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3年振りの再会~壮大すぎる景色の中へ~

第1回

アメリカのヨセミテ国立公園にあるトレイルを歩く旅。
5日間のセクションハイクでどんな景色に出会えるのか。自由で気負いすぎないゆるめの歩き旅のはじまりから。

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トンネルを抜けると、とつぜん景色が変わった。

正面にハーフドーム、左にはエル・キャピタン。残念ながらハーフドームの頭は雲に隠れているけれど、ヨセミテの2大スターが出迎えてくれる。それらの巨人に抱かれるようにこんもりと広がる、豊かな森もはるか下に見える。

世界的に流行した疫病の影響で、3年ほどのブランクができてしまったけれど、もう8度目になるヨセミテは、あいかわらず壮大だ。自分でも、よくもまあ、こんなに同じ場所に何度もくるもんだと思う。

なんでそんなに通うのかと聞かれると明確な答えはまだ見つかっていない。ただ間違いなく言えることは、日本の山では経験できないことが無数にあるということ。
それにくわえて、山の難易度と圧倒的な景色のバランスが、良い意味で壊れている。ルート自体には転落を危惧するような難所はなく、軽いハイキングレベルなのに、とんでもないスケール感の荒野の中を歩くことができるのだ。

ところでヨセミテって?

ヨセミテバレーの眺望スポットであるグレーシャーポイントからの眺め。はるか下に見えるのがヨセミテビレッジで、建造物も小さく見える。

ヨセミテ国立公園は、イエローストーン国立公園に続いてアメリカで2番目に制定された国立公園。
もちろんヨセミテの名前は初めて行く前から本などでよく見かけていた。「Yosemite60s」や「The Stone Masters」など、60年代、70年代のヨセミテクライマーたちが生き生きと躍動する姿が収められた写真集も持っていた。

クライミングカルチャーに憧れはあったものの、30歳間近で突如として登山に目覚めた自分には無縁の場所だと思っていた。
僕の持っていたクライマーの聖地というイメージを覆してくれたのが、信越トレイルの生みの親でもあり、日本にロングトレイルという存在を広めた、故・加藤則芳さんの『ジョン・ミューア・トレイルを行く』という本だった。ジョン・ミューア・トレイルというロングトレイルが紹介されていて、ヨセミテハイキングに関するさまざまな情報も、たくさんの写真とともに盛り込まれていた。

「こんな景色の中を歩けるのか……」
そう強く思った。

想像とは違う初めてのヨセミテ

フレズノ側からヨセミテバレーに入ると、このトンネルビューという場所に着く。バレーの全景を望める撮影ポイント。

いつか行きたい、と思いつつなかなか実現していなかったが、その本に出会ってから2年後、タイミング良くサンフランシスコでの雑誌取材が入ってきた。サンフランシスコからヨセミテまではクルマで約4時間。これは行くしかない。

初めてのヨセミテは、良い意味で想像を裏切ってくれた。憧れのCAMP4では、ギアの点検に余念のないガチのクライマーの横で、メキシコ人ファミリーが巨大な焚き火とともにバーベキューで盛り上がっているではないか。選ばれし者のものではなく、誰でもウエルカムな観光地という側面も持っていたのだ。

ヨセミテバレー内にあるCAMP4。かつては不良クライマー(褒め言葉)の溜まり場だったけど、いまはクライマーだけではなく、ハイカー、観光客も楽しそうに過ごす。予約はできず早い者勝ちで1日10ドル。初めて訪れた時は6ドルだったんだけどな。

最初に訪れたときはCAMP4をベースにして、何本かのデイハイクを楽しんだ。そのどれもが素晴らしく、すっかりヨセミテの虜になってしまった僕は、毎年のようにそこに通うことになったのだ。

ジョン・ミューア・トレイルの一部を歩いてみたり、アメリカを縦断するパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を冷やかしてみたり、Coyoteという旅雑誌で丸々ヨセミテ号を作ったりもした。

行くたびに新しい発見をくれる場所。それがヨセミテだった。
帰国後は基本的に会話が「ヨセミテでは……」ではじまるヨセミテおじさんと化し、友人達にウザがられるのも定番になった。

