赤岳で有名なマムート階段、見たことある?
長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳。夏のにぎわいはもちろんのこと、冬季も多くの登山者が訪れる人気エリアです。
そんな八ヶ岳を代表するのが主峰の赤岳。長野県側から赤岳を目指したことのある人は、道中でマンモスマークの階段を見かけたことがあるのではないでしょうか。
この階段を設置しているのが、南八ヶ岳の懐にある通年営業の山小屋「赤岳鉱泉」と、創業から160周年を迎えたスイスの老舗アウトドアブランド「MAMMUT(以下、マムート)」です。
階段があるのはここ

マムート階段があるのは行者小屋から赤岳へ向かう途中の「文三郎尾根」と赤岳鉱泉と行者小屋の間にある「中山乗越」付近。
比較的アクセスしやすいと言われる赤岳鉱泉ですが、それでも山中に階段を作るとなると大変な労力がかかります。
一体どうやって?そして、どんな思いでこの階段を作っているのか、ツアーに参加して話を聞いてきました。
「山を守り、安心して訪れてもらうために」
さっそく階段を見に行ったのは赤岳鉱泉と行者小屋を結ぶ中山乗越の中腹。赤岳鉱泉から10分ほど歩くと、凹地にいくつもの階段が見えてきました。
真剣な眼差しで話してくださったのは、マムートの宇津木 正太さん。

上を見上げると、崩落した斜面がむき出しに。ザレた土砂が登山道まで流れ込んできています。

そのままではさらに道が荒れてしまいますし、浮石で登山者が転倒する可能性もあります。土砂の流出を防ぎ、登山者が安心して歩ける道を作るために階段の設置をしました。
山が荒れることを自分ごととして捉える
山が荒れる大きな要因が、昨今増えてきたゲリラ豪雨や長期的な大雨です。
地球温暖化により気温が上がると、大気中の水蒸気が増え、必然的に雨は増加。そして長く強い雨が地盤を緩ませ、土砂崩れを発生させると言われています。

だからこそ、登山を楽しんでいる人は少しでも温暖化や環境の変化について考えてほしいと思っています。
安全に山を楽しみ続けてもらうため、マムートは赤岳鉱泉と協力して山を守っていく活動をしているようです。
地道だからこそ、やり続けていく!
できるだけたくさん階段を設置したいとはいえ、ここは奥深い山の中。木の階段を設置するといっても、その作業は簡単なものではありません。
階段の材木はひとつ20kgほど。麓の資材場から担いで登り、階段を設置する場所をスコップで整地。穴を掘って材木を埋め込み、最後に流されないように1mほどの長さの杭を打ち込むそうです。その作業の大変さは、想像にたやすいのではないでしょうか?

今年は10月頃に公募を予定しています。人手が多いほど作業は進みますし、より丁寧に作れますから。地道な作業ですが、継続していくしかないですね。
1度に設置できる本数は決して多くはないかもしれませんが、1年、2年と活動を続けていくことがもっとも大切なことだと感じました。
山小屋、ガイド、ブランドの役割とは?
また、今回ツアーに同行した、マムートのアドバイザリースタッフを務める国際山岳ガイドの熊田光治さんはこう語ります。
これは赤岳鉱泉に限らず、国立公園や国定公園などの自然保護区に指定されているエリアの山小屋はこういったところまで気を配っています。普段何気なく歩いている登山道も、こうした苦労の上で成り立っているんです。

ただ整備を行えば良い、というわけではなく、さまざまな報告や関係各所との調整も重要なことなんです。
例えば、同じ八ヶ岳でも山小屋同士で範囲を決めて登山道を管理しているそうです。「赤岳鉱泉より上の山小屋には常に人がいるわけではないので、道の状況を報告することもガイドの仕事」と熊田さんは言います。


そんな「八ヶ岳を守っていこう」という赤岳鉱泉の姿勢にブランドとして共感し、パートナーシップを結んでいます。
山小屋、ガイド、ブランド、それぞれの立場は違えど「山が好きな人」として、多くの人が安心して山を楽しむための活動を協力して行ってくれることを頼もしく感じました。
環境にやさしい「水力発電」の山小屋を目指して
登山道の整備だけでなく、赤岳鉱泉では環境に配慮した運営方法が取り入れられています。
その代表例が電力のまかない方。アルプスなどの山小屋へ行ったことのある人は、小屋から“ドドドドド”と鳴る発電機の音に聞き覚えがあるのではないでしょうか。
しかし、赤岳鉱泉ではこうしたエンジンに頼らず、「水」による電力の供給を実現しています。
ということで、向かったのは八ヶ岳の豊富な水が流れる北沢の林道終着地点。ここに赤岳鉱泉の電気を生み出す「水力発電」の設備があります。
20年前にはじまった前例のないチャレンジ
赤岳鉱泉の当主・柳沢太貴さんにお話を伺いました。

