【登山脳】を鍛えれば山がもっと楽しくなる!?「目標の山」がある人こそマネしたい考え方とは?(2ページ目)

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笹倉ガイド
最初はないと思います。だから、僕は登山という活動は登山脳を育てていくものじゃないかと思うんですよね。やればやるほどそういう課題を処理する能力が上がっていくと思うんです。

将棋脳だって最初からではなくて何十回、何百回も将棋をする中で学んでいくんですよね。「これがこう来たらこう動くのが最良の判断だ!」みたいな。

でも、棋士に「何十年も将棋やってて飽きないんですか?」って聞いて、飽きましたって、言う人はいないんじゃないかな。


編集部
青柳
やればやるほど毎回違う課題や敗因が見えてくるから・・・?
笹倉ガイド
そう。それが新鮮でクリアしていく喜びがあるから何十年やってもまだまだ十分じゃないですよって言ってて、僕にとって登山ってそういうものなので。

実際、ガイドとしていろんなお客さんに楽しんでもらいたいからこそ今でも毎回検証をして試行錯誤しますし、新たな発見があって楽しいですよ。


編集部
青柳
ガイドとしては振り返ることにすごく価値がありそうですが、一般登山者視点ではどんなメリットがあると思いますか?

笹倉ガイド
一つは計画の精度が増すと思うんです。

繰り返すことでリアルに近いプランニングができ、想定外のことが起きにくくなる。それでも計画通りに行くとは限らないですが、そういう時でも最適解を導き出す能力が明らかに上がってくるので、その部分では一般登山者にとってとても重要なことだと思います。


編集部
青柳
アクシデントへの対応力やそれを未然に防ぐための力ですね。自立した登山というか。

笹倉ガイド
原則として自分たちで完結させるのが登山なので、その状況における最適解を導き出すことができるんですよね。
編集部
青柳
いくら実力があっても救助に頼らざるを得ない場合もたくさんあるとは思いますが、自分自身で完結させるための選択肢は多い方がいいに越したことはないですもんね。

自身がパキスタン・トランゴタワーで目撃した登山脳の大切さ

編集部
青柳
笹倉さん自身が登山脳を鍛えていてよかったなと思う経験はありますか?

笹倉ガイド
私自身の話というより、優れた登山脳を備えている人たちを目の前で見てて、この人たちはそうなんだなと思うことはありましたね。

編集部
青柳
どんな場面ですか?

笹倉ガイド
30年ほど前、パキスタンにあるトランゴタワーというところに遠征したんですが、常識的に考えて絶対に救出不可能な状況の中、自分たちでレスキューを行い、完結させた日本人のチームがあったんです。

その時に彼らがとった行動とか意思決定のプロセスが、とにかくすごいなと。普通なら絶対助からないような状況からの生還でしたから。

トランゴネームレスタワー

撮影:笹倉孝昭(トランゴネームレスタワー)

編集部
青柳
具体的に、どんな状況だったんですか?

笹倉ガイド
トランゴネームレスタワーに単独で登ったクライマー・南裏健康さんがパラグライダーで飛び降りて下山しようとしたんだけど、それが頂上から80mのところにある岩に引っかかってしまって、宙吊りで動けなくなってしまったんです。

その岩塔に登るのに、そもそも約20日かけて登ってるんですよね。水も食料もなし。場所が場所だけにヘリでの救出も難しい。助けるなら自分たちが行くしかない状況だったんです。


編集部
青柳
絶体絶命ですね・・・。

笹倉ガイド
はい。ただ、簡単な山じゃない。岩塔ですから。どのルートで、誰が、どうやっていくのか。そのあたりの戦略・戦術を考えるのも大変ですが、時間かけたらその間に死んじゃいますから。だからすぐに結論を出さなきゃいけない。でもそれがヤケになってはダメで、根拠をもとに決定する必要がある。

そんな状況の中、隣の岩塔(グレートトランゴタワー)を登ったメンバーの木本哲さん、保科雅則さんがどのルートをから登って救助に向かうかをあっという間に見極めた。そして、2泊3日というとてつもない早さで登りきり、救助して降りてきたんです。


