いつかは挑戦したい憧れの場所! 北アルプスの古道「伊藤新道」のルート紹介【前編】

2020/11/15 更新

近年ますます人気を集める”雲ノ平”や”黒部源流部”を抱える北アルプス中央部。そこに向かうためにつけられた、知る人ぞ知る古道、「伊藤新道」。廃道のようにもみえますが、実際には「通行不能」ではなく「通行困難」な道。しかしその難易度は高く、いつかは踏破しようと大きな憧れを抱いている人も多い登山道です。今回はそんな伊藤新道のコースについて紹介していきます。コースの写真をMAPと照らし合わせながら、ぜひイメージしてみてくださいね!


山の”総合力”を高めれば行ける、 憧れの「伊藤新道」

撮影/伊藤正一(提供:三俣山荘事務所)
近年ますます人気を集める”雲ノ平”や”黒部源流部”を抱える北アルプス中央部。そこに向かうためにつけられた、知る人ぞ知る”古道”があります。それが1953年に着工され、1956年に開通した「伊藤新道」
詳しくは以前の記事を読んでいただきたいのですが、登山道周辺の岩盤が崩れ始めたために、残念ながら1983年くらいには事実上”廃道”のようになってしまいました。

しかし、廃道のようではあっても、実際には「通行不能」ではなく、「通行困難」。
そう、正しい情報、技術、体力、季節、天候などがうまくかみ合えば、「行けなくはない」道として残っているのです。
そのことを知っているコアな登山者のなかには、いつかは踏破しようと大きな憧れを抱いている人も多いようです。
今回はそんな伊藤新道のコースについて紹介していこうと思います。

▼「伊藤新道」については、まずこの記事をチェック

まずは伊藤新道のコースを確認

伊藤新道は高瀬渓谷の奥にある”湯俣”から、三俣山荘が立つ稜線上の”三俣”を結ぶ道。当時は登りにも下りにも使われていた登山道ですが、ここではその伊藤新道を「湯俣⇒三俣」の順に、「谷」パート、「森」パートと分けて紹介していきます。

※コースタイム・距離について
「谷」が4.5~5㎞くらい、「森」が4kmくらい、合計距離も「10㎞程度」ですが、登山道の状況も日々変化しているため、”伊藤新道のコースタイムはこのくらいです”とお伝えすることがとても難しい道。
相当な熟練者で半日(6~7時間)、普通の”できる人”で1日(8~10時間)くらいが目安となりますが、「一般的には1日かかるのが普通」と考えておいてください。
登山道の状況を確認しておくのはもちろんですが、時間にも余裕を持って臨むようにしましょう。

コース詳細を紹介する前に…

ガイドの田村茂樹さん(左)と、この記事の筆者・高橋庄太郎(右)。筆者自身、伊藤新道は何度も訪れたことがあり、今回も三俣まで往復ともに伊藤新道で歩きました。
筆者は以前にも伊藤新道を踏破したことがありますが、この記事を作成するにあたり、このとき(2019年10月)は、旧知のガイドの田村茂樹さんといっしょに調査に入りました。

伊藤新道を自力で踏破できるのは、よほど山に慣れたエキスパートのみ。しかし、伊藤新道を詳しく知る田村さんのようなガイドにお願いすれば、多くの人が挑戦可能になります。
ただし、それでもある程度の経験は必要。必ず事前に自身の体力・技術レベル、経験を上げておくことが大切です。

ドライバッグを包みこむようにして運べるバックパック(左)、ハーネス(右上)、ヘルメット(右中)。そしてシューズ(右下)は筆者が巣鴨の老舗登山靴ショップ「ゴロー」で特注した”ソールはビブラムだけど、水抜けがいいという特殊タイプ。
また、自身のレベル・経験だけではなく、事前の準備も非常に大事です。
落石や滑落、転倒が大いに予想される伊藤新道に立ち入る際、忘れてはいけない装備が、なんといってもヘルメット
さらに何度も渡渉を繰り返すコースのため、全身濡れても体温をキープできるようなウェアで身をかため、荷物は防水して持ち運べるようにしておきます。いざというときはロープと組み合わせて使うハーネスも必要です。そして、いちばん重要なのが足元で、水抜けがよく滑りにくい”沢靴”のようなシューズを用意します。ただし、フェルトのソールは高巻きのときに滑りやすいので、沢靴のなかでもラバー系のソールのほうがお勧めです。