やはり水が豊富な北沢が近くにある立地が大きく、水力発電ができている山小屋は赤岳鉱泉が日本で唯一だと認識しています。
きっかけは20年前に国の事業で水洗トイレを作る話が持ちあがったこと。赤岳鉱泉のトイレは浄化槽式で、バクテリアを活性化されるためには24時間電気を稼働して保温する必要がありました。
そこで、エンジン式では資源的負担が大きいため、水力発電に踏み切ったと言います。
どういう仕組みなの?
水力発電はこのような流れになっています。
①北沢の流れを食い止め、ダムを作る
②長さ2~300mのパイプを通じて、ダムの水をモーターへ流す
③内部に水車状の装置が入ったモーターに水が流れることで、水車が回って発電
④その電力を、長さ2kmのケーブルを経由して赤岳鉱泉へ

手はかかりますが、ガソリンを使ってエンジンを回すよりも経済的だと思っています。
山小屋で過ごす人たちに快適を
しかし、現段階で冬季営業はエンジン式発電機に頼らざるを得ない状況だと言います。

そのため、冬季は水力発電を軸に足りない分をエンジンで補完した運用をおこなっています。
夏場の電気を水力発電でまかなっているだけでも十分スゴイですが、まだまだ柳沢さんの挑戦は止まりません。


一緒に小屋を運営するスタッフや八ヶ岳に訪れる登山者への思いやりが言葉にあふれる柳沢さん。そんな柳沢さんが運営している赤岳鉱泉にも、登山者を迎えるためのさまざまな用意がなされていました。
登山者をもてなす赤岳鉱泉の取り組み
いよいよお待ちかねの赤岳鉱泉へ。筆者は幾度となく八ヶ岳に来ているのですが、泊まるのは今回が初めて。
心を躍らせながら、館内を探検してみました。
徹底した感染対策
まず驚いたのが、すべての部屋に換気扇が備わっていること。最近取り付けられた様子だったので「もしや」と思い聞いてみると、新型コロナウィルスの感染対策として急遽設置したようです。
部屋やトイレの各所には、アルコールスプレーが完備されています。
ダイニングのテーブルには飛沫防止のアクリル板が設置。
このような感染対策も街では当たり前かもしれませんが、山小屋で用意することは簡単ではなかったはずです。
なんといっても食事が美味しい!
そして、お待ちかねの食事の時間。なんと言っても有名なのが夕食のステーキです。
これは赤岳鉱泉3代目当主(柳沢太貴さんのお父さん)の「山で美味しい物を食べてほしい」と思いを、受け継いでいるもの。この絶品料理を目当てに泊まりに来る登山者も多いと聞きます。
売店には豊富なお酒やおつまみが。なんとクラフトビールまで売っています。
外の軽食コーナーはメニューが豊富!カレーも6種類もの中から選べました。これはテント泊の人も嬉しいです。
安心して泊まれる徹底した感染対策、美味しく豊富な食事など、何度も訪れても飽きさせない思いやりの溢れる山小屋でした。
山のために”自分が”できることはなんだろう
ツアーに参加して感じたのは「山を守っていきたい」という、赤岳鉱泉とマムートの揺るぎない思い。山小屋とブランド、それぞれ立ち位置は異なりますが、同じ思いに向かって手を取り合っている姿には「これからもここに来たい」という安心感すら感じさせました。
自分ができることをまずは続けていく
「赤岳鉱泉とマムートの登山道整備は、いずれ山頂まで繋がるはず。継続は力なり。」
重みのある口調で話された熊田ガイドの言葉が印象に残っています。
山を守るために私たちができることも、ちょっとした積み重ねが大事なのかもしれません。冷房の気温を1度だけ上げてみたり、ペットボトルはなるべく買わないようにしたり、ゴミは分別したり……。こうしたわずかな継続が、いずれ大きな力になるはずです。
「自分ができることを続けていく」。その積み重ねが大切だと感じたツアーでした。