編集部
青柳
すごい・・・

笹倉ガイド
僕は彼らをバックアプする立場だったのですが、それを見てて、一つ一つの意思決定のプロセスがはっきりしてるのと、決定したら怯まないし揺るがないのに感心しきっきりでした。

普通、プロジェクト全体ってPDCAで回しますよね。しかし、動作や行動そのものはスピードが求められるので、まず観察、次に情勢判断。それに基づいて意思決定、そして行動というループを取り入れます。これをOODA(※)というんですけど、このループは登山行動中の意思決定プロセスとしてとても効果的なものといえます。登山全体はPDCA、その中で発生する一つ一つのタスクはOODAにもとづいているという風に考えられます。

※OODA:観察(Observe)、情勢判断(Orient)、意志決定(Decide)、行動(Act)の略称。本来は戦術だったが、ビジネスにも応用されている。
次々と繰り出される専門用語に戸惑う青柳「え、なに?OODA?政府開発援助??」

編集部
青柳
そ、それはつまり、スピード感が求められることにおいてはPDCAよりもOODAの方が長けているということでしょうか。

笹倉ガイド
そう、もともとOODAってスピードが要求される中での意思決定プロセスなんです。
編集部
青柳
たしかに自分もよく考えたらOODAやってますね。まずは状況を整理して、最適な行動を導き出して判断し、次の動作につなげる・・・。


笹倉ガイド
そう、そうなんです。登山を長く続けている人はみんなやってるんですよ!(笑)
それを「OODA」っていう言葉に当てはめているだけです。

編集部
青柳
ちょっと頭が良くなった気がします(笑)
ただ、その一つ一つの判断が正しいかは「死ななかったからよかったね」じゃなくて「もっといい方法があったんじゃないか?」っといった感じで繰り返さないと鍛えられないってことですよね。

その山に登るイメージがわけば、それは照準に入ったということ


編集部
青柳
ところで、先ほどのお話だと、登山脳が備わるほど登山計画の精度が増すということでしたよね。それって、
「自分の実力だとこの山にはこのくらいのタイムで行けるだろう」とか、
「ここの急登が苦しそうだから、行動食は多めに持っていこう」・・・みたいなイメージでしょうか。


自分がその山で登山しているイメージがより鮮明になってきた
ってことなのかなぁと。


笹倉ガイド
要は、山に対して積極的な関わり方をしているということですね。自分の経験値を理解しながら山のことを調べ、どういう登山をするか考える。山に対してとても積極的な考え方だと思います。

逆に受け身な登山はただ付いて行っているだけで”登れてしまった”ような人。きっと下山後に振り返ったとしても積極的か受け身だったかで得るものが違ってくると思います。


編集部
青柳
それ、かなりわかります!単純に、自分で計画を立てたかどうかで得るものも思い出深さも全然違います。

山に積極的に関わることで、目標の山もイメージできるようになる!


編集部
青柳
登山を始めたての人って、目標の山ありきで考えている人が多いと思うんですよね。
“どこかで”登山をしたい」というよりは、「“剱岳”に登りたい!」みたいな。

でも、自分にはすぐにそこに登れるのか?どんな技術がいるのか?がわからない人って多いと思うんです。
そういった人たちに、登山脳の考え方って有効だなと思ったんですが。


笹倉ガイド
なるほど

編集部
青柳
もしかしたら、はじめてでも剱岳に”登れてしまう”かもしれない。
でも、剱岳の道やその険しさはよくわからない。

だから、
「剱岳は岩場が多いらしいから初級者向けの岩場が多い山に行ってみよう。」
とか、自分がイメージできる登山計画をたてて繰り返すことで少しずつレベルアップすると思うんですよね。

そうやって、剱岳への登山が実感として現実味を帯びてくるんじゃないかなと思いました。その頃が「登り時」なのかなと。


笹倉ガイド
まさにそうですね。その経験の繰り返しが登山脳を鍛え上げ、剱岳を現実的なものにしているのだと思います。

「この山なら自分もいけるかも」と経験値に照らし合わせてイメージできれば、その山に登る資格というか「照準」はあっているのだと思います


編集部
青柳
“登りたい山”がある人こそ、登山脳を鍛えてみると良さそうですね。

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