高尾のアトリエから始まる<jindaiji mountain works>の新しいガレージブランド考

2021/01/01 更新

ミニマルで美しいと評判のULクッカー「ヒルビリーポット」。このクッカーをリリースした<jindaiji mountain works>が西八王子にアトリエをオープンしました。オーナーの尾崎光輝ことジャッキーボーイスリムさんにブランド立ち上げまでのこと、アトリエでやる新しい試みについてインタビューしてきました!


アイキャッチ画像撮影:編集部

ミニマルな美しさ際立つ。たった80gのヒルビリーポット

ヒルビリーポット550 2020年5月にリリースされた「ヒルビリーポット550」。写真で見てもわかりますが、ハンドルなし、空き缶のような円筒形のフォルム。これまでにないミニマルで美しいデザインは、UL(ウルトラライト)ハイカーにまたたく間に歓迎されました。

ありそうでなかったのはデザインだけではありません。お湯を沸かすだけならば強度があり最軽量の素材であるチタンが主流のなか、「アルミ製のソロクッカー」という絶滅危惧種であったことも、大きなポイントでした。アルミは熱伝導率よく、炊飯や調理に適した素材として、登山者や渓流釣り師たちにいまなお根強い人気があるのです。

ただ後述しますが、必ずしも「万人受けする使いやすさ」だったり、写真のような「傷ひとつない美しさ」がヒルビリーポットの魅力というわけではないようです。

2mの作業台と裏山つきの新アトリエを訪問!

JMWアトリエ外観
撮影:編集部
今回はこのポットを作ったガレージブランド<jindaiji mountain works>の尾崎光輝さん(ことジャッキーボーイスリムさん。通称ジャキさん)を、11月にお披露目したばかりのアトリエに訪ねました。高尾山にほど近い西八王子の住宅街にあり、平屋のアトリエの後ろには裏山。

このアトリエには、ミシンに加えて、2✕2mもの大きな作業台が置かれていました。「これでやっと生地の裁断ができて、シェルターが作れる」。その言葉の背景には、ジャキさんの「これまでの経歴」と「これからやりたいこと」の実感が詰まっていました。

39歳で会社員を辞めて、ものづくりの世界へ

ジャッキーボーイスリムさん
撮影:編集部
ヒルビリーポットの印象が強いのですが、ジャキさんのものづくりの原点はミシンを使ったMYOG(Make Your Own Gear)。こういうと筋金入りのULハイカーという感じですが、初めて山に登ったのは30代半ば。奥さんに誘われてしぶしぶ行った立山だったといいます。

それまではサーフィンや釣りと「海派」を自認していましたが、スケールが桁違いの立山の峰々と、そこに大型ザックひとつで登っていく登山者の姿に、すっかり心を掴まれてしまったのです。ところが……。

「当時オープンしたての<ハイカーズデポ>に『(立山で登山者が背負っていたような)大きなザックがほしい』と買いに行ったら、土屋さん(※)に『うちにはない!』と言われて(笑)。持っているのは、<イーストパック>のデイパック。そのことを話したら『まずそれで御岳山でも行ってみれば?』と言われたんです」

結果、小さなデイパックでも、考え方ひとつで登山ができることを知ったジャキさんは、ULの世界へとはまっていくのでした。

(※)東京三鷹市にあるウルトラライトハイキングをテーマにした店<ハイカーズデポ>店主の土屋智哉さん

ジャキさんの蔵書
提供:jindaiji mountain works(読書家でもあり、日本の山岳書籍などさまざまな本を読んできた)
その背景には、アメカジや音楽、カウンターカルチャーとしてのハイキングを通じたアメリカ文化への憧れや、秩父山地を歩き綴った田部重治の『山と渓谷』などに代表される日本の「山旅」文化への共感がありました。

山に行き、ブログを綴ることで広がるUL仲間

いまでこそSNSが主流ですが、2010年当時はブログの全盛期。特にULの世界はこれまでの「登山」とは異なり、軽量化についてどうすればいいのか、誰もが試行錯誤していたころ。

