いつかは挑戦したい憧れの場所! 北アルプスの古道「伊藤新道」のルート紹介【後編】

2020/11/24 更新

近年ますます人気を集める”雲ノ平”や”黒部源流部”を抱える北アルプス中央部。そこに向かうためにつけられた、知る人ぞ知る古道、「伊藤新道」。廃道のようにもみえますが、実際には「通行不能」ではなく「通行困難」な道。しかしその難易度は高く、いつかは踏破しようと大きな憧れを抱いている人も多い登山道です。今回はそんな伊藤新道のコースについて紹介していきます。コースの写真をMAPと照らし合わせながら、ぜひイメージしてみてくださいね!


「谷」から「森」へ。劇的に変化する「伊藤新道」

写真/伊藤正一
”通行困難”だけど、”通行不能”ではなく、実力ある登山者のみが踏破できる、北アルプスの古道「伊藤新道」。
「前編」では起点となる湯俣から第5吊り橋(があった場所)を渡った場所までの「谷」区間をピックアップしましたが、「後編」では第5吊り橋から先、谷から離れて深い森のなかを通る「森」区間を紹介していきます。


提供:三俣山荘のウェブサイト(クリックすると大きな画像が表示されます)
ルートの地図は三俣山荘のウェブサイトで確認を。これら「谷」と「森」をつなげて歩くことで、伊藤新道の真の魅力がわかってくるはずです。

また前編でもお伝えしたのですが、伊藤新道を自力で踏破できるのはよほど山に慣れたエキスパートのみ。伊藤新道を詳しく知るガイドにお願いすれば、多くの人が挑戦可能になりますが、それでもある程度の経験は必要。必ず事前に自身の体力・技術レベル、経験を上げておくことが大切です。

※コースタイム・距離について
「谷」が4.5~5㎞くらい、「森」が4kmくらい、合計距離も「10㎞程度」ですが、登山道の状況も日々変化しているため、”伊藤新道のコースタイムはこのくらいです”とお伝えすることがとても難しい道。
相当な熟練者で半日(6~7時間)、普通の”できる人”で1日(8~10時間)くらいが目安となりますが、「一般的には1日かかるのが普通」と考えておいてください。
登山道の状況を確認しておくのはもちろんですが、時間にも余裕を持って臨むようにしましょう。

▼後編を読む前に、まずは伊藤新道の「谷」ルートを紹介している前編をチェック


後編は急斜面も登場する険しい登山道へ


後編も写真とMAPを照らし合わせながら、コースを紹介していきます。
谷に沿って第五吊り橋跡までたどり着けば、ここで一区切り。もはや水に濡れながら歩くことはなく、揺れ動く石を踏み続けることもほとんどありません。その代わり、急斜面も登場する険しい山道が始まります。

map①:第5吊り橋跡の付近は、左端にわずかに水流が見える以外、赤茶けた岩ばかり。
ここまで履いてきた沢用のシューズ、とくにラバー系のソールのタイプであれば、そのまま同じシューズでも歩けないことはないですが、終点の三俣まではまだまだ遠く、一般的な登山用ブーツに履き替えたほうがよいでしょう。
とはいえ、わざわざバックパックにに入れて持ち歩くのは重く、ここをどうするかはその人次第ともいえます。

わかりにくい登り口だけど、探せば看板もあり!

map②:このあたりが河床から森へと上がっていく場所。どこからでも登れるとも、登れないともいえる微妙な雰囲気です。
今は登山地図に記載されていない伊藤新道ですが、一部は三俣山荘の努力によって整備されています。
しかし、小屋の近くは毎年手を入れているものの、小屋から遠くなるほど手間をかけることはできません。それでも第5吊り橋跡、つまり湯俣川までは、ときどきスタッフが手を入れているため、「踏み跡以上・登山道未満」の道がうっすらと判別できます。
湯俣川の河床から森のなかに入っていく際も、周囲をしっかりと探せば比較的新しい標識を見つけられるので、そこから上へと登りやすくなっています。
map③:「三俣山荘」と書かれた標識。これが倒れていた場所には踏み跡があり、やはり登りやすかったです。
とはいえ、倒れやすい標識は風や雨で移動していたり、発見できなかったりする可能性はあります。その場合は地図とコンパス、もしくはGSPを利用した地図アプリなどで位置を確認。河床付近はそれほど複雑な地形ではないので、おそらくそれほど苦労しなくても踏み跡のように残る伊藤新道を発見できるでしょう。

