PFCフリー:撥水性と環境配慮のバランス
エピソード 1
雨風や雪などの濡れや冷えから体を守るレインウェアやソフトシェルは、登山で大切な山道具です。防水性、透湿性、防風性など、さまざまな機能を求められるアイテムですが、今回は山や自然の中で遊ぶために不可欠な撥水性と撥油性に注目してみましょう。
水を弾くだけではNG?登山ウェアが抱えるジレンマとは
撥水性とは、簡単に言うと水を弾く力。ウェアの表面で水を弾くことで、水の浸入を防いだり、体から出る蒸れを外に逃がしやすくします。そのため、ウェアの撥水性が極端に低下してしまうことは、アウトドアフィールドでのリスクにつながるのです。
撥油性は皮脂などの油分を弾く力。油分は高機能なアウトドアウェアにダメージを与えて、機能を低下させて劣化を早めるため、油分を弾き皮脂汚れを防ぐことは、防水性や透湿性を維持することにつながります。
この撥水性と撥油性の加工には、長年「PFC」というフッ素化合物が使われてきました。しかし近年、「PFC」はとても高い撥水性を持つ一方で、「自然への悪影響」が懸念されるようになりました。
これにより、レインウェアやソフトシェルに体を守るための撥水性などの機能だけでなく、自然へのやさしさも求められることになったのです。
フィールドでの安全快適と環境配慮のバランスが大事
なぜ、PFCは環境に悪影響なのでしょうか。
PFCは「永遠の化学物質」といわれており、水や油を弾くため、自然界で分解されにくいのです。そのため、川に流れ出ると水質は汚染され、そこに棲息する動物や魚の体内に蓄積されることによる、生態系への影響が懸念されています。
人間への影響も懸念され、国際がん研究機関(IARC)では「発がんの可能性がある物質」に分類されました。2019年にはストックホルム条約で廃絶物質に指定されています。
そういった流れの中でアウトドアメーカーは環境に配慮して、「PFC」を使わずに撥水性を付与する方法を探りました。シリコンやパラフィンなど環境負荷の低い物質を使った撥水加工や、ハスの葉の構造を模したネオシードなどの「PFCフリー」と呼ばれるもの作りにチャレンジしたのです。
しかし、PFCフリーの撥水性は、PFCと比べて水や油を弾く力や機能の持続性に課題が残りました。
そのため、機能と環境配慮の絶妙なバランスの自然にやさしいもの作りが重要です。絶妙なバランスを取りながら、もの作りしているアウトドアメーカーのマムートの宇津木さんに話を訊いてみました。
命のリスクをみながら、製品のPFCフリー化を進めるマムート
「フィールドで身を守るために撥水性は大事」と語る、マムートの宇津木さん。
レインウェアやソフトシェルに撥水性がなくなると、表地が濡れて水を含んだ状態になり、まるでサウナスーツを着ているようになります。水を含んだ表地は体から出た蒸れを透湿しづらくなり、ウェア内の温度と湿度は上昇。
やがて内側に結露が付くようになり、中に着ているウェアを濡らします。
ウェアを濡らす汗は、運動などによって高くなった体温を下げるという大切な役割があります。
しかし、濡れたウェアが肌に付いている状態は、汗がずっと肌に残っているのと同じ状態で、体温を下げ続けてしまうのです。体温が下がり続けることで体調を崩してしまうリスクが高まり、最悪の場合は死につながるケースもあります。
低体温によるリスクから体を守るためにも、撥水性は非常に重要なのです。
クライミングロープの製造から始まり、スイスにそびえたつアイガーでもプロダクトの開発研究を行ってきた160年の歴史をもつマムートは、撥水性の重要性を十分に実感しています。
そして、環境への配慮も忘れていません。
持続可能な社会と環境を目指した「WE CARE」という活動のなかのひとつとして、2025年までに全製品の95%をPFCフリーにするといいます。
この活動のなかでPFCフリーになった製品のひとつが「Ultimate VII SO Hooded Jacket」です。
Ultimate VII SO Hooded Jacketは、トレッキングから雪山まで活躍するマムートの定番ソフトシェル。GORE-TEX INFINIUMを使用することで高い防風性と透湿性を両立しており、重量以上に柔らかく軽い着心地はとても快適です。
宇津木さん「生地の絶妙な厚みと、剛性があるのにアクティブに動けるストレッチ性がいいんですよ。撥水性もしっかりあって、透湿性も高いので、雪山の行動着として使えるソフトシェルで、これ以上快適なものは今のところ知りません」
ロングセラーだからこそ、環境配慮も実現する
アウトドア愛好家からのフィードバックを受けて、今シーズンは7回目の改定バージョンといいます。
もちろん、機能や使い心地の追求だけではなく、自然にやさしいもの作りになっています。
表地にはシリコン系の撥水加工を施したPFCフリーで、表地も裏地も100%リサイクルポリエステルを採用。
繊維業界において環境、労働、消費者の観点における持続可能なサプライチェーンを経た製品に付与されるブルーサイン認証も取得。
素材、製造行程の両方において、環境への配慮がなされたアイテムなんです。
Ultimate VII SO Hooded Jacketをはじめ、マムートのアパレルのPFCフリー率は86%(2022年10月時点)。
他のカテゴリーでは、
・ アクセサリー95%
・ スリーピングバッグ89%
・ ロープ67%
・ バックパック83%。
と高い割合でPFCフリー化を実行。
命のリスクが高いロープなどのカテゴリーは、機能と自然環境のバランスを慎重にみながらPFCフリーへと移行しているといいます。
体を守る撥水性を維持しながら長く使うための簡単なメンテナンス
宇津木さん「メンテナンスをすると、しっかり撥水性が持続して、ウェア自体も長く使ってもらえますよね。環境に配慮したアイテムを選ぶことはもちろん、メンテナンスの重要性も知ってほしいです」
レインウェアやソフトシェルを着用したあとには、泥や皮脂汚れを洗い落とすために洗濯をしましょう。汚れが付いたまま保管すると生地が劣化しやすく、撥水性や透湿性といった機能を阻害する要因になります。
そして、撥水性をケアも忘れずに。水を弾かなくなってきたら、市販の撥水スプレーなどを使って機能をメンテナンスしましょう。
たったこれだけのことで、撥水性に大きな違いがでます。
できれば、洗濯洗剤も撥水スプレーも環境への負荷が少ないものの選択をお忘れなく。
宇津木さん「メンテナンスしながら使うと愛着がわいてきます。愛着がわいたウェアは大切に使いたくなりますよね。ひとつのものを長く使うのも自然へのやさしさのひとつだと思います」
自然にやさしいPFCフリーと体を守るためのメンテナンス
今回は撥水性の加工方法に注目してみました。同じ撥水でも加工方法によって、自然ヘのインパクトが変わってきます。しかし、自然へのインパクトばかり気にしていては、フィールドでの安全性に欠けてしまいます。
大事なのは「機能」と「自然へのやさしさ」のバランス。
持続性が弱いといわれている「PFCフリー」の撥水性も、メンテナンスをすることで、体を守る機能を維持しながら長く安全に使えます。
撥水の加工方法まで登山専門店であまり確認できませんが、その方法ひとつで自然へのインパクトが変わります。「PFCフリー」かどうかは、メーカーWEBサイトに記載されていますので、気になるレインウェアやソフトシェルがあれば、ぜひ参照してみてください。
文: 大堀 啓太
写真: 後藤 武久
イラスト: 大西 土夢
編集: 大迫 倫太郎(YAMA HACK)