「無事に帰ってこれるのか?」という問いに答えることができなかった
氷河を進むと、これから登るハースト尾根が見えてきました。
立ち止まり、下から舐めるように目で尾根を辿ってみると、尾根は遠くで見るよりもさらに鋭く険しく、そして脆そうです。
「・・・本当にここを登れるのか?」
自分の中に不安と迷いが生まれていました。
ハースト尾根の末端を回り込むような形で、取り付き(※4)に到着。
脆そうな崖を見上げ、これから登る道筋を頭の中で描いてみました。
・・・・・・
「もしや取り付きはここではないのでは?」と思い地図を確認してみるも、間違いはなさそうです。
草を掴みながら急傾斜を登り出すも、少し歩けば見上げて立ち止まることを繰り返す。気づいた時には、私の足は完全に止まっていました。
「この先の難所を越え、無事に帰ってくることができるだろうか…?」
そう思った瞬間に、自分の心が折れたことがわかりました。
ここで下山を決断。マウントクックへの挑戦は、初日で呆気なく終わったのです。
「このままでは終われない」葛藤の末、たどり着いた答えとは・・・
トボトボとタスマン氷河へと戻り、石の上に腰を下ろす。
「なんて情けないんだろうか…」「もしかしたら行けるんじゃないか?」「いや、不確定要素が多すぎるぞ…」と、自問自答を繰り返し、気づけばかなりの時間が経過していました。落石の危険もあるので、安全な場所に移動しビバーク(※5)することに。
しかし、このまま帰るわけにはいきません。
「マウントクックに行くことはできないけど、それでも自分なりの登山はできるんじゃないか」
私が出した答えは、別ルートへの変更。
地形図を取り出し、事前に頭に入れていた情報を頼りにルートを辿って次なる目標を決めました。
すべては自分が納得できる山行のために
目指すは、マウントクックの肩にある「ボールパス(パス=峠)」を越える「ボールパス・クロッシング」と呼ばれるルート。マウントクック登頂よりも難易度は下がるものの、登山道のない雪と岩の道のりです。
明朝、季節は夏といえど氷河の上は冷蔵庫のように寒い中、シュラフに身を包みながら夜が明けるのを待ちました。
美しく朝焼けしていく景色とは裏腹に、私の心は相変わらず曇り空。
「もういいじゃないか」という自分と「行けたんじゃないか」という自分、あいかわらず悶々としています。
しかし、今はボールパス・クロッシングを歩き切ることだけを考え、準備を整えビバーク地を出発。
荘厳な大自然が気持ちを晴らしてくれる
空は青く澄み渡っています。
目的地となるボールパスへは、昨日通ったボールハットの西面の尾根が取り付き。岩尾根の急登が続きますが、昨日のハースト尾根を味わっているせいか、とても歩きやすく感じます。
日本とは一味違うダイナミックな山の景色や時々現れるケルンが安心感を与えてくれ、少しずつ気分が高ぶってきました。
尾根に沿って進んで行くと次第に雪は増し、アルプスらしい山容が現れはじめました。
そして、見上げると・・・
マウントクックが!!
かつて感じたことのない強烈なエネルギー。その威厳と迫力に言葉を失いました。
マウントクックを横目に進むと、ボールパスが見えてきます。
日差しで雪は緩み、膝までズボズボと埋まりますが、あせらず慎重に歩みを進めました。
夕映えに包まれていく世界に息を飲む
出発から8時間、目指していたボールパスに到着。
これ以上の行動は危険と判断し、今日はここでビバークすることにしました。
悩んだ末にザックに詰め込んだビール。
プシュ!
持ってきてよかった…
時刻は20時を回り、西の山に日が沈み始めました。ニュージーランドの夏は日没が21時頃で日出が6時頃。この頃には、ニュージーランドの時間感覚にも慣れてきました。
東の山脈が淡いアーベントロートに包まれていきます。
ニュージーランドの夕空は、日本よりもほのかな色合いをしているように感じました。
そして、日没とともに私もシュラフの中へ。