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ミニマルな美しさ際立つ。たった80gのヒルビリーポット

ありそうでなかったのはデザインだけではありません。お湯を沸かすだけならば強度があり最軽量の素材であるチタンが主流のなか、「アルミ製のソロクッカー」という絶滅危惧種であったことも、大きなポイントでした。アルミは熱伝導率よく、炊飯や調理に適した素材として、登山者や渓流釣り師たちにいまなお根強い人気があるのです。
ただ後述しますが、必ずしも「万人受けする使いやすさ」だったり、写真のような「傷ひとつない美しさ」がヒルビリーポットの魅力というわけではないようです。
2mの作業台と裏山つきの新アトリエを訪問!

このアトリエには、ミシンに加えて、2✕2mもの大きな作業台が置かれていました。「これでやっと生地の裁断ができて、シェルターが作れる」。その言葉の背景には、ジャキさんの「これまでの経歴」と「これからやりたいこと」の実感が詰まっていました。
39歳で会社員を辞めて、ものづくりの世界へ

それまではサーフィンや釣りと「海派」を自認していましたが、スケールが桁違いの立山の峰々と、そこに大型ザックひとつで登っていく登山者の姿に、すっかり心を掴まれてしまったのです。ところが……。
「当時オープンしたての<ハイカーズデポ>に『(立山で登山者が背負っていたような)大きなザックがほしい』と買いに行ったら、土屋さん(※)に『うちにはない!』と言われて(笑)。持っているのは、<イーストパック>のデイパック。そのことを話したら『まずそれで御岳山でも行ってみれば?』と言われたんです」
結果、小さなデイパックでも、考え方ひとつで登山ができることを知ったジャキさんは、ULの世界へとはまっていくのでした。
(※)東京三鷹市にあるウルトラライトハイキングをテーマにした店<ハイカーズデポ>店主の土屋智哉さん

山に行き、ブログを綴ることで広がるUL仲間
いまでこそSNSが主流ですが、2010年当時はブログの全盛期。特にULの世界はこれまでの「登山」とは異なり、軽量化についてどうすればいいのか、誰もが試行錯誤していたころ。使ったギアのこと、MYOGのこと、山行のことなどをあらゆるひとがブログに綴ることで情報交換をし、そこでコミュニティが生まれつつありました。

「当時はULと言えば『体力がないからでしょ?』と登山者からは思われていました。それが悔しくてハセツネ(※)を完走したり、−30℃を体験しようと残雪期の涸沢に行ったり(笑)」

「会社を辞める」という一大決心
独学のMYOGでバックパックや寝袋まで作っていたジャキさんは、ある人に出会いました。それは<ローカスギア>を立ち上げたばかりの吉田丈太郎さん。彼から「ものが作りたいなら、うちに来れば?」と誘いがあったのです。「サラリーマンとしては会社に評価されるわけでもなく、行き詰まっていた。やってみたいけど生活もある。妻に相談したら『いままで頑張ったんだし、1年だけやってみれば』と言われました」

jindaijiの名前にもなっている、調布市深大寺のマンションを引き払い、家賃の安い津久井湖のアパートへ。「縫えた分だけの歩合制」という収入は会社員時代の生活そのものを変えざるを得ませんでした。1年続けたものの貯金も尽き、もう潮時かな……と思いかけたとき、初めて「大学卒の初任給程度」まで自分のミシンのスキルで稼ぐことができたと言います。
そうこうして、約8年間。
ジャキさんが得たのは「1800張近い数のULシェルターを縫った」という確固たる経験でした。それに加え、当時のローカスギアではまだ大手メーカーにも供給されていなかった素材を取り扱うなど、アウトドアギア業界の最先端に立っていました。
ついに自身のブランドを立ち上げる

