ひっそりと、都内のビルの一室にある『MT.FABs』
体のラインに沿う立体的で独特なデザインのサコッシュ”KHAMPA LA PACK”で知られる『WANDERLUST EQUIPMENT』の粟津 創さん。そしてオリジナルのデイジーチェインシステムによって、ひとつのパックで25ℓ~50ℓまで容量を可変できるパック”OWN”が話題の『OGAWAND』小川隆行さん。おふたりは神楽坂近くの古い建物の一室を借り、『MT.FABs』という名で2013年から工房兼ショールームを共にしています。
そこにはウルトラライト=UL道具を愛し、そして自作する多くの仲間たちのギアも並び、普段はネット上でしか見られないUL道具を手に取って見られる場所でもあります。いわゆるセオリーとは異なるハイキングスタイルで、UL道具を活用し、つくり、それぞれの目的で旅してきたおふたりの知見に触れられる貴重なお店です。
おふたりが手掛けるウルトラライト=UL道具のムーブメントは、日本でも大きな広がりを見せて久しいです。当初は米国のガレージメーカーの商品が紹介されるだけだったのが、日本でも米国同様の、そしておふたりのような本格的なガレージメーカーが立ち上がり、現在ではマスメーカーの多くもULに影響を受けた道具を販売しています。
それにともない、感度の高い一部のハイカーだけが愛用していたUL道具もかなり一般化して、すべての