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山と焚き火のシンプルな日々にお別れの時が……

第5回

ヨセミテの自然の中で過ごす時間もついに終わりが見えた。最高のキャンプ地を後に、街へと向かう。

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パチパチと小気味よく爆ぜる焚き火を前に、キャンプ地でまったりと今回の旅を思い返していると、なんだか空がすごいことになってきた。

谷に溜まった靄(もや)と、スコーンと抜けた空が入り交じることで、とんでもないオレンジ色のグラデーションが出現したのだ。
時間とともにジワジワとスカイブルーの部分に藍色が進出してきて、やがてあたりは夜が優勢になる。
「夜の帳が下りる」とは、良く言ったものだと、昔の人々の自然観察力と表現能力にはリスペクトしかない。

藍色が空全体を覆い、星々が輝き始める。焚き火を見つめていると、日々の雑事がどうでも良くなってくる。この感覚がとても好きだ。自分がどんどんシンプルになっていく。

最後の最後まで懐が深いヨセミテ

このキャンプ地は地面が岩。ペグが刺さらないので自立式のほうが、好きな場所に張れるという意味で、使い勝手が良いかもしれない。

軽装の日帰りハイカーが続々と登ってくる。もはやトレイルヘッドまであと数km。でも日帰りでいける場所だとしても景色はブレない。

「昨日泊まったの? どうだった?」
すれ違いざまに、可愛いデイハイクギャルに聞かれる。
ちょっとイキった顔で「パーフェクト」と答えると「え?なんて?」
パーフェクトの発音むずいな……。

あるハイカーは「やり遂げたな!」と右拳を差し出してくるが、僕はとっさに気付かずに「ありがとう」と言ってすれ違う。あ!グータッチだったか! 痛恨のスルー……。
里に近づくほどに、僕はどんどん愚鈍になっていくらしい。

そして、遠くでクルマの音が聞こえてきてしまった。あぁ、下りてきたのだな、と切り株に腰かけて感慨にふける僕の目の前を、赤ちゃんを胸に抱いたおばちゃんと、ビーサン履きのギャルが通り過ぎていく。

昨日までとは別世界の笑えるほどの多様性。でも、これこそヨセミテの懐の深さなのだ。

日帰りハイカー続々。どうやらみんなクロウズレストというところまで行くらしく、そこもヨセミテバレーを一望できるという。トレイルランナーもけっこう見かけた。

山と焚き火のシンプルな日々も、ひとまず終わりだ。
ヨセミテを旅するということは、僕にとって自分を謙虚にする行為でもある。

それこそ街に住んでいたら、なんでもすぐに手に入るし移動だって一瞬だ。それを繰り返していると、街という装置を人間側がうまく使っている感覚になってくる。

それがちょっと怖いのだ。
僕はすぐ調子に乗ってしまうから、そんな街でばかり暮らしているとどんどん傲慢になっていく。

だからヨセミテという圧倒的なスケール感の自然の中に入ることで「やっぱり敵わないなぁ。俺なんてちっぽけだなあ」と自分を戒めるのだ。

なにはともあれビールをくれ

帰り途中にガスステーションにて、オノレの燃料であるビールを補給し、このドヤ顔。

セクションハイクという手段を取っているのは、日数的理由のほかに、抑圧具合がちょうどいいということもある。

「もっと歩きたいな」という気持ちと、「早くフカフカのベッドで寝たいなあ。シャワー浴びてえなあ。ビール飲みたいよぉ」という気持ちが、60:40くらいのバランスの時点で帰るというのが、自分には向いていると思う。
そして、また来たいという感情も湧きやすい。

ちょっと後者の欲望が優勢な感じもするけれど、もしかしたら今後、「もっと歩きたいな」の比率が上がってくれば、いつかスルーハイクをすることだってあるかもしれない。

なにはともあれ、よし!ビールだ!

次はどこへ行こうかな

トレイルから戻るついでに立ち寄ったグレーシャーポイント。クルマでアクセスできる。こういう観光地っぽいところもヨセミテの好きな所。

再びバックパッカーキャンプグラウンドに戻って来た。
念願のビールもしこたま飲んだ。チップスも食った。気持ちの良い夕方。ピクニックテーブルにはヨセミテの地図が広がっている。

地図の上ではただの線でしかないトレイルも、想像力を働かせればさまざまな風景が浮かぶ。

次はどこを歩こうか、選択肢はそれこそ一生かかっても行き尽くせないほどある。

同じ場所であって同じじゃないのだ。
行くたびに、いつも違う顔をみせてくれるから、何度も通ってしまうのだと、8度目となるヨセミテの旅を終えたいま、そう思う。

Text:Takashi Sakurai
Photo:Hinano Kimoto
Edit:Michitaro Osako(YAMA HACK)