を大いに楽しめるようになっていた。

歩くことが次第に楽しくなった僕は、とうとう南カリフォルニアセクション最後の街Tehachapiへ着いた。中華料理のチェーン店、パンダエクスプレスでチャーハンと焼きそばの大盛りプレートを食べて、隣のWalmartで大量のおやつを買い込んでホテルに籠った。

街を出る前に郵便局で新しい靴に履き替えて準備は万端。
次に向かう先はKennedy Meadows。僕が最も楽しみにしているシエラセクションの玄関口だ。

566millesを共にしたBrooksのトレランシューズ

Text&Photo:Sho Masuda
Edit:Michitaro Osako(YAMA HACK)