ただ…実は温泉の成分が流れ込んでいるためにコケが生えない湯俣川では、実は一般的な登山靴に使われているビブラムのような硬いソールでもほとんど滑りません。そのため筆者は、”水抜けはいい構造だけど、ソールはビブラム”、というちょっと変わったシューズを使用していますが、現地ではやはり滑ることはなく、まったく問題ありませんでした。

また、1日で三俣山荘までたどり着けない場合に対応すべく、ツエルトや防寒着などを用意し、地図を見てビバーク適地や水を得る場所にも見当をつけておきましょう。

まずは高瀬ダムから、起点となる「湯俣」へ!


起点となる湯俣へは、高瀬ダムのほとりまでタクシーで向かい、そこから歩行を開始。途中までは車道であることに加え、電力会社の作業員が定期的に入っていることもあり、おおむね歩きやすい道になっています。
コースタイムの目安は約3時間といったところです。
※これから紹介していく写真には番号を付けているので、ぜひMAPと照らし合わせながらチェックしてみてください!

 
map①:高瀬渓谷の奥に立つ湯俣温泉晴嵐荘。この建物の左奥の谷から伊藤新道が始まります。 (以降の写真はすべて、撮影:高橋庄太郎、田村茂樹、YAMA HACK編集部)
高瀬渓谷をさかのぼりながら歩いていくと、湯俣温泉晴嵐荘という山小屋があります。伊藤新道を踏破するには時間がかかるため、初日はここに宿泊するとよいでしょう。小屋内部には温泉が引かれ、テント場も利用できます。
対岸に立つ湯俣山荘は営業休止中ですが、2021年には再開されるという噂もあり、近いうちに泊まれるようになるかもしれません。

なお、湯俣周囲は毎年のように大水によって地形が変わり、晴嵐荘へ渡る橋は何度も何度も流出しています。
年によって状況は大きく変わるので、出発前には小屋に問い合わせ、詳細な情報を集めるようにしましょう。

map②:大水によってえぐられた高瀬川の河岸の様子。右岸がかろうじて通れるようになっています。
伊藤新道を歩くのに適した時期は、多くの場合、例年9月後半からです。
それ以前は川の水量が多すぎて、渡渉中に流される危険が非常に高く、夏場は台風などでもたびたび増水します。しかし秋になると水量が減り、入山直前に大雨でも降らない限りは、格段に挑戦しやすくなります。
水が冷たくなってきているのは問題ですが…服装を工夫すればこの点は対処できるので、この取材も10月初旬を狙いました。

湯俣から湯俣川に入り、本格的に出発!


翌日は早朝に湯俣を出発します。
伊藤新道の大半の区間は無整備で、水量によって歩行の難易度が大きく変わります。ときには崖が崩れて先に進みにくい状況になっていることも考えられますが、すべては”行ってみないとわからない”状況ともいえます。状況は毎年変わる可能性があり、ここで紹介しているのはあくまでも「2019年」の状況をもとにしたものだと考えてください。
だからこそ、できるだけ時間には余裕を持たねばなりません。

map③:昔の標識。かつて湯俣からは槍ヶ岳方面に向かう道もあり、”北鎌尾根”を目指す人のアプローチにも使われていました。
晴嵐荘から高瀬川をわずかにさかのぼると、湯俣川と水俣川の合流地点(出合)となり、水俣川のほうに吊り橋がかかっています。これを渡って湯俣川側へと移り、ここから本格的に伊藤新道へ。
まずは「谷」パートの始まりです。

map④:水俣川(奥)と湯俣川の出合には、古びた吊り橋がかけられています。
map⑤:吊り橋を渡ったところには「山の神」の鳥居が立っている。その右側が湯俣川で、伊藤新道への入り口となります。
map⑥:鳥居はまさに伊藤新道へのゲートのような位置に。手を合わせてから出発しましょう。
ちなみに、高瀬川とは水俣川と湯俣川が合流してからの川の名前であり、この出合より上流では、伊藤新道は湯俣川沿いにつけられている道、ということになります。