使ったギアのこと、MYOGのこと、山行のことなどをあらゆるひとがブログに綴ることで情報交換をし、そこでコミュニティが生まれつつありました。
ブログ「blues after hours」 ジャキさんも「jakieboy」という名前でブログを書いていました。

「当時はULと言えば『体力がないからでしょ?』と登山者からは思われていました。それが悔しくてハセツネ(※)を完走したり、−30℃を体験しようと残雪期の涸沢に行ったり(笑)」

ハセツネ完走!
提供:jindaiji mountain works(ハセツネ本選を完走)
いまでこそULの認知度は上がりましたが、軽量化の背景にある考え方―60年代アメリカに端を発するカウンターカルチャーからのムーブメントや道具に頼らない自然との関わりなどーは、この黎明期からじわじわとブログからブログのオフ会、のちのギアショップやガレージブランドへと醸成されていたのでした。
(※)ハセツネ=ハセツネカップ(日本山岳耐久レース)。山岳帯の総距離71kmを走る日本最高峰のトレイルランニングレース

「会社を辞める」という一大決心

独学のMYOGでバックパックや寝袋まで作っていたジャキさんは、ある人に出会いました。それは<ローカスギア>を立ち上げたばかりの吉田丈太郎さん。彼から「ものが作りたいなら、うちに来れば?」と誘いがあったのです。

「サラリーマンとしては会社に評価されるわけでもなく、行き詰まっていた。やってみたいけど生活もある。妻に相談したら『いままで頑張ったんだし、1年だけやってみれば』と言われました」

アトリエのミシン
撮影:編集部(アトリエで使っているミシン)
このとき、39歳。
jindaijiの名前にもなっている、調布市深大寺のマンションを引き払い、家賃の安い津久井湖のアパートへ。「縫えた分だけの歩合制」という収入は会社員時代の生活そのものを変えざるを得ませんでした。1年続けたものの貯金も尽き、もう潮時かな……と思いかけたとき、初めて「大学卒の初任給程度」まで自分のミシンのスキルで稼ぐことができたと言います。

そうこうして、約8年間。
ジャキさんが得たのは「1800張近い数のULシェルターを縫った」という確固たる経験でした。それに加え、当時のローカスギアではまだ大手メーカーにも供給されていなかった素材を取り扱うなど、アウトドアギア業界の最先端に立っていました。

ついに自身のブランドを立ち上げる

パックマンベスト
撮影:編集部(パックマンベスト)
2018年12月開催の「バイクロア」(自転車系イベント)で自身のブランドのお披露目を果たしました。

最初のアイテムは「パックマンベスト」というバックパックに干渉しないベスト型のポーチ。ジャキさん自身が山を歩き渓流釣りをする経験から生まれたものですが、自転車でも使いやすいようデザインされています。

「サコッシュ、財布、Tシャツ、は立ち上げではやらないと決めてました」

2018年といえば、この3つは「ガレージブランドの三種の神器」ではないですが、作れば売れる可能性が高い人気アイテムでした。そこにあえて手を付けなかったのです。

「やらなかった理由は、友人を含めたアウトドアメーカーへの強いリスペクトがあるから。(サコッシュでも別の商品でも)すでに工夫を重ねたいい商品を作っているひとたちがいる。それならば、自分は『得意な部分』でものづくりをしようと思ったんです」

ユーザーがどう使うか。「余白」が残るギア

使い込んだヒルビリーポット
撮影:編集部
さて、冒頭のクールなヒルビリーポットでしたが、アトリエで目にしたのは、煤けて貫禄のついたもの。

「お客さんから『リフター(取っ手)を使うと、傷がついてしまった』と問い合わせがあるんですけど、柔らかいアルミだからぶつければ変形もするし傷もつく。でも焚き火のような直火に入れたり、米を炊いたりできるのがアルミの良さ。これ(煤けたポット)でお湯を沸かすと、ちょっとスモーキーな香りがするんですよ」

使い込んだヒルビリーポット
撮影:編集部(フチもリフターでつかむことで傷がついてしまうが、これも味のひとつ)