自分にとっての最高を見つけるセクションハイク

ハイキングの楽しみ方としては、いわゆるセクションハイクと呼ばれるやりかただ。セクションハイクとはロングトレイルの一部を区切って歩くことで、それを繰り返してすべての行程を歩ききる人もいる。

僕は少し広義に捉えていて、「限られた日程の中で良いルートをいかに発見するか」にハマっていた。
ヨセミテには、ジョン・ミューア・トレイルや、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)といった有名なロングトレイルのほかにも、無数のサイドトレイルがある。地形図とにらめっこしつつ、それをパズルのようにうまくつなぎ合わせながら、誰に教えられたわけでもない、自分にとっての最高のルートを探すのだ。

言っておくけど僕には岩場をガシガシ登っていけるような特別なスキルはなにもない。体力は人並み、英語力にいたっては人並み以下だ。

ただ、セクションハイクだから体力的には4泊5日程度のテント泊縦走ができればなんとかなるし、それ以下の日程で設定することも可能だ。休みも10日くらいあれば満喫できる。そういう意味でもスルーハイク(全行程を一気に歩く)よりは圧倒的にハードルが低い。

友人には「お前みたいにフラフラ休めないんだよ!」とじゃっかんキレ気味に言われることもある。たしかに仕事をサボるスキルだけは人並み以上かもしれない。

ヨセミテ入りしたらまずはパーミット(許可証)とビール

途中で一泊したフレズノという街。良い意味で田舎で、お店なども個性的。こういうスモールタウンこそ、リアルなアメリカを垣間見ることができる。

今回の入りはロサンゼルス。
ヨセミテへはサンフランシスコのほうが近いんだけど、いかんせん航空券代がぜんぜん違う。今回10月に訪れた時はLAまでの往復直行便は格安サイトで約9万円。サンフランシスコだと2倍近くになるくらいの感覚だ。

LAからはレンタカーを借りて3時間ほど走り、フレズノというヨセミテの玄関口の町で安モーテルに一泊。おなじみのREIというアウトドアストアでガス缶などを購入したら、いよいよヨセミテへ向けて、じょじょに荒野感を増してくる道を走っていく。
このロードトリップ感もヨセミテ旅の魅力のひとつだと思う。

道を走るとアメリカという国の大きさを実感する。眠たくなるほどまっすぐでなにもない道がひたすら続く。

ヨセミテバレー内のウイルダネス・センター。バレー内の建物はどれも味わい深くて、自然の景観にもよく馴染む。

ゲートで入場料(クルマ1台につき35ドルで一週間有効)を払って、ヨセミテビレッジへと入っていく。

まずは事前にネット予約しておいたウィルダネス・パーミットを取りにウィルダネス・センターへ行く必要がある。
ウィルダネス・パーミットとはざっくり言ってしまえば「荒野でテント泊をするための許可」のこと。ちなみに1人20ドル。日本でテント泊縦走を何日もすることを考えてみたらリーズナブルだ。

レンジャーのおねえさんが許可証に書いてある注意事項などを丁寧に教えてくれるんだけど、だんだん英語の理解が追いつかなくなっていく……。あとでじっくり翻訳ソフトで確認しとこ、とか思ってたら、いきなりのレンジャークイズ。
「熊が出たらどうやって追い払う?」
という簡単な質問なんだけど、とっさに英語が出てこない。仕方が無いから両手を挙げて「わー!」と言う僕を見て、レンジャーねえさんも頷きながら苦笑いだ。

ヨセミテビレッジ内は立派な車道があって、基本的にクルマ移動。無料のシャトルバスやレンタルサイクルなどもある。

拙すぎる英語力でなんとかパーミットを取得したら、とりあえずビール。ヨセミテビレッジにはスーパーをはじめ、ビジターセンター、カフェ、アウトドアショップ、郵便局などが集まっている。

いわば、ヨセミテ国立公園の繁華街だ。スティーブ・ジョブズが結婚式を挙げたというアワニーホテルもあるけど、ハイカーはハイカーらしく今日のキャンプ場へ。

地ビールの6パックを片手に、パーミット所有者と、徒歩や自転車で訪れた人のみが泊まれるバックパッカーキャンプグラウンドへ到着。
ここは基本的にハイカーかクライマーしか泊まっていないので、情報交換なんかもできる、はず。喋れないけど……。

