目次
山の”総合力”を高めれば行ける、 憧れの「伊藤新道」

詳しくは以前の記事を読んでいただきたいのですが、登山道周辺の岩盤が崩れ始めたために、残念ながら1983年くらいには事実上”廃道”のようになってしまいました。
しかし、廃道のようではあっても、実際には「通行不能」ではなく、「通行困難」。
そう、正しい情報、技術、体力、季節、天候などがうまくかみ合えば、「行けなくはない」道として残っているのです。
そのことを知っているコアな登山者のなかには、いつかは踏破しようと大きな憧れを抱いている人も多いようです。
今回はそんな伊藤新道のコースについて紹介していこうと思います。
▼「伊藤新道」については、まずこの記事をチェック
まずは伊藤新道のコースを確認

※コースタイム・距離について
「谷」が4.5~5㎞くらい、「森」が4kmくらい、合計距離も「10㎞程度」ですが、登山道の状況も日々変化しているため、”伊藤新道のコースタイムはこのくらいです”とお伝えすることがとても難しい道。
相当な熟練者で半日(6~7時間)、普通の”できる人”で1日(8~10時間)くらいが目安となりますが、「一般的には1日かかるのが普通」と考えておいてください。
登山道の状況を確認しておくのはもちろんですが、時間にも余裕を持って臨むようにしましょう。
コース詳細を紹介する前に…

伊藤新道を自力で踏破できるのは、よほど山に慣れたエキスパートのみ。しかし、伊藤新道を詳しく知る田村さんのようなガイドにお願いすれば、多くの人が挑戦可能になります。
ただし、それでもある程度の経験は必要。必ず事前に自身の体力・技術レベル、経験を上げておくことが大切です。

落石や滑落、転倒が大いに予想される伊藤新道に立ち入る際、忘れてはいけない装備が、なんといってもヘルメット。
さらに何度も渡渉を繰り返すコースのため、全身濡れても体温をキープできるようなウェアで身をかため、荷物は防水して持ち運べるようにしておきます。いざというときはロープと組み合わせて使うハーネスも必要です。そして、いちばん重要なのが足元で、水抜けがよく滑りにくい”沢靴”のようなシューズを用意します。ただし、フェルトのソールは高巻きのときに滑りやすいので、沢靴のなかでもラバー系のソールのほうがお勧めです。
ただ…実は温泉の成分が流れ込んでいるためにコケが生えない湯俣川では、実は一般的な登山靴に使われているビブラムのような硬いソールでもほとんど滑りません。そのため筆者は、”水抜けはいい構造だけど、ソールはビブラム”、というちょっと変わったシューズを使用していますが、現地ではやはり滑ることはなく、まったく問題ありませんでした。
また、1日で三俣山荘までたどり着けない場合に対応すべく、ツエルトや防寒着などを用意し、地図を見てビバーク適地や水を得る場所にも見当をつけておきましょう。
まずは高瀬ダムから、起点となる「湯俣」へ!

起点となる湯俣へは、高瀬ダムのほとりまでタクシーで向かい、そこから歩行を開始。途中までは車道であることに加え、電力会社の作業員が定期的に入っていることもあり、おおむね歩きやすい道になっています。
コースタイムの目安は約3時間といったところです。
※これから紹介していく写真には番号を付けているので、ぜひMAPと照らし合わせながらチェックしてみてください!
高瀬渓谷をさかのぼりながら歩いていくと、湯俣温泉晴嵐荘という山小屋があります。伊藤新道を踏破するには時間がかかるため、初日はここに宿泊するとよいでしょう。小屋内部には温泉が引かれ、テント場も利用できます。
対岸に立つ湯俣山荘は営業休止中ですが、2021年には再開されるという噂もあり、近いうちに泊まれるようになるかもしれません。
なお、湯俣周囲は毎年のように大水によって地形が変わり、晴嵐荘へ渡る橋は何度も何度も流出しています。
年によって状況は大きく変わるので、出発前には小屋に問い合わせ、詳細な情報を集めるようにしましょう。

それ以前は川の水量が多すぎて、渡渉中に流される危険が非常に高く、夏場は台風などでもたびたび増水します。しかし秋になると水量が減り、入山直前に大雨でも降らない限りは、格段に挑戦しやすくなります。
水が冷たくなってきているのは問題ですが…服装を工夫すればこの点は対処できるので、この取材も10月初旬を狙いました。
湯俣から湯俣川に入り、本格的に出発!

