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緊急対策用の道具なのに、不謹慎? 中身の取捨選択がおもしろい! エマージェンシーセットを考える(前編)

第1回

“最重要”な装備なのに、登山中に使う機会はほとんど訪れず、そもそも使う機会は訪れないほうがいいという、なんとも微妙な存在が「エマージェンシーセット」。充実させれば安心だけど重くなり、削減すれば軽くなるけれど不安感が出てきて……。
年間の半分近くをフィールドで過ごす山岳ライター・高橋庄太郎のリアルな実例を紹介。導き出した最適解とは?

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“軽量化”がいいとは限らない!?増減しながら、今に至る僕の山行装備

登山の際には“軽量化”とともに、“荷物自体を減らす”ことが重要だとされている。そのこと自体は、だいたい正しい。

僕自身の山行装備一式を見ても、初期はやはり多くて重く、実際その重さに疲れ果てた。高校の山岳部で山歩きを始めたのはよいが、当時は軽量化のための知識もないし、お金もないから安価な代わりに重い装備を選ぶしかなかったのだ。これが僕の装備セレクトの第一段階、「重すぎ」レベルだ。

テント泊装備を背負った、あるときの僕の姿。食料満載でけっこう重い

その後、山に慣れるにしたがって、少しずつ不必要な装備を減らしつつ、軽量コンパクトなタイプをそろえてどんどん軽量化していった。ときには食材まで減らして。しかし、軽量な装備は壊れやすいし、保温力や速乾性に落ちるものもあり、さらには空腹感も出てきたりして、いいことばかりではない。最終的には山に行くこと自体が苦行にさえ思えてきた。これが第二段階の「軽すぎ」レベルだ。

「最適化」を目指す装備選びは、緊急対策用の装備にも

そこまでやってから気付いたのは、“自分の体力であまり苦労しないで持ち歩けるのならば、少々荷物が多く、重くてもいいのでは? 快適に山で過ごせるのなら!”ということ。

そこで、再び装備を少し増やし、軽量でも扱いにくい道具よりも少々重くてもラフに扱える道具をセレクトし、山中で気楽に過ごせるようにしていった。僕は荷物が多少重くなっても気にならず、むしろ過度に軽量化することは山が嫌いになりかねないほどの大きなストレスだったというわけだ。これが第三段階、「自分にとっての最適化」である。

前置きが長くなったが、この新連載第1回で僕が語りたいのは「エマージェンシーセット」についてだ。この1~2年ほど、僕はひたすら自分のエマージェンシーセットの中身をあれこれ入れ替えて、内容を充実させることに凝っている。なにしろ連載の第1回目のテーマにわざわざ取り上げたくなるくらいなのだから、我ながら相当なものだ。

悪化していく山の天気。こんなときもエマージェンシーセットが充実していると安心

このエマージェンシーセット、最近までは先ほどの登山道具でいうところの“第二段階”にあった。つまり、中身を減らし過ぎて「軽すぎ」になり、何かのトラブル時にはスムーズに対応できなかったかもしれないと思うほど。もっとも、わざわざエマージェンシー“セット”に入れていないだけで、応急処置道具を他の小道具といっしょに収納していたり、洗面用具といっしょに絆創膏類を保管していたりと、自分としてはいかなる緊急事態にも対応できる装備をバックパックのどこかには入れているつもりだった。ただ、“セット”としては美しくまとめられていなかったのは間違いない。

“第二段階”的に少なすぎて軽すぎた僕のエマージェンシーセットは、現在、さまざまな装備を再び増やし、第三段階の「最適化」を目指している。その試行錯誤が今の僕には妙におもしろいのだ。

実例。テント泊山行時のエマージェンシーセット

そんなわけで、ここから紹介するのは僕の現在のエマージェンシーセット。より詳しくいえば、“テント泊時”のものである。

まとめておけば、このまま大型バックパックに入れるだけ

テント泊用の集めたエマージェンシーセットの一式

なぜ“テント泊用”なのか?

テント泊の際は、テントや寝袋などの「住」の要素と、クッカーやバーナーなどの「食」の要素の道具は、別途必ず持ち歩いている。だから、日帰り山行のためのエマージェンシーセットならば検討しなければならない「住」と「食」のかかわるモノを省けるからだ。

具体的に紹介していこう。

安全やリペアに関するギア類

“パッキングしやすい”ことを重視し、平たく薄い形状のモバイルバッテリーは、アマゾンで探した5000mAh。スマートフォンを1~2回充電できるだけで若干物足りない気もするが、これ以上重くもしたくないというバランスだ。

