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高山植物の花園や紅葉に染まる山肌……絶景が盛りだくさんの乗鞍岳

乗鞍岳は北アルプスの南端にあたり、長野県と岐阜県の県境にまたがる独立峰。最高峰である剣ヶ峰(3026m)を筆頭に、富士見岳(2817m)・大黒岳(2772m)・魔王岳(2764m)など複数の山(連峰)から構成されるコニーデ型(円錐型)の死火山です。
地勢上は独立峰ですが、槍ヶ岳(3180m)・奥穂高岳(3190m)などと共に中部山岳国立公園南部地域に含まれており、北アルプスエリアの山として捉えられることが一般的。実際に、近くにあり穂高連峰を背景に梓川が流れる日本有数の山岳リゾート・上高地とセットで訪れる人も多い山です。
夏は高山植物の花園

乗鞍岳の登山口・畳平には隣接してお花畑が広がっており、1周約40分程の遊歩道で周遊可能です。例年7月上旬~8月中旬にかけては、ハクサンイチゲ・ミヤマキンポウゲ・クロユリなどの高山植物が可憐な花を咲かせる花園となります。
また、剣ヶ峰へ向かう登山道沿いは他の高山植物が生育できないガレ場(岩がゴロゴロした道)や砂礫地が大半ですが、この厳しい環境下でもたくましく花を咲かせ高山植物の女王とも呼ばれるコマクサの群落を見ることもできます。
秋は紅葉に染まる山肌

乗鞍岳は秋の紅葉も見事です。高山にしか生育しないハイマツの緑にナナカマドの赤やダケカンバの黄色が映え、山肌が錦模様に染まります。例年の見頃は9月下旬から。そこから徐々に見頃の標高が下がり、中腹の乗鞍高原では10月中〜下旬まで紅葉を楽しむことができます。
乗鞍岳が初めての3000m峰登山にオススメな2つのワケって?

乗鞍岳が初めて3000m峰へチャレンジするのにおすすめな理由は、標高差が小さく歩行距離・歩行時間が短いコースで登頂できるから。そのキーポイントとなるのが以下の2つの条件です。
標高2702mの畳平まで歩かずアクセス可能!

乗鞍岳へのメイン登山口となるのが、標高2702mの畳平(たたみだいら)です。この畳平へは長野県側から乗鞍エコーライン(営業期間:例年7月上旬〜10月末)、岐阜県側から乗鞍スカイライン(営業期間:例年5月中旬〜10月末)の2つの山岳道路が延びています。
いずれもマイカー規制のため、シャトルバスや通行許可されたタクシーなどに乗車する必要はありますが、富士山でいえば吉田口七合目に相当する標高まで歩くことなくアクセスすることができるのです。
往復約3時間というショートコースで登頂可能!

畳平から乗鞍岳最高峰・剣ヶ峰は往復約5km、標準コースタイムであれば登り約1時間40分/下り約1時間10分の所要時間で、累積標高差も420mほどです。これは例えば高尾山の1号路(往復約8km・登り約2時間10分/下り約1時間30分・累積標高差約430m)よりも小さい数値です。
北アルプスの3000m峰はその多くが歩行距離・歩行時間が長く累積標高差も大きいため、日帰りすら難しい山が多数。そんな中で、約半日のコンパクトなスケジュールで登ることができるのも、乗鞍岳の大きな魅力です。
実際に乗鞍岳へ登ってみよう!

コース概要
畳平(40分)→肩ノ小屋(60分)→乗鞍岳(剣ヶ峰)(35分)→肩ノ小屋(35分)→畳平

畳平から南を見ると、左手前に富士見岳・右奥に摩利支天岳があり、その間に旧乗鞍コロナ観測所の白いドームが見えます。お花畑を右手に見ながら、岩が階段状に積まれた登山道を上っていきます。

登山道を上り詰めると、目の前に現れるのが不消(きえず)池です。かつて火山であった乗鞍岳には多くの池が点在していますが、唯一の氷食湖(氷河が侵食してできた窪地に水が溜まったもの)で、池畔の雪渓が一年中消えないことから名付けられました。

不消池から先は、富士見岳と摩利支天岳の中腹をトラバース(横断)するように続く、歩きやすい平坦な車道が続きます。肩ノ小屋の裏手には、国立天文台が設置したコロナ(太陽大気)観測所の白いドームが残っていますが、2010年に観測活動は終了しています。

肩ノ小屋からは、いよいよ本格的なガレ場の登山道となります。乗鞍岳ではもっとも高所にある権現池を見下ろしながら、朝日岳(2975m)の東斜面につけられた巻道を上っていきます。