他社アイテムとのスタッキングもできる余白感

ヒルビリーポットのスタッキング
撮影:編集部(スタッキングあれこれ)
ヒルビリーポットには350と550の2種類がありますが、入れ子にするとジャストではなく、少し「余白」が生まれます。自社製品同士であれば、びったり作るのが王道ですが、あえての余白。

そうすることで、ユーザーが持っているアイテムとスタッキングできる可能性が生まれるのです。写真はスタッキングの一例。ジャキさんが見つけたものもあれば、お客さんに教えてもらった組み合わせもあるそう。

ヒルビリーポット550
価格:5,280円
素材:0.8mm厚アルミ製
サイズ:W100mm x H95mm
容量:550ml(最大600ml)
重量:80g(フタ含む)

ヒルビリーポット350
価格:5,170円
素材:0.8mm厚アルミ製
サイズ:W93mm
容量:350ml(最大450ml)
重量:62g(フタ含む)

※公式サイト、アトリエにて販売。その他「ハイカーズデポ」でも取扱あり
※シリコン製リップガード、スタッフサック、ポットリフター(持ち手)などもあり(別売)

「何を得るために、何を捨てるか」。考えることを楽しもう

イベントの様子
提供:jindaiji mouuntain works(イベントにてタープの設営方法を紹介)
こういう道具のあり方をかっこいいと思うかどうか。
新品同様の美しさと引き換えに山行の記憶が刻まれること。パッキングやスタッキングしやすい形と引き換えに持ち手をなくすこと。

オンラインショップで“映える”写真だけではなく、「商品の本当のところ」も伝えたくて、2020年11月には5本ものイベントに参加し、お客さんと直接話しながら商品を販売していたそう。

「『使いにくいけど、なんかいいですね』。お客さんにそう言われるとホッとするんです。何を得るために、何を捨てるか。ULというと軽さに目が行ってしまいますが、重量に対するULではなく、考えに対するULなんです」

高尾のアトリエから発信する「山遊びのスパイス」

アトリエの裏山
提供:jindaiji mouuntain works
アトリエを構えたことで、2021年にかけて「新たにできること」が広がったといいます。

「まずイベントに参加して思ったのが、お客さんは会いに来てくれる。山好きの仲間でもあるお客さんとリアルな情報やTIPSを共有したりと、商品を売るだけでないことがアトリエではできるんです」

具体的にすでに動いているのが、タープのカスタムオーダー。イベントではタープの張り方をお客さんに教えていましたが、これが裏山で可能になります。春にはハンモック、そしてシェルターと、ジャキさんの得意な薄物縫い(生地の薄い商品の縫製)が発揮された商品が続きます。

ほかにもテント場でだけ着用する化繊のビレイパーカーの新作とカスタムオーダー、ミシンの使い方やMYOGのための生地売り、商品のパターン販売もすると言います。

「僕も会社員時代は土日の1泊2日しか休めなかった。だから近くの小さな山に行くことも多かったんです。それでも『山で遊んだ』という経験がある。だからお客さんが近くの山でも楽しめるような『スパイス』となるものをアトリエで提案していきたい」

ミンガス
撮影:編集部(高尾山界隈ではジャキさんが愛犬ミンガスと散歩している姿を見かけることも)
ULギアブランドとしては、やや遅咲きの<jindaiji mountain works>。

自分で手を動かしてものを作ったり、近くのフィールドに気に入った道具を持っていって工夫しながら楽しむという体験を「高尾」というローカル規模で共有していく場=アトリエは、ものだけでなく情報や知恵をシェアしていく場になっていきそうな予感。

日本でのUL黎明期の原点に立ち返るような試み。これは楽しみでしかないのです。
jindaiji mountain works|公式サイトjindaiji mountain works|instagram
※イベントやオープンアトリエの開催情報やオンラインショップの入荷情報はinstagramをチェック!

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ジャッキーボーイスリムさん
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YAMA HACK編集部 村岡

YAMA HACK運営&記事編集担当。スキー好きが嵩じて北アルプス山麓に移住し、まんまと夏山登山にもはまる。アクティビティとしての登山の楽しみとともに、ライフスタイルとしての「山暮らし」についても発信していきます。

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