小型ヘッドランプはブラックダイヤモンドの“フレアー”。40ルーメン程度だが、エマージェンシー用の“サブ”としては十分である。

ケーブルにはアダプターを取り付け、USB Type-BでもUSB Type-Cでも対応できるようにしている。非常に小さい“フレアー”の重量はたった27g。

次は、“修理用”を中心としたギア類。

ハサミとナイフ、そしてプライヤーが付属するマルチツール、リペアシート、ダクトテープ、結束バンド、裁縫用具。小型カラビナとコードロッカーはエマージェンシー的な装備ではないが、いっしょに持ち歩いておくとなにかと便利なので、いっしょにここへ。

オレンジ色の物体はリペア用ではなく、裏側がミラーになっていて遭難時に光で居場所を伝えられるもの。“小型ギア”の一種として、ここにまとめてある。

結束バンドは使い捨てタイプではなく、何度も外して再使用できるタイプ。裁縫用具はホテルに置いてあるアメニティグッズを拝借したものだ

“細引き”といわれる細いロープは、いざというときには足場が悪い場所で自分の体重をなんとか支えられなくもない径5mmのものと、修理に使いやすい径2mmのものと、2種類。

太いほうの径5mmは3mほど。細い径2mmは2m程度

これも場合によっては緊急事態。山でのトイレ対策

いまや山では携帯トイレも必需品だ。凝固剤と“水に溶ける”ティッシュペーパーを組み合わせ、応急処置時には手も消毒できる除菌クリーナーもいっしょに用意しておく。

携帯トイレはモンベル“O.D.トイレキットセット”。携帯トイレを使う場合は水溶性のペーパーである必要はないが、“もしも”を考えれば水に溶けるタイプのほうがいい

文字通り“盲点”。忘れがちな視力にかかわる問題

山で非常に重要なのは、“見えること”。

極度の近視の僕はいわゆるワンデイタイプのコンタクトレンズを使っているが、それでは遭難して数日サバイブしなければならないときに対応できず、最終的に目が見えなくなるかもしれない。だから、僕にとってメガネは最高に重要なエマージェンシー用具だ。

また、普段のテント泊時にもコンタクトレンズは持っていくのを忘れがちなので、ここにも1日分入れておいている。普段からメガネを使っている人も、サブを用意しておくべきだろう。

メガネは以前使っていた古いもののなかで、壊れにくい形状のものピックアップ。少々度が合わなくても、裸眼よりも格段にマシ!

危険生物に、捻挫、切り傷……

山には危険な生き物も多い。そこで、毒虫やヘビにやられたときのために、吸引式のポイズンリムーバー(白)。ポイズンリムーバーの有効性には疑問もあるが、現状では持参するようにしている。

そして、大小のダニ取り用のスティック(イエローの2本)。ちなみに、僕はこの原稿を北海道で書いているが、数日前にもマダニに噛まれて使ったばかりだ。また、ポイズンリムーバーもサキシマハブに噛まれた際に使用した経験がある。

ダニ取り用の“ティックツイスター”はホルダー付きで売られているが、コンパクトにするためにホルダーから外してセットに入れている

捻挫などのけがも怖い。貼るだけで関節や筋肉をサポートできる応急テープの説明書には数通りの貼り方が解説されており、この手の知識に自信がない僕には非常にありがたい!

ニューハレ“エマージェンシーテープ”。幸い、まだ使う機会は訪れていない

テーピングテープ、一般的な絆創膏に液体絆創膏、ハイドロコロイド包帯(絆創膏)。ガーゼ代わりにも使おうと考えている包帯、薄いカミソリ、消毒用のアルコールシート、傷口を素手で触らないようにと薄いビニールの手袋。なかでも大判のハイドロコロイド包帯(絆創膏)はとにかく使えるが、説明し始めると長くなるので、また別の機会に。

絆創膏類が豊富なのは、僕は擦り傷、切り傷が多いから。いろいろ使い分けてみたい気持ちもある

自分に合わせた医薬品。足がつりやすい僕にはとくに……

さまざまな医薬品もそろえた。ロキソニン的な痛み止めは、病院で処方してもらったときの余りもの。その他、胃腸薬、風邪薬、アレルギー鼻炎薬などだ。

処方薬をこういう用途に入れていいのかとも思うが、余らせてももったいないので

ところで僕は山に限らず、普段からほとんど薬というものを使わないのだが、そんな薬の中で別格扱いしているものがひとつだけある。それが小林製薬の“コムレケア”だ。

有効成分のひとつは漢方の「芍薬甘草湯」

僕は体質的に子供のころから足がつりやすい。いくら体を鍛えても、山行前や山行中の食生活に気を付けてもダメなのである。そのために、体の疲れを感じていないというのに、足が痙攣して突然歩けなくなることがたまにある。それどころか、長いあいだ激痛が続き、一歩も動けなくなることすらあるのだ。晴れた日中ならばだましだまし行動できなくもないが、もしも悪天候時だったり、夕暮れ時だったりしたら、これだけで一気に非常事態に陥る。だから、少しでも足の筋肉にヤバさを感じたら、コムレケアに頼るのだ。