さて、ここでもう一度、現地の地図を確認しましょう。
伊藤新道 マップ
三俣山荘のウェブサイトより(クリックすると大きい画像が見れます)
湯俣を出発して以降、5つの吊り橋(の跡)があり、ルート上のポイントになっていることがわかります。
これから、その”吊り橋跡”を区切りとして、少しずつ前進していくわけです。

【噴湯丘~第1つり橋跡】
第一の見どころ、天然記念物の”噴湯丘”


伊藤新道の始まりは、湯俣川の右岸(上流から下流を見て、右側のこと)。しかしすぐに”渡渉”して左岸へ渡らなくてはいけません。これ以降、渡渉を20回近く繰り返すことになります。

map⑦:一般的に下流になるほど水量が増すのが川というもの。伊藤新道も出発した直後の渡渉はなかなか大変です。
湯俣を出てすぐ、はじめの渡渉を完了した付近には、”噴湯丘”があります。これは長い年月をかけて半球形に温泉成分が固まったもので、国の天然記念物に指定されています。こいつは本当に見事ですよ! 人間の身長ほどもあり、これを見るためだけに湯俣を訪れる人も多いくらいです。

map⑧:こちらが噴湯丘。近付きすぎて、表面を崩さないように!
map⑨:噴湯丘付近には熱湯が噴き出ています。うかつに足を踏み入れると大火傷を起こすので、注意!
map⑩:噴湯丘の先にも、温泉成分が固まった場所があり、ちょっと不気味な雰囲気です。
map⑫:湯俣に近いほど渡渉の必要が多く、だんだん川の中を歩くのも慣れてきます。

【第1つり橋跡~第2吊橋跡】
頭上にぶら下がるワイヤー。各地に残る伊藤新道の痕跡


渡渉を繰り返して湯俣川をさかのぼり、周囲をぐるりと眺めていると、ときどき”人工物”を見かけます。それらはどれも伊藤新道にまつわるもので、とくに桟道や吊り橋の跡が目立ち、ちょっとした”遺跡”をまわっているような気分にさえなってくるほどです。

map⑬:第1吊り橋の跡には、崖の上からワイヤーが垂れ下がっています。
それにしても、これほど険しい峡谷に、よくも登山道をつけたものです。これを計画した故・伊藤正一さん(三俣山荘の初代の主人)の熱意と苦労がしのばれます。

次々に現れる危険個所。どう突破していくか?

湯俣から上流へ向かっていくと、とくに厳しい難所は前半部分に集まっていることがわかります。次の写真は三俣山荘関係者などからは”ガンダム岩”と呼ばれているポイント(この角度からだと、なにがガンダムなのかわかりませんが)。崩壊が激しく、大岩の横を登っていくのは非常に大変です。

map⑭:現在の伊藤新道の難所のひとつが、第一吊り橋の先のガンダム岩。このとき、大きな岩の右にはトラロープがつけられていました。
大岩の右側から登って登れないことはないようにも見えますが、手をかけた岩が崩れ落ちたら……などと考えると、とても足を踏み入れる気になれませんでした(しかし、三俣から戻る復路では、ロープを出して通過)

 

map⑮:こちらは三俣から戻るとき、調査のためにロープを出して下りたときの様子。この場所を無理に通るのはお勧めしかねます。
map⑯:先ほどの大岩の裏側の様子。崖を避けるために川寄りを通ろうとして、水の中に落ちたら大変です。
じつはここ、以前ならば川のほうから比較的スムーズに突破できたのですが、現在は難しくなっています。今回は水量が多く、現実的ではありませんでした。
そこで、このときはガンダム岩の上を大きく高巻くことに。崩れやすい岩の上を慎重に、数十mも登っていきました。

map⑰:この写真のV字型に切れ込んだ場所までいったん登り、その後は左側(上流方向)にトラバース。
map⑱:ひとたび滑落したら、一気に水流のなかへ……という怖い場所。
map⑲:最後にヤブをかき分けて、再び河床に。こんな場所までたどり着けば、一安心です。
これだけ高巻きすると、体力はかなり消費します。また、これはこれで落石や滑落の危険がなくなるわけではなく、いくらか”マシ”になるだけ。でも、1%でも危険度が下がるのならば、時間と体力をかけて迂回する意味はとても大きいのです。