翌日は早朝に湯俣を出発します。
伊藤新道の大半の区間は無整備で、水量によって歩行の難易度が大きく変わります。ときには崖が崩れて先に進みにくい状況になっていることも考えられますが、すべては”行ってみないとわからない”状況ともいえます。状況は毎年変わる可能性があり、ここで紹介しているのはあくまでも「2019年」の状況をもとにしたものだと考えてください。
だからこそ、できるだけ時間には余裕を持たねばなりません。

まずは「谷」パートの始まりです。



さて、ここでもう一度、現地の地図を確認しましょう。

湯俣を出発して以降、5つの吊り橋(の跡)があり、ルート上のポイントになっていることがわかります。
これから、その”吊り橋跡”を区切りとして、少しずつ前進していくわけです。
【噴湯丘~第1つり橋跡】
第一の見どころ、天然記念物の”噴湯丘”

伊藤新道の始まりは、湯俣川の右岸(上流から下流を見て、右側のこと)。しかしすぐに”渡渉”して左岸へ渡らなくてはいけません。これ以降、渡渉を20回近く繰り返すことになります。





【第1つり橋跡~第2吊橋跡】
頭上にぶら下がるワイヤー。各地に残る伊藤新道の痕跡

渡渉を繰り返して湯俣川をさかのぼり、周囲をぐるりと眺めていると、ときどき”人工物”を見かけます。それらはどれも伊藤新道にまつわるもので、とくに桟道や吊り橋の跡が目立ち、ちょっとした”遺跡”をまわっているような気分にさえなってくるほどです。

次々に現れる危険個所。どう突破していくか?
湯俣から上流へ向かっていくと、とくに厳しい難所は前半部分に集まっていることがわかります。次の写真は三俣山荘関係者などからは”ガンダム岩”と呼ばれているポイント(この角度からだと、なにがガンダムなのかわかりませんが)。崩壊が激しく、大岩の横を登っていくのは非常に大変です。


そこで、このときはガンダム岩の上を大きく高巻くことに。崩れやすい岩の上を慎重に、数十mも登っていきました。



本当に行けるの!? 最大の難所【第3吊り橋跡】

いくつかある伊藤新道の難所の中で、筆者の心にいちばん深く残っているのは、第3吊り橋跡です。
いや、筆者に限らず、その昔にここを通った登山者も同様だったに違いありません。なにしろ吊り橋跡の近くの岩には、赤いペンキで「引き返す勇気を 雨天時」という文字が書かれているのですから。
こんな場所、伊藤新道ではここだけです。


しかし、このときのガイドの田村さん、そして筆者ともに、伊藤新道の経験者。一目では”行けそうにない”ように見える右岸ですが、この水流でもなんとか通れるのではないかと考えました。
それでも失敗すれば流される心配はあり、ちょっとドキドキしながら水の中に入っていきました。





しかし、ここは以前、体を濡らさずに歩ける道がついていた場所なのです。近日中に伊藤新道を本格的に復活させたいと考えている三俣山荘は、エキスパートだけではなく、一般的な登山者にもいずれは歩いてほしいと願っています。
それを考えると、この第3吊り橋跡はもっとラクに通過できる方法を見つけられるとよさそうでした。
沢が広がり、明るい雰囲気に。
【第4吊り橋跡】までくれば、少しは安心。

第3吊り橋の先は、これまでに比べれば、だいぶラクになります。伊藤新道がつけられた湯俣川の渓谷は下流ほど狭い場所が多く、上流のほうが広々としており、圧迫感が薄れるのがうれしいところです。
相対的に危険個所も少なく、ここからはいくらかリラックスして進んでいけるでしょう。



詳しくは、近日公開の「後編」をご覧ください!