バックパッカーキャンプグラウンドの利用料は1人1泊8ドル。ウィルダネスに入る前日と、下山した日に利用することができる。連泊は不可。

各サイトに備え付けてあるピクニックテーブルで、ビールをぐびりとしながら地図を広げてルートの確認をする。

今回歩くルートは、いまいるヨセミテビレッジの北に位置するメイレイクというトレイルヘッド(登山口)から入って、グレンオウレン、トゥオルミメドウズ、カセドラルレイクなどを経由して、またメイレイクに戻ってくるというもの。

全部で約45kmを4泊5日でのんびりと歩く。僕はクルマ移動が好きだから基本的にループのルートを設定することが多いんだけど、公共交通機関を利用して、もっと自由度の高いルート選びもできる。

夕方になってバックパッカーキャンプグラウンドもハイカーたちで賑やかになってきた。仲の良さそうなオジサン集団は焚き火を囲んでなにやら談笑している。
来るべきハイキングへの期待か、いい歳した大人が、遠足前のようにはしゃいでいるのってなんだか素敵だ。

イントゥー・ザ・ウィルダネス~いよいよトレイルへ~

やばい。
完全に寝坊した。ひとつ言い訳をさせてもらうと、10月のヨセミテは日の出がだいたい6時半。ヨセミテバレーはその名のとおり谷だから、陽が差し込むのは7時をすぎる。

とはいえ、すでに8時。寝すぎだ。時差ボケでまだ重い頭をむりやり叩き起こして急いで撤収。メイレイクのトレイルヘッドへと向かう。

途中で行動食とビールをガスステーションで購入し、トレイルヘッドについたのはすでに11時過ぎ。夏場だったら21時くらいまで明るいから、ぜんぜん気にならない寝坊も、 秋だと勝手が違う。

トレイルヘッドの名前にもなっているメイレイクには歩き始めて30分ほどで到着。白と青のコントラストが美しい場所で、ここまでデイハイクしてくる人も多い。

トレイルヘッドから歩き出す。ここからは、いよいよウィルダネスへと入って行く。
さっきから頻出しているウィルダネスとは「手つかずの荒野」くらいの意味合いで、ここから先は一部の例外を除いて人工物は存在しない。
原始の自然の中に入り込んでいけるわけだ。それこそ数百年間、いやもしかしたら数千年変わっていない場所ということになる。

初日はトレイルヘッドから4kmほど歩くと絶好のキャンプ地があったので、そうそうにテントを張ることにする。
そう、ヨセミテのウィルダネスでは、キャンプ地を自分自身の判断で決めることができるのだ。

もちろん、ルールはある。
例えばトレイルと水場からは30m以上離れないといけないし、植生を傷つけるような場所にテントを張ることは禁止されている。

初日のキャンプ地。こんな素晴らしいロケーションがそこら中にゴロゴロしている。

風光明媚なキャンプ地を見つけられたことに、満足感を覚えると同時に、日本では味わえないヨセミテのトレイルの自由さを強く感じる。

眼前には美しい湖が夕陽にキラキラと輝き、その背後に聳える山もなかなかに見事だ。地図で確認すると、ライジンレイクというらしい。

ただ、山の方の名前が見当たらない。いまの標高は2700m。あの山はゆうに3000mを超えているはずだ。なのに名もなき頂だと? 良いところがありすぎて、いちいち名前を載せていたら地図が文字だらけになってしまうのかもしれない。

あらためてアメリカのスケールのデカさに驚かされる。
別に人気のルートなわけじゃないから、他にテントを張るハイカーの姿があるはずもない。そう言えば、今日はトレイルに入ってから、誰ともすれ違っていない。夜になると現代社会では味わえない静寂に包まれる。

テントの外で、ときおり吹きすぎる風の音がするだけだ。太古から変わらない音に包まれて眠りにつく。

歩き始めて1時間ほどですでにこの荒野感。地面は剥き出しの花崗岩で、遠くには雪をたたえたハイシエラの山々も見える。

Text:Takashi Sakurai
Photo:Hinano Kimoto
Edit:Michitaro Osako(YAMA HACK)