晴れているときに河床から離れていくと、それまでの「谷」で濡れていたウェアがどんどん乾いていくのがわかります。それに、もう水に流される心配をする必要がなく、気持ちもだいぶラクになっています。

吹き抜ける風が気持ちいい! 解放感あふれる山の道


左右を巨大な岩で挟まれていた「谷」の区間に比べると、「森」の区間はじつに解放的。
振り返れば、これまでに進んできた湯俣川が作る溪谷が見え、立ち止まれば涼しい風が汗ばんだ体を心地よく冷やしてくれます。

map④:河床から少し上がると、このような小さな尾根の上に。川側は崩れているので注意を。
崩れ始めた斜面を通らざるを得ない場所もありますが、集中して気を付けていれば大きな事故は起こらないはず。
map⑤:あっという間に遠ざかっていく湯俣川。こうなると気持ちは完全に「森」モードです。
ただ、昔は明確な登山道だった伊藤新道は、いまや全体的に不鮮明。道迷いを起こしかねません。ルートを見定めにくい場所では、じっくりと読図することが大事です。

map⑥:湯俣川はもはや遠くに。写真のいちばん奥には燕岳がそびえています。
map⑦:かろうじて倒れていない、というだけの大木が並ぶ場所も。数年後にはなくなっているかもしれません。

”茶屋”と呼ばれる広場は休憩適地


「谷」区間に比べれば転倒や滑落の危険は少ないのが「森」区間ですが、道迷いしやすいこと以外の問題が休憩する場所が少ないこと。
樹木で覆われている場所ばかりで、のんびりと休める場所は少数です。そんななかでお勧めは”茶屋”といわれるポイント。

map⑧:ここが”茶屋”。周囲にはブルーベリーの仲間の低木が多く、甘い実がたっぷりと生っています。
ここは鷲羽岳の山腹にある白い砂を敷き詰めたかのような場所で、「まるで茶屋が立っていてもおかしくはない」という想像から、三俣山荘の方々がいつしか”茶屋”と呼び始めたとか。面白いですね。

この後、”茶屋”の先では、もう一回だけ「谷」区間的な場所を通過します。

下り口と登り口に注意。重要ポイントの「赤沢」

茶屋から少し進むと、湯俣川に流れ込む枝沢が現れます。これが「赤沢」で、たしかに赤茶けた岩石で形成されています。
この沢には大雨のときの増水などで流れ出した岩が堆積し、手や足をかけると転がり落ちるような浮石も多数。うかつに体重をかけて事故を起こさないように!

map⑨:「森」区間では唯一、沢らしい沢が「赤沢」。この地形では、増水時は間違いなく通れなくなるでしょう。
また、この付近には”頑張れば、歩けなくもない”ように見える昔の道の跡も残っているため、もしも崩れやすい斜面に出て先に進むのが危険になった場合は、一度引き返して、別のルートを探しましょう。
※注意:さらに赤沢から離れて反対側から再び登り始めるときにも複雑な地形でルートを見失う人も見受けられます。この点も併せて気を付けるべきです。

もしも時間があれば……。寄り道可能な「温泉」を上からチェック!


ところで、赤沢付近の高台から湯俣川を見下ろし、ぐっと目を凝らすとどこかにグリーンの水たまりを発見できるかもしれません。その水たまり、じつは温泉なんです!

map⑩:伊藤新道の「森」区間から見下ろした秘湯。いかにも気持ちよさそうではありませんか。
場所は、湯俣川を上ってきて、第5吊り橋跡からすぐに「森」区間に入らず、もう少しだけ遡行していった地点。
別の沢との合流点の上になかなかの適温(季節などの条件で、ぬるい場合も)の温泉が池のように溜まっているのです! 水量によっては渡れない場合もありますが、時間に余裕があるときは立ち寄ってみるのもお勧めです。
秘湯中の秘湯というべき存在とは、こういう温泉とのことなのだと思います。
map⑪:数年前に立ち寄ったときの温泉の写真。誰が手を入れたのか、土嚢のようなもので温泉の流れ出しを防ぎ、2m四方ほどの湯溜まりが作られていました。

よじ登るように進む急斜面。これがなかなかキツい!