たとえ意識を失っていても身分を証明できるものと……

身分証明書として、運転免許証、健康保険証、山岳保険をまとめてコピー。その用紙はあえて大きめにしておき、鉛筆をいっしょにしてメモを取れるようにしている。メモというか、いざというときは遺書も書けるようにと……。

筆記用具は油性ペンやボールペンなどいろいろ検討した結果、意外とさまざまなものに書ける鉛筆が最高、という結果に。芯が折れないように、キャップも重要だ

最後に「お守り」だ。正直なところ、僕はお守り自体に効力があるとはまったく思っていないのだが。

近所の神社で“買ってもらった”お守り。偶然にも防水されている!

お守りといっても大事なのは、家族などの“人にもらったもの”であること。誰かが自分のことを心配して買ってくれたという気持ちを思い出せば、遭難や事故で本当に厳しい状況に置かれたときにも、きっと最後まで頑張れると僕は信じている。

というわけで、これらが僕の“テント泊用”最新版エマージェンシーセット。総重量は622gと少々重いが、いつでもコイツをバックパックに放り込むだけで安心感が爆発的にアップするのだから、ラクなもの。面倒なことは一切考えなくていいのが、すばらしい。

十字のマークが入っているので、自分以外の他の人にも重要なものだと一目でわかる

ちなみに、まとめて収納しているのは、シートゥサミットの“ファーストエイドドライバッグ1L”。ここまで紹介したものがきれいに収まり、気分もよかったのだが……。

ああ、重要装備すべてが収まりきらない!

じつは最近、僕のエマージェンシーセットに新しい仲間を加えたところ、なんとこのドライバッグでは収まらないものが出てしまったのである。それは“浄水器”だ。

山岳事故に関する著書で知られる羽根田治さんの記事を読んでいると、遭難者が飲み水を確保できなくなり、泥水をすするような場面が登場する。山中では水さえあれば助かる状況も出てくる。しかし汚い水をそのまま飲むと胃腸をやられて体調を悪化させるだけだ。

このとき、ウェアかなにかで大きな異物を濾したうえで、水をさらに浄水器にかければ、衛生的な水を確保でき、生存率が高まるはずなのである。

フィルターの重量はたった53g。エマージェンシーセットには必要なパーツのみ入れている

収納しやすいサイズと形状を考えて選んだのは、ソーヤー“マイクロスクィーズフィルターSP2129”。購入したセットの中から山中で必要なパーツのみをセレクトしてメッシュの袋入れると、重量は103gとなった。

だが、この超軽量コンパクトな浄水器でも、容量1Lのドライバッグの余りスペースにはとてもではないが入らなかった。ある程度の大きさのフィルターがなければ、必要なだけの浄水はできないのだから、浄水器のサイズダウンには限度があるのは仕方がない。

そんなわけで、僕の“テント泊時用”エマージェンシーセットは、以下の写真のような状態なのである。

う~ん。容量1.2Lくらいのドライバッグなら、すべて完全に収納できたはず

ひとつにまとまっていないのは少し悔しいが、現状ではこれが僕なりのベスト。総重量は725gとなっている。数日したら、また別のものを入れたり、外したりしているかもしれないが、基本ラインナップはおおむね変わらないだろう。

右が“テント泊時用”で、左が“日帰り山行”用のエマージェンシーセット

これは“テント泊用”。“日帰り用”ではどうなるのか?

次回は“日帰り山行”用のエマージェンシーセットについて話をしたい。日帰り山行用はテント泊時用エマージェンシーセットをちょっとした工夫で流用できるようにしたものなのだが、どのように流用するか、どのように工夫するか考えるのが、じつにおもしろかった。こういう点も、僕が最近エマージェンシーセットに凝っていることの大きな理由なのかもしれない。

それではともかく、詳しくは次回に!

高橋 庄太郎

高橋 庄太郎 Shotaro Takahashi

山岳/アウトドアライター。仙台市出身。高校の山岳部から山歩きを始め、登山歴は35年以上に。好きな山域は北アルプスでテント泊山行をこよなく愛し、北海道の深山や南の島のジャングルにも通い続けている。近年はイベントやテレビへの出演が多く、アウトドアメーカーとのコラボレーションでアウトドアギアもプロデュース。著書『トレッキング実践学』(ADDIX)『テント泊登山の基本テクニック』(山と溪谷社)、共著『“無人地帯”の遊び方』(グラフィック社)など執筆した著作も多い。
Instagram|@shotarotakahashi