蚕玉岳(こだまだけ・2979m)の山頂に立つと剣ヶ峰は目の前。頂上小屋の建物や朝日権現社の鳥居などが見えてきます。

乗鞍岳頂上小屋まで来れば山頂まであとわずかです。宿泊営業は行っていませんが、登頂記念品の売店と乗鞍岳の自然を伝える自然観察ギャラリーが開設されています。

いよいよ標高3026mの乗鞍岳剣ヶ峰山頂です。朝日権現社の祠が安置されており、南には大日岳(奥ノ院・3014m)が連なっています。さらにその奥には今なお火山活動を続ける独立峰・木曽御嶽山(3067m)や、空気が澄んでいれば日本最高峰・富士山(3776m)の山頂部分が見えることも。

北側を振り返れば歩いてきた道のりの背後に、槍ヶ岳(3180m)や奥穂高岳(3190m)を主峰とする穂高連峰など、北アルプス南部を代表する名峰が連なっています。
日本一カンタンと侮るなかれ!3000m峰ならではの注意点も

前述の通り、歩行距離・歩行時間・累積標高差などの数値だけなら、高尾山よりもカンタンに感じる乗鞍岳。しかし標高3000m超の山だからこそのリスクもあり、決して侮ってはいけません。特に注意したいのが以下のポイントです。対策とあわせてチェックしておきましょう。
ガレ場での転倒

乗鞍岳が位置する北アルプス周辺では標高2500m前後が森林限界となり、それより上部はハイマツ・灌木・高山植物などの低草木しか生育できません。それ以外の斜面は基本的に岩が累々と積み重なったガレ場となっています。
乗鞍岳の場合は特に肩ノ小屋から上部のガレ場で注意が必要。不規則な段差や浮石が原因でバランスを崩し、転倒・負傷するという山岳遭難事故が多発しています。特に登頂を果たして気が緩みがちな下山時には注意が必要です。
ガレ場では浮石を踏まないようにしながら、一歩一歩を小股にして歩くのがポイント。またソールが柔らかく足首の自由度が高いローカットのハイキングシューズは不安定な着地になりやすいため、ある程度ソールの硬い、ミドルカットかハイカットの登山靴がおすすめです。
強風雨による低体温症

一般的に気温は標高1000m上昇するごとに6℃低下、さらに風速が1m/s強まるごとに体感気温は1℃低下します。すなわち仮に山麓の松本市(標高約600m)の気温が30℃でも剣ヶ峰では約16℃となり、そこに5m/sの風が吹くと体感気温はわずか11℃しかありません。
このため天候次第では、真夏でも低体温症のリスクがあるのです。速乾性の下着やレインウェア・スパッツなどの正しい着用で身体を濡らさないようにするだけでなく、フリースやアクティブインサレーションなど防寒性を備えたミドルレイヤーも持参するようにしましょう。
あまりに風雨が強い場合は、低体温症に加えて濡れたガレ場でのスリップの危険性も高まるため、剣ヶ峰への登山を控えることが賢明です。
高山病

乗鞍岳のように「乗り物で標高が高い場所まで行ける」山で、特に注意が必要なのが高山病です。標高3000m地点の酸素濃度は平地(標高0m)の約70%程度にまで減少し、気圧も低下。高山病はこのような高所の環境変化に身体が追いついていない場合に起こります。
体調や個人差もありますが、例えば同じ3000m峰である槍・穂高連峰の人気ルートは標高約1500mの上高地から1〜2日かけてゆっくり上るため、低酸素・低気圧の高所環境へと徐々に身体を順応させやすく高山病は起こりにくい山です。
いっぽう乗鞍岳の場合は、標高約1450mの乗鞍高原や標高約1240mのほおのき平から標高2700mを超える畳平まで、シャトルバスなどに乗車して1時間足らずで行けてしまうため、身体がすぐに高所環境に順応できず高山病リスクが高まってしまうのです。

高山病でほぼ必ず起こる症状が頭痛。さらに食欲不振や吐き気・嘔吐などの消化器不調や、めまいや立ちくらみなどの感覚障害、疲労感や脱力感をともなうこともあります。これらの症状を放置して高所に滞在し続けると、脳浮腫や肺水腫など生命に関わる症状に悪化することもあり油断は禁物です。
登山前に実践可能な予防法としては、標高が大きく変化する(酸素濃度や気圧が急激に低下する)乗鞍エコーライン・乗鞍スカイラインの山岳道路を移動中の車中で寝ない(浅い呼吸にならない)こと。ここでは深い呼吸を意識したり、同行者と車内で談笑するだけでも効果があります。
また畳平に到着したらすぐに登山を開始するのではなく、最低1時間程度は周辺で休憩・散策しながら高所順応することも有効です。
登山中も“お腹がぺたんこになるまで息を吐く”ことを意識して、深い呼吸を心がけることが重要です。それでも症状が出てしまい改善しないようであれば、無理に登山を続行せず早めに帰路のバスで下山しましょう。標高の低い場所へ速やかに移動することが、高山病の最も効果的な治療法なのです。