話をもとに戻しましょう。
赤沢からは隣の尾根に向かって伊藤新道が延びていきます。実は体力的にいちばん厳しいのが、この区間。200~300mも標高を上げなければならない急斜面が続き、しかも崩れやすい地質のようで、もともとの伊藤新道はもはや数カ所で分断されつつあります。
滑落の恐れもあるので、慎重に行動したい場所です。

map⑫:赤沢からの急な登り。正式な整備はなされていないとはいえ、ときおりロープも張られているのが非常にありがたいです。
一方では、このあたりから周囲に大木が立ち並び始め、いかにも「森」の区間らしくなってきます。

ここまで頑張ったご褒美! 槍ヶ岳の絶景を拝める”穴場”の展望台


急斜面を過ぎて先へ進むと、次第に三俣山荘の整備が入りやすい場所になっていくということもあり、伊藤新道はそれまでの”踏み跡”から”登山道”らしくなってきます。
そのうちに突然、開けた場所が出現します。

map⑬:崩れかけた斜面に立つ「展望台」の標識。写真を撮るのに夢中になって、滑落しないように。
そこは標高2100mの「展望台」! 槍ヶ岳がすばらしくカッコよく見えるのに足を延ばす人は非常に少なく、北アルプスではトップクラスの”穴場”といっても過言ではないポイントです。
map⑭:「展望台」からの槍ヶ岳。手前には赤茶けた硫黄尾根が並び、青い空とのバランスもなかなかのもの。
この「展望台」までは、三俣山荘が整備を毎年入れ、”明確な登山道”として維持しています。
事実、三俣山荘で公開している地図でも紹介され、小屋から往復4時間15分(三俣⇒展望台が2時間、展望台⇒三俣が2時間15分)がコースタイムの目安となっています。

湯俣から三俣までの伊藤新道のうち、現在コースタイムを算出できるのはこの区間のみですから、歩行スピードが安定して計算できるくらい整備されているということがよく理解できます。

まだまだ続く森の道。しかし、もう歩きやすい登山道に

map⑮:光が差し込んでくる明るい森。誰もが気持ちよく歩くことができるでしょう。
「展望台」と「三俣」の間は、”現役の登山道”としての伊藤新道の姿を今に残す重要区間でもあります。それだけに歩きやすく、グイグイと進んでいけます。
ここまでくると、数時間前には水に濡れながら歩いていたことを忘れそうになるほどです。

”ご神木”に”庭園”……。「森の」区間も見どころ豊富


激流が走っていた沢に比べれば少し地味ですが、「森」にも名所が点在しています。
例えば、ダケカンバの大木である”ご神木”、伊藤新道の開削者である伊藤正一さんが名付けた”第一庭園”、”第二庭園”、そして先に紹介した”展望台”が代表的なところでしょう。

map⑯:三俣山荘の現在の主人である伊藤圭さんが「ご神木」と呼んでいるダケカンバ。写真には写し切れないほどの大木です。
map⑰:突然のように背の高い樹木がなくなり、高山植物が繁茂している第一庭園。
もっとも、以前は草地だった”第二庭園”は、今は樹木に覆われて”庭園”らしさがなくなり、多くの人が知らずに通り過ぎてしまうかもしれません。しかし”第一庭園”は今も広々としていて気持ちがよく、休憩するのに適しています。

map⑲:小屋が近付くと現れるのが”かぶり岩”。その名の通り、登山者に覆いかぶさるような形状をしています。
map⑱:”かぶり岩”付近から見る槍ヶ岳もすばらしい! とくに秋は周囲の木々とのカラーリングも最高です。

至近距離に迫った「三俣」。最後まで無事に歩きとおそう


”かぶり岩”付近までは尾根上を通っていた伊藤新道は、そこから先、鷲羽岳の山腹を横切るような形で三俣へと延び始めます。小屋まではあと1時間程度。気が緩みがちになりますが、登山道が崩れてしまった小さな沢なども通過しなければなりません。
誰が見ても危険な場所よりも、「こんなところで!」という場所で重大事故が起こることは珍しくなく、それは伊藤新道でも同様です。

map⑳:目の前に近づいた三俣山荘が立つ鞍部。この稜線の右が鷲羽岳で、左に三俣蓮華岳があります。
map㉑:鷲羽岳の山腹をトラバースしていた伊藤新道が稜線の登山道に合流する場所には、こんな看板が。
鷲羽岳と三俣蓮華岳をつなぐ登山道に伊藤新道が接続すれば、三俣山荘はもうすぐ。小屋からは登山者たちの話し声が聞こえ、発電機の音もかすかに響いてきます。
ここまでくれば、さすがにほっとして気が抜けてしまいますが、もう”安全圏”といえる場所です。

「谷」と「森」をつなぐ登山者憧れのルート、「伊藤新道」のゴールは三俣山荘!

無事に到着し、ガイドの田村さんと筆者はがっちり握手。
到着した三俣山荘は、伊藤新道の開削者である伊藤正一さんが建てた小屋。現在は長男の伊藤圭さんが跡を継いでいます。
三俣山荘では伊藤新道に関する情報がたっぷりと得られるので、宿泊する際はいろいろと尋ねてみるとよいでしょう。
小屋の黒板には登山道の情報がまとめられ、そのなかには伊藤新道の名も書かれています。この年(2019年)は一般的な登山者向けに「展望台、赤沢まで可」としてありました。
小屋内の「伊藤新道コーナー」。イラスト化された地図とともに探訪ツアーを開催していることを知らせるポスターもありました。

昨年からは伊藤新道探訪ツアーも開始!

三俣山荘では、今回の調査に同行してくれたガイドの田村茂樹さんによる伊藤新道ツアーも案内しています。今回は伊藤新道を「下から上」へ向かって歩いた形で紹介しましたが、「上から下」の方向へ歩くことも可能なので、そういうことも含めて相談することもできます。

今年は新型コロナウイルスの影響で小屋締めの時期が早く、水量が減って伊藤新道の踏破にもっとも適した晩秋には入山しにくい状況でしたが、来年は参加しやすくなっていることに期待しましょう!
黒部源流・伊藤新道ツアー

本格的な復活を目指す、これからの「伊藤新道」

現在の伊藤新道は”通行不能”ではないけれど、”通行困難”なルート。しかし先に少し紹介したように、部分的には今も整備を怠らず、現在のご主人である伊藤圭さんは、近いうちに全面的に再通行できるようにしたいと考えています。
じつはそのために、すでに具体的な行動も起こし始めており……。詳しいことはいつか紹介したいと思っていますが、これからが実に楽しみなのです。

伊藤新道の整備を行なう伊藤圭さん。伊藤家のシンボル的な存在である伊藤新道を守ろうという熱意には頭が下がります。
三俣山荘の西側にそびえる三俣蓮華岳の夕方。伊藤新道を使って稜線まで登り、こんな風景をぜひ見ていただきたいです。
ラクには歩けないけれど、だからこそ歩き甲斐があり、誰もが簡単には見ることができない風景をたっぷりと味わう……。そんな得難い経験ができる「伊藤新道」。
みなさんもぜひ、いつか足を踏み入れてみてください!

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高橋庄太郎
高橋庄太郎

山岳/アウトドアライター。高校の山岳部から山歩きを始め、登山歴は30年以上に。好きな山域は北アルプスで、テント泊をこよなく愛する。テレビやイベントへの出演も多く、各メーカーとのコラボでアウトドアギア作りも。『トレッキング実践学 改訂版』『山道具 選び方、使い方』『テント泊登山の基本』など、著書も多数。https://www.instagram.com/shotarotakahashi/

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