最初のアイテムは「パックマンベスト」というバックパックに干渉しないベスト型のポーチ。ジャキさん自身が山を歩き渓流釣りをする経験から生まれたものですが、自転車でも使いやすいようデザインされています。
「サコッシュ、財布、Tシャツ、は立ち上げではやらないと決めてました」
2018年といえば、この3つは「ガレージブランドの三種の神器」ではないですが、作れば売れる可能性が高い人気アイテムでした。そこにあえて手を付けなかったのです。
「やらなかった理由は、友人を含めたアウトドアメーカーへの強いリスペクトがあるから。(サコッシュでも別の商品でも)すでに工夫を重ねたいい商品を作っているひとたちがいる。それならば、自分は『得意な部分』でものづくりをしようと思ったんです」
ユーザーがどう使うか。「余白」が残るギア

「お客さんから『リフター(取っ手)を使うと、傷がついてしまった』と問い合わせがあるんですけど、柔らかいアルミだからぶつければ変形もするし傷もつく。でも焚き火のような直火に入れたり、米を炊いたりできるのがアルミの良さ。これ(煤けたポット)でお湯を沸かすと、ちょっとスモーキーな香りがするんですよ」

他社アイテムとのスタッキングもできる余白感

そうすることで、ユーザーが持っているアイテムとスタッキングできる可能性が生まれるのです。写真はスタッキングの一例。ジャキさんが見つけたものもあれば、お客さんに教えてもらった組み合わせもあるそう。
ヒルビリーポット550
価格:5,280円
素材:0.8mm厚アルミ製
サイズ:W100mm x H95mm
容量:550ml(最大600ml)
重量:80g(フタ含む)
ヒルビリーポット350
価格:5,170円
素材:0.8mm厚アルミ製
サイズ:W93mm
容量:350ml(最大450ml)
重量:62g(フタ含む)
※公式サイト、アトリエにて販売。その他「ハイカーズデポ」でも取扱あり
※シリコン製リップガード、スタッフサック、ポットリフター(持ち手)などもあり(別売)
「何を得るために、何を捨てるか」。考えることを楽しもう
こういう道具のあり方をかっこいいと思うかどうか。新品同様の美しさと引き換えに山行の記憶が刻まれること。パッキングやスタッキングしやすい形と引き換えに持ち手をなくすこと。
オンラインショップで“映える”写真だけではなく、「商品の本当のところ」も伝えたくて、2020年11月には5本ものイベントに参加し、お客さんと直接話しながら商品を販売していたそう。
「『使いにくいけど、なんかいいですね』。お客さんにそう言われるとホッとするんです。何を得るために、何を捨てるか。ULというと軽さに目が行ってしまいますが、重量に対するULではなく、考えに対するULなんです」
高尾のアトリエから発信する「山遊びのスパイス」

「まずイベントに参加して思ったのが、お客さんは会いに来てくれる。山好きの仲間でもあるお客さんとリアルな情報やTIPSを共有したりと、商品を売るだけでないことがアトリエではできるんです」
具体的にすでに動いているのが、タープのカスタムオーダー。イベントではタープの張り方をお客さんに教えていましたが、これが裏山で可能になります。春にはハンモック、そしてシェルターと、ジャキさんの得意な薄物縫い(生地の薄い商品の縫製)が発揮された商品が続きます。
ほかにもテント場でだけ着用する化繊のビレイパーカーの新作とカスタムオーダー、ミシンの使い方やMYOGのための生地売り、商品のパターン販売もすると言います。
「僕も会社員時代は土日の1泊2日しか休めなかった。だから近くの小さな山に行くことも多かったんです。それでも『山で遊んだ』という経験がある。だからお客さんが近くの山でも楽しめるような『スパイス』となるものをアトリエで提案していきたい」

自分で手を動かしてものを作ったり、近くのフィールドに気に入った道具を持っていって工夫しながら楽しむという体験を「高尾」というローカル規模で共有していく場=アトリエは、ものだけでなく情報や知恵をシェアしていく場になっていきそうな予感。
日本でのUL黎明期の原点に立ち返るような試み。これは楽しみでしかないのです。
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