本当に行けるの!? 最大の難所【第3吊り橋跡】


いくつかある伊藤新道の難所の中で、筆者の心にいちばん深く残っているのは、第3吊り橋跡です。
いや、筆者に限らず、その昔にここを通った登山者も同様だったに違いありません。なにしろ吊り橋跡の近くの岩には、赤いペンキで「引き返す勇気を 雨天時」という文字が書かれているのですから。
こんな場所、伊藤新道ではここだけです。

map⑳:第3吊り橋跡の大きな岩盤。その板のような部分に薄らいだ赤い字が見えるでしょうか。
map㉑:「引き返す勇気を 雨天の時」というメッセージ。たしかにここは増水していると簡単に流されそうな場所です。
この場所を初見で通過するのは、難しいでしょう。水量が少なめのときであれば、ガイドさんなどが対岸にロープを渡し、それに沿って渡渉するほうが確実かもしれません。

しかし、このときのガイドの田村さん、そして筆者ともに、伊藤新道の経験者。一目では”行けそうにない”ように見える右岸ですが、この水流でもなんとか通れるのではないかと考えました。
それでも失敗すれば流される心配はあり、ちょっとドキドキしながら水の中に入っていきました。

map㉒:文字が書かれた大岩の裏へまわりこむようにして前進。足元がまったく見えず、恐ろしい!
map㉓:水流が緩んだところで、自分の下半身を撮影。ここまでくると、冷たさも感じません。
map㉔:身長177㎝の筆者でも、ここまで水に浸かってしまうのが第3吊り橋跡。タイミングによって水位は上下し、このときは1m以上でしょうか。
map㉕:渡り終えてから見た第3吊り橋跡。水泡が沸き立つ対岸に沿って10m以上も歩いたことになります。
map㉖:最大の難所を終えてしばし休憩。
本格的に沢登りをする人からすれば、大したことがない場所なのかもしれません。
しかし、ここは以前、体を濡らさずに歩ける道がついていた場所なのです。近日中に伊藤新道を本格的に復活させたいと考えている三俣山荘は、エキスパートだけではなく、一般的な登山者にもいずれは歩いてほしいと願っています。
それを考えると、この第3吊り橋跡はもっとラクに通過できる方法を見つけられるとよさそうでした。

沢が広がり、明るい雰囲気に。
【第4吊り橋跡】までくれば、少しは安心。


第3吊り橋の先は、これまでに比べれば、だいぶラクになります。伊藤新道がつけられた湯俣川の渓谷は下流ほど狭い場所が多く、上流のほうが広々としており、圧迫感が薄れるのがうれしいところです。
相対的に危険個所も少なく、ここからはいくらかリラックスして進んでいけるでしょう。

map㉗:電線のように細いワイヤーが残る第4吊り橋跡。ワリモ沢との合流点に近い場所です。
map㉘:川岸から外れ、小高い場所に少しだけ登っていくと、これまで歩いてきた湯俣川が眼下に。
map㉙:いまだ渡渉は続くものの、水量は少なく、もう流される危険はほとんどありません。
この後、第5吊り橋跡で湯俣川を右岸から左岸へ。これが最後の渡渉となり、「谷」のパートは終了します。そして、そこから先は湯俣川を離れ、「森」のパートに。”ほとんどの人が見たことがない槍ヶ岳の姿”など、これまでとはまったく違う景色が広がっています。

詳しくは、近日公開の「後編」をご覧ください!

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高橋庄太郎
高橋庄太郎

山岳/アウトドアライター。高校の山岳部から山歩きを始め、登山歴は30年以上に。好きな山域は北アルプスで、テント泊をこよなく愛する。テレビやイベントへの出演も多く、各メーカーとのコラボでアウトドアギア作りも。『トレッキング実践学 改訂版』『山道具 選び方、使い方』『テント泊登山の基本』など、著書も多数。https://www.instagram.com/shotarotakahashi/

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