雪山での雪崩事故死亡者数No.1は登山者!過去30年分の事故から見えてきた課題とは?

2021/03/22 更新

2020年12月に『雪崩事故事例集190』という本が刊行されました。これは過去30年間に起こった雪崩事故の事例を事実に基づいて集積したもの。そこで登山者の雪崩事故について気になる事実がありました。今回はこの本の著者でもある日本雪崩ネットワーク理事の出川あずささんに話をうかがいました。

アイキャッチ画像撮影:筆者
2021年1月に山と溪谷社から出版された『雪崩事故事例集190』という本を知っていますか?

なんと過去30年間で起きた190もの雪崩事故に関する調査結果を収録。通常、雪崩に関する本といえば知識や対処法などに関する教科書的な本が多いのですが、今回は国内で初の雪崩事例集となります。

ITEM
雪崩事故事例集190
出版社:山と溪谷社
著者:出川あずさ(特定非営利法人日本雪崩ネットワーク理事)


この本を刊行した理由、そして、雪山に向かう登山者にこそ知っておいてほしいことを著者であり日本雪崩ネットワークの理事でもある出川あずささんにインタビューしました。

※日本雪崩ネットワーク・・・雪崩教育と雪崩情報、そして雪崩事故の調査などを行っている専門団体

撮影:筆者

『雪崩事例集190』とはどんな本?

まずは今回出版された『雪崩事故事例集190』について。内容は、冒頭に雪崩事故の傾向と特徴、その後は雪崩の事故事例が収録されています。

出典:『雪崩事故事例集190』より
雪崩事故に関する詳細ページには発生地点や当時の気象と積雪、雪質、地形、行動などの事実情報がこと細かに記載されており、当時の状況をイメージすることができるようになっています。

実は雪崩死亡者数のナンバー1は登山者。その理由は?

雪山登山
出典:PIXTA
国内の雪崩事故といえば、バックカントリーを滑走していて雪崩に巻き込まれた……。そんな話をよく聞きますが、本の中身を読んでみるとむしろ重大な課題を抱えているのは雪山登山者の方でした。

雪崩による死者で最も多いのは「登山者」

レクリエーションの活動区分による死者数
出典:『雪崩事故事例集190』P13、図15より(単位:人数、n=193)
過去30年分の雪崩死亡者を活動ごとに分けると、登山者が最も多く約半数、次いでスキー、スノーボーダー(以下、滑走者)の順となっています。実はこの結果は日本特有なもの。ヨーロッパでは滑走者による死亡者が最も多いといわれています。

際立つ登山者のビーコン不携帯

活動別の雪崩装備携帯の人数
出典:『雪崩事故事例集190』P12、図12より(単位:人数、n=79)
雪崩死者において登山など冬季レクリエーションの集計結果を見てみると、スキーヤーなどの滑走者は87%がビーコンを携帯。これに対し、登山者の75%がビーコン不携帯。登山者と滑走者のビーコン所持率の差はあまりにも大きいという衝撃の事実。

この他にも、発生した雪崩の種類や発生したエリアの集計など、参考になる情報がたくさん。上記のデータから気になるのは登山者の雪崩対策装備の不携帯や死者数の割合の高さ。雪崩事故は雪山に登る以上は他人事ではないのです。

では私たちのような雪山登山をする人はどのようなことを学んでいけば良いでしょうか。

雪崩教育は「事例に始まり、事例に終わる」

雪崩に関する書籍といえば、一般的には弱層テストや救助の方法、ビーコンの使い方などをまとめた教科書的な書籍が多いイメージですが、この本はあくまで事例に特化しています。その理由は本のイントロダクションにありました。

雪崩教育は「事例に始まり、事例に終わる」と表現されます。

実はこれまで日本の雪崩事故の事例は登山者や滑走者向けに整理されたものがありませんでした。

「ないのであれば作ろう」ということで、過去のデータの収集確認に始まり、雪崩被害者や関係者への取材、さらに日本雪崩ネットワーク会員が日々、集積している山岳積雪コンディションの情報、場合によっては事故現場での現地調査も行い、この本がまとめられました。

まさに緻密な情報収集の集大成なのです。

とはいえ、データ集としての色が強いこちらの本は、従来の雪崩教本とは大きく異なります。どうして事例だけに絞ったのか、また、どのように活用していけばいいかを出川さんへ取材してみました。

雪崩事故は「他者を批判する道具」ではない

出川さん
この本のポイントはファクト(事実)のみの掲載で「(結果を見て)こうすればよかった」ということは書かれていない点です。

事故が起きるまでは誰にも積雪の状態は「完全」にはわかりません。それなのに人は事故という結果に対して「起こるべくして起こった」と思い込み、それを支持する証拠のみを後付で考えていきます。

これは「後知恵バイアス」と呼ばれる考える際の一種のクセです。これに陥りますと、事故から適切な教訓を得ることができません。
ライター
青柳
後付けで「こうすればよかったのに……」って思いがちですが、いざそのシーンになったら自分は正しい判断ができてたなんて誰にも言い切れないですよね。
出川さん
ですから結果から事故を見るのではなく、事実経緯からその問題点を考えるためのデータ集にしました。事故の概略から、重要点を理解し、自分に置き換えて、どのような判断ができるかを考えてほしいと思います。
ライター
青柳
なるほど。ひとつ一つの実例が自分自身の判断力を鍛える材料になるわけですね。

実際、雪崩を起こすにいたるまでにどこかで誤った判断があると思うのですが、どのようなパターンが多いのでしょう?

数多くの正しい判断に潜む「たったひとつのミス」

出川さん
事例を読んでみるとわかると思いますが、実は事故が起きるまでは良い意思決定をしているものも多くあるのです。
最終的にたったひとつの判断ミスで雪崩を起こしてしまったというパターンもしばしばあります。
ライター
青柳
具体的な事例はありますか?
出川さん
たとえば海谷鉢山(収録事例003)の雪崩では的確に状況を把握し、撤退の判断をされていました。しかし、その後の小さいミスが事故につながってしまいました。
ライター
青柳
見落としてはいけない重要な問題点が理解できていれば、ひとつ一つの事故がどういったものなのかより詳細に理解ができるようになりそうですね。
出川さん
ただ、残念なことのはこういった事故について結果だけを見て叩く人が多い現状です。丁寧に行動を理解すれば、ある段階までは適切であったのに、なぜ、次の段階で誤った判断をしたのか?自分ならどうしたか?と考えてほしい。

事故の詳細を知ることは自分が雪崩を回避する最大の学びにつながります。
雪崩事故は「他者を批判する道具」ではありません

雪山初心者がこのデータを活用するには?


出典:『雪崩事故事例集190』(P32-33) ※画像をクリックして拡大
事故事例のページは気象と積雪の情報や被害者がとった行動、救助方法などが、項目ごとにきれいに整理されています。ただ、我流で学んできた人や雪山初心者がこれをいきなり全部理解するのはやや大変な印象も……。

全部を一気に理解することは難しいとしても、雪山初心者が特に読んでおくべき箇所はどこでしょうか。
出典:『雪崩事故事例集190』内「積雪観察」より、この表は自身で見方を学ぶ必要がある。
出川さん
まずは「気象と積雪」や「行動」を見てもらえればいいでしょう。
また「捜索救助」を読むことで、雪崩捜索の現場の状況や装備の重要性についても理解することができると思います。
それ以外の情報は徐々に学んで理解できればいいでしょう。

「登山者は経験を積みにくい」という落とし穴

本の冒頭にある「雪崩死亡事故の傾向と特徴」を見ていると雪崩による死者は滑走者よりも登山者が多いというデータがありました。なぜこういった傾向が見られるのでしょう
出川さん
さまざまな理由がありますが、根本的には雪崩に対する「今日的な教育」を受けている人が少ない、また、地形的にリスクが低いが故に、直接的な雪崩の危険を感じることが少ないからという点もあると思います。
ライター
青柳
「直接的な雪崩の危険を感じることが少ない」とはどういうことでしょうか?
出川さん
スキーヤーなどの滑走者は雪崩の可能性があるエリアを滑るため、登山者よりも注意深く地形を把握します。斜面変化や雪面状態も滑走に大きな影響を与えますしね。


登山者と滑走者の違い
出典:PIXTA(左は唐松岳を登山者が登る尾根、右はBC滑走者が滑る不帰嶮三峰)
出川さん
一方、登山者は尾根の上などおおよそ安全なエリアを歩いている自覚があるからこそ、滑走者が滑るような雪崩の起きやすい急斜面をよく観察するという経験に欠けます。スキーカットをしてみて雪崩が起きるかテストする機会もない。

つまり、登山者はそもそも雪山登山の中で雪崩に関連する経験を積みにくいということなんです。
ライター
青柳
そもそも安全なところを歩いているという感覚が雪や地形への観察力を落としてしまっているんですね……。
出川さん
危険を感じることが少ないから、雪崩や地形の考え方を学ぶキッカケが乏しい。そして、ビーコンの重要性も理解されていないということにつながっているように感じています。

やはりビーコンは持ったほうがいいの?

登山者のビーコン携行率
出典:Amazonいらすとや/作成:編集部
ライター
青柳
ビーコンに関しても、雪崩死亡者のうち滑走者の87%はビーコン携帯、登山者の75%は不携帯のようですね。
出川さん
ビーコンがあれば助かるというわけではありませんが、埋もれてしまった人を探すのはとてつもない労力とコストがかかります。

その上で誰でも事故を起こす可能性がある。これを理解できれば「携帯しよう」という考えになるのではないでしょうか。
ライター
青柳
とはいえ、原則使わない前提なのに高価なのでやっぱり躊躇するんですよね……。やはり少し高いけど持ったほうがいいでしょうか。
出川さん
「少し高いけど買ったほうがいい」とかではなく、ファーストエイドキットと同じ必須装備だと考えてください。

使う機会は少ないかも知れませんが、それがなければ、事故が発生したとき、現場では何もできないのですから。

雪崩に対する知識を正しく学ぶためにできること

今回の取材で特に気になったのは「登山者ほど雪崩に対して地形の考え方を学ぶキッカケが乏しい」ということ。

雪山のルートは夏山とは違い、雪崩の可能性が低いルートを地形から探りつつ、さらに雪のコンディションを見て進む総合的な判断力が必要です。しかしその判断を正しく下せる自信のある人はそういないのではないでしょうか。

毎日雪山に行っている人ならまだしも、年に数回しか雪山に行かない人が今から行く山のコンディションまで把握するのは難しいものがあります。

雪崩情報
出典:日本雪崩ネットワーク(シーズン中はHPやSNSで雪崩情報を発信している)
出川さんが理事を務める日本雪崩ネットワークでは、全国の会員の協力によって提供される雪のコンディションに関する情報を公開しています。

サイトには山の標高ごとに3つのゾーンに分けて危険度や行動時の助言を日々更新。行動をする上での重要な判断材料になるので必ず確認するようにしましょう。

もし書籍の内容やこれらコンディションに関する情報について理解したり判断することが難しいと感じている人は無料セミナー「アバランチナイト」に参加してみるのがおすすめ。
提供:日本雪崩ネットワーク(セミナーの様子)
こちらのセミナーは最新の事例概況の解説や雪崩の基礎など幅広い内容をカバー。雪山初心者はもちろん、自己流が身についてしまっている経験者にとっても自身の行動を再考するヒントにつながりますよ。

なお、今シーズンのセミナーはすべて受付を終了。次の秋冬の開催に向けてチェックしておきましょう。

日本雪崩ネットワーク・セミナー(アバランチナイト)

より良い教育を受け、本に掲載されている事例から正しい判断を紡ぎ出すことが、雪山登山のステップアップにつながります。

雪山と夏山はまったく条件が異なります。フィールドにあった知識を正しく身につけて雪山登山を楽しみましょう!

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青柳 喬

2020年1月までYAMA HACKの2代目編集長。福岡県育ちで九州の山から日本アルプスの縦走、雪山登山まで様々な山を登ってきました。特にアルプスの長期縦走が大好きです。読者目線で分かりやすい、ためになる記事制作を心がけています。

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