登山&グルメ漫画 『山と食欲と私』の作者・信濃川先生にインタビュー
巷で話題の登山&グルメ漫画『山と食欲と私』をご存知ですか?
単独登山女子である主人公・日々野鮎美が、山や人との関わりあいの中で成長していくストーリー。登山の様子はもちろん、山ごはんを美味しそうに食べる鮎美ちゃんの表情がたまりません。見ているだけでワクワクしてくる、魅力的な作品です。
今回は、作者である信濃川日出雄先生へのインタビューが実現。山への想いや漫画を通して伝えたいこと、これからの展望などを語っていただきました。
『山と食欲と私』の作者・信濃川日出雄先生
2001年デビュー、北海道在住の漫画家。代表作『山と食欲と私』は累計発行部数160万部を超える大人気漫画(2021年6月時点)。現在も「くらげバンチ」(新潮社)にて好評連載中。過去に『fine.』『茜色のカイト』『少年よギターを抱け』など様々なジャンルの作品を発表している。
2021年6月28日に公式登山ガイドブック『鮎美ちゃんとはじめる山登り』を発売。
同7月8日には最新14巻も!
読んだら作りたくなる!作中に登場する一押しの”山ごはん”
まずは、『山と食欲と私』(以下『山食』)を語る上で外せない、鮎美ちゃんが美味しそうに頬張る”山ごはん”についてお話を伺いました。
── 初めまして。今日はお時間をいただきありがとうございます。早速ですが…作品に登場する山ごはんはご自身が山で食べているものですか?
先生
「細かくレシピを考えて山でしっかり調理する」ものもあれば、「家で食材を下準備して行ったり、現地で手に入れた様々な食材を組み合わせる」ということもあります。
── そうなんですね。調理器具についてはどうでしょうか。例えば、メスティンって最初に『山食』に登場した頃はまだ知る人ぞ知るアイテムでしたよね。ご自身で愛用していたんですか?
先生
── 実は、私も『山食』を読んでメスティン買いました!
先生
作中に登場する道具は、自分で使ってみたものの中から選んで描いていることが多いです。
先生
人は慣れたり飽きたりしますけど、誰にでも初めての瞬間はあるので…、その瞬間のあのトキメキから軸はブレないよう連載開始当初から一貫して描いています。
信濃川先生、おすすめの味は…?
── これまでで「これが1番美味しかった」っていうメニューを教えてください。
先生
── もちろんです。読者から反響のあったメニューとかはいかがですか。
先生
最新話が公開されるとすぐ「作りました」ってメッセージくれる方もいるので、僕の方が「もう作ったの!?」って驚きますよ。
(…先生、一生懸命考えてくれています)
── どうでしょう。1番美味しかったメニュー決まりました?
先生
あとは「ミックスナッツのペペロンチーノ」(4巻35話)も美味しいです。
「おふもち焼き」(9巻92話)「ぎゅうパンチョコバナナ」(11巻119話)もいいですねぇ。
どれも美味しいので「コレ!」っていうのが言えないですね。笑
先生
── 「おしるこウィンナー」…そのメニューは味が想像できなさすぎて、まだチャレンジできていないんですよ。どんな味なんですか?
先生
あんことウィンナーの組み合わせに対して疑問を抱く人も多いんですけど、結構いけると思いますよ。山ごはんとして必要とされるカロリー的には完璧です。
鮎美ちゃんが失敗した料理は、リアルに微妙な味
── たまに鮎美ちゃんが「変な味」…っていう表情をする時があるじゃないですか。そのメニューっていうのは実際に微妙だったりするんですか?
先生
「『山と食欲と私』で紹介されていたレシピを作ってみた」という感想もたくさん見かけるんですが、実はレシピを紹介しているつもりはないんですよ。
「山との関わりの中で、こんなご飯を食べた」ということを、鮎美のエピソードのひとつとして描いているんです。
だから、美味しくないご飯も食べますし、失敗もします。
── 確かに、いつも美味しい料理を作れるわけじゃないですよね。メニューを考える時に心がけていることなどありますか?
先生
他にも食材を変えれば応用が効くということも大事にしていて、料理の内容よりも、手法が被らないようにっていう意識はしています。
── なるほど。手法が被らないようにメニューを考えるのは、とても大変そうですね。
先生
常に美味しくなければいけないのだろうか…食べられれば味なんて適当でいいんじゃないかと、開き直りたい気持ちはあります。
『山食』ウラ話!漫画誕生のきっかけは連載打ち切りだった
── そもそも、『山と食欲と私』の連載のきっかけってなんだったんですか?
先生
元々、僕は他社でまったく違うジャンルの作品を連載していたんですよ。そこに、現在も連載しているWebサイト「くらげバンチ」の編集者さんから声をかけていただいて(※当時は週刊コミックバンチ)。
ただ、「島を舞台にした漫画を描きませんか?」だったんですけど。
── 「島」ですか!?
先生
── それっていつ頃のことですか?
先生
この屋久島への取材が、自分の単独登山デビューでした。

── 単独登山デビューでいきなり屋久島!
先生
それから数年経って2015年ごろ、僕が他社で2つの雑誌に描いていた連載が、それぞれの都合で同時期に打ち切りになってしまったんです。
── まさかの連載打ち切りがきっかけだったんですね。
先生
ネタやアイデアがたまっていて、満を持して山やアウトドアを題材にしたものを形にしましょう、ということになったんです。
── それで鮎美ちゃんが誕生したんですね!
先生
趣味で山に登っている時に、単独で登山をしている女子を見かけていて、それが面白いなって感じていたことが原型にありますね。
山での取材はネタの宝庫!?
── 実際に、山へも取材に行かれているとのことですが、その様子を教えてください。二週間も行かれることもあるとか…。
先生
でもずっと山に篭りっぱなしというわけじゃないですよ。ひとつの山につき2泊~3泊とかが多いです。
山に行って、一旦降りてきて電車で移動してまた違う山に登って…が基本。それに街も歩きます。
山の麓の街を知るのも大事なポイントです。
先生
── 取材などでの実際の経験やエピソードも描かれているんですか?
先生
ふとした拍子に自分の経験から膨らんで、エピソードに落とし込んだり…かなり具体的に元ネタがあることもあります。
── 実話が元になっているエピソードをひとつ教えてください。
先生
連載当初、担当編集者と山に行った時に、彼が慣れない手つきでチーズフォンデュに挑戦して、実際に生でボリボリ食べていました。
その様子がおかしくて、本人には申し訳ないですがネタにさせてもらいました。笑
── え〜!!あれが実話だったとは…。笑
先生
山をテーマにした作品だから責任の重さも感じる
『山食』が世に出るきっかけは、まさかの連載打ち切りでしたが、結果的にそれが今の人気につながっているんですね。現在ではすでに登山歴10年以上となっている信濃川先生。
初めての登山はどんなところだったのでしょう?
── 元々、山に登りはじめたきっかけってなんでしたか?
先生
それがきっかけで、趣味として登山をはじめる事になりました。
── 誘われた時は、山に登るっていうことに抵抗などはありませんでした?
先生
僕自身、新潟の野山に恵まれたド田舎の出身だし、東京生活に疲れて自然恋しい時期でもあったんですよね。
子どもの頃は遠足登山が好きだったり、山に入って遊んでいたので、山に登る事自体に抵抗はなかったです。
── 久しぶりの山登り、どうでしたか?
先生
「自分たちはなんて体力がないんだ。このままではいかん!」と意識が向いた、いいきっかけにもなりました。
── 高尾山の後に、定期的に山へ行くようになったんですね。
先生
妻(当時は結婚前)と富士山に登ったり、友人たちと奥多摩や丹沢、谷川岳に行ったり、時間のある時に楽しんでいました。
『山食』をやりきってひとつすごい作品を残したい!
── 鮎美ちゃんも色々な山に登っていますが、登る場所はどのように決めているんですか?
先生
連載が進むにつれて、全国を旅して山に登る「山旅」漫画にしたいって思うようになっていきましたね。
なので、今は北に行ったら次は南、みたいに交互に行くようにしています。
── まだ行っていない県もあると思いますが、最終的にはどうなるんでしょう?お答えいただける範囲で教えてください。
先生
例えば、九州ならくじゅう連山がこれまでに登場していますが、次は違う山・地域に行くっていうようなことですね。
全国各地を網羅して行ったらこの作品が完成した頃にはどうなるのかなって。
それをやりきったら、ひとつすごい作品を残せるんじゃないかっていう目標はあります。
登山者に伝えたいのは「無事に帰ってきて欲しい」ということ
── 取材も含めてこれまで登った山で1番好きな山があれば教えてください。
先生
でも普段からよく登っている山は、地元・札幌の「藻岩山」。
去年から取材に行けていないので、今は体力づくりのために散歩がてら登っています。
── 確かに、今は山に行きにくい状況ですよね。『山食』を読むことで山に行けないストレスを減らせたり、”山ごはん”を自宅で作って気分を味わっている読者の方もいると思います。
どんな想いを込めて作品を描いていますか?
先生
コロナ禍ということもありますが、今って社会の変化が激しいですよね。
なので時代の変化だったり、世の中がどこに向かっているか、ということを常に意識しています。
そんな時代の中で「自分の人生をどう生きていくか」というテーマは人に響くと思うので、それを意識して鮎美に落とし込んで描いています。
── ライフスタイルの提唱というか…読んで終わりではなく、読んだ後に鮎美ちゃんと同じような体験をしてみたくなりますよね。
先生
その反面、責任やプレッシャーが重いものでもあります。
『山食』は、山と人との関わりや、歴史的なことや地域性など複合的な要素を絡めて、コメディとして描いています。その中で「登山」は主軸となるものですが、「登山」だけに題材を絞っているわけではなく、初心者に山の登り方を教える内容でもないので…。
── 『山食』をきっかけに登山をはじめる人が増えることは嬉しいですよね。
一方で、山の怖さを知らない初心者が山に気軽に行ってしまうことに責任や危機感を覚える、というのは登山メディアである私たちにもよくわかります。
先生
それで、まずWeb媒体の「考える人」で、山ガイド連載の『山と食欲と私 日々野鮎美の山歩き日誌』をはじめました。
── その連載を本にまとめたのが、公式登山ガイド本『鮎美ちゃんとはじめる山登り』というわけですね。
先生
ガイド本には山の他にも、「装備・道具や山選びのポイント」、「登山にひそむ危険・トラブルといった基礎知識」もメインパートとしてボリュームを割いて掲載しました。
登山初心者にまず知っておいて欲しい情報が満載です。
── どんな人に読んでもらいたいですか?
先生
一家に一冊本棚に置いてもらい、登山の初歩でわからないことがある時、鮎美ちゃんに「ちょっと聞いていい?」と尋ねるようにペラペラとめくって気軽に使ってもらうのが理想です。
── 最後に、これから登山を始めようと考えている人に伝えたいことをお願いします。
先生
あとは、漫画にすべて描いてあります。よかったら読んでください。笑
山のことや作品制作について、さらに最新のガイド本の話まで、柔らかな雰囲気で熱く語ってくださった信濃川先生。ますますファンになりました!
これからも、鮎美ちゃんを通して日本各地のさまざまな景色や山旅を楽しませてくれそうです。本日は長い時間お付き合いいただき、さらに貴重なネーム写真の公開まで、ありがとうございました。
登山初心者に読んでもらいたい!
公式登山ガイド本『鮎美ちゃんとはじめる山登り』をチラ見せ
鮎美ちゃんが登山初心者の方のために、山の基本事項と全国の山・27座を紹介する公式登山ガイド本。本編とは一味違い、装備や山の知識、ルールなど登山のイロハを知ることのできる内容となっています。
「山の紹介編」「道具・装備編」「山歩き編」の3部構成。特に山歩き編の基礎知識内容は、既存の登山ガイド本とは一線を画したもの。登山計画の立て方から山ならではのマナー話まで、実際に山に行った時に知っていてよかったと思う内容です。
そして、このガイド本だけでのフルカラー描き下ろし漫画も。なるほどふむふと、眺めているだけでも楽しい一冊です。
全国の書店をはじめ、Kindleなど電子書籍やオンラインでも購入可能。”これから登山を始めたい”と思っている人へのプレゼントにもピッタリです!