ジェリー鵜飼さんとシュラフ
第3回
自然と対峙する登山という行為を支えてくれる山道具。それらは優れた実用性と機能性を兼ね備え、日々進化し、今日も登山者の心を豊かにしてくれている。ここではそんな山道具と人との関係性に注目し、誰かの日常に欠かせないものとなっている山道具を取り上げて紹介していく。
トレイルヘッドの傍に暮らすような、自由を感じる家
心の風景を切り取り、描くための環境を大切に
招かれたのは高台に建つ一軒家。遮るもののない明るい日差しと、開放的で大きな窓から入ってくる気持ちのいい風にもてなされ、家の中にお邪魔していることを一瞬忘れてしまう。
「僕にとってはアトリエであり、家でもある。仕事と外遊びとの関係にもいえることだけど、内と外との境界線が曖昧になっているとでもいうのかな。山に行けないときでもフラストレーションを溜めないで済むのがいいですね」
ジェリー鵜飼さんはウルトラライト(以下UL)ハイカーであるとともに、イラストレーションをはじめ、カタログや広告のアートディレクションやデザイン、執筆なども手がける多才なクリエイターだ。やはり暮らしのスタイルにもこだわりと遊び心を感じる。
ひとつひとつに物語が詰まっていそうな道具たち
そこかしこに山やアウトドアにまつわるものが飾られ、どこか海外の山小屋のような雰囲気。庭先がそのままトレイルに繋がっているのではと錯覚をしてしまうほどだ。
「庭もベランダも、敷地内のスペースはけっこう活用してます。天気がいいときは『今日は外でごはんたべよー』と娘からいってくることもありますよ」
リビングのテーブルでもソファでも、折りたたみチェアを置いたベランダや庭先のベンチでも。あらゆるところで寛ぎつつも創造性を発揮できそうな空間だ。
自分との折り合いを見つければ、軽い道具でも事足りる
日本ではあまり見かけない「ブルックスレンジ」のシュラフ
鵜飼さんがソファで寛ぎながら半身だけ潜り込んでいるのは、胸から下だけをカバーするシュラフ。いわゆる「半シュラ」と呼ばれるものだ。
「かさばらないし軽いので、どこにでも気軽に持っていけます。車に積んでおけば、急な車中泊でもなんとかなるし。娘の身長なら、まだまだ余裕でフルサイズのシュラフとして使うこともできますね」
半シュラは上半身にダウンジャケットなどの防寒着を重ねることで、寝具として機能する。1グラムでも装備を軽くしたいクライマーがビッグウォールの途中でビバークするような、そんな用途に特化したものなので、単体で使うには保温力が十分とはいえない。
しかし近年ではULハイカーやトレイルランナーなどにもその軽量性と合理性を見出されており、ストイックに寝具の軽量化を考える時の有効な選択肢のひとつになっている。鵜飼さんもこれを山に持っていく頻度がいちばん高いようだ。
「ザックが閉まらないくらい荷物でぎゅうぎゅうになってしまうのは嫌なので、このコンパクトなシュラフが性に合います。確かに寒いこともあるけど、山で泊まることを繰り返し経験をしてきたいまとなっては、一晩ぐらい眠れなくても平気。朝まで耐えられればいいや、くらいに割り切れるようになりました」
シンプルに徹したつくりのため、フルサイズかつフード付きの分厚いものと比べると、わざわざ取り出す感じも少なく、使うのも片付けるのも気楽。それでいて必要最低限の暖かさを提供してくれる。非常にUL的なシュラフが、山でも生活でも鵜飼さんのよき相棒となっているようだ。
軽やかに自由でいるために、ハイクが教えてくれたこと
UL装備のなかでひときわ目を引く大きなヘッデンは12時間の夜道歩きを想定してのもの
「とにかく歩くことが好き。一歩一歩、山を足裏に感じながら歩く時間は自分にとって何か特別なもの。考えごとをしていたはずなのに、気がつくと無心になって歩いていることもあって、まるで禅の修行のように感じたりもします。奥多摩駅から長野県の川上村まで一晩中眠らずに歩いたこともありますね」
山での大変そうに思える経験のこともさもなさげに伝えてくれるので、一見おおらかで大雑把な印象を受けるが、決してそれだけではない。山道具を見せてもらっていると、状況に応じたむしろ慎重な取捨選択をしていることがうかがえる。
「例えば雪山においての靴の選択や、ピッケルとアイゼンのような命に関わる道具については、軽さより性能や耐久性のほうを重視したくなります。山行や目的によって道具に求めるものも変わってくるのが自然だし、山の心配ごとに対して心を軽くして臨むというのが、ULハイキングが本来目指すところなんだと思います」
山を歩くなら荷物は軽いほうがいい。言ってみれば心配ごとだって重さになる。常に自分にとって何が本当に必要か。無駄な重さはどれだけあるか。軽やかに自由でいるためには、よく考え、試行錯誤を続けていくことが必要だ。それは道具のことに限らず、生きていくことそのものに思いを巡らせることにも繋がるだろう。
鵜飼さんの心に住む、哲学的なジェリー・マルケス
人はそれぞれ。無理せずそれぞれが楽しめばいい
今年4歳になった鵜飼さんの娘・六花ちゃん。一緒に山に行くこともあるようだが、ハイカーの娘だからという何か特別な思いもあったりするのだろうか。
「娘は背負子に乗せられるのは嫌がるようになりました。でもまだ歩くのがすごく楽しい、とまでは思っていないみたい。基本的に自然は好きみたいだけど、そのうち自分で行きたがるようになるのかな? 無理に連れていくようなことはしないですね」
心地よい環境でのびのびと育つ愛娘の六花ちゃん
価値観を他人に押し付けず、それぞれが自分らしければそれでオーケー、といったリラックスした肯定感のようなものを鵜飼さんと接していると感じる。その許容力を裏付けるのは強さであり、ULハイクを通して真摯に自分らしさと向き合ってきたからこそ得られたものではないだろうか。
「足るを知る者は富む」という言葉がある。何が自分にとって本当に必要かを知って、自分は満たされていると気づける者は豊かだ。
ニュージーランド、ロイズピーク(撮影:ジェリー鵜飼)

ジェリー鵜飼 Jerry Ukai
1971年生まれ。静岡県出身。ウルトラライトハイカー。アウトドアメーカーやファッションブランドのカタログや広告のディレクション、企業ロゴ、ビジュアル提供、またCDジャケットデザインなど様々なシーンにて活動中。アートユニット「ウルトラヘビー」のメンバーとしても精力的に作品を生み出している。近年は執筆活動も盛ん。
instagram: @jerry_ukai
text: Tomoya Arai
photo: Misa Nakagaki
edit: Rie Muraoka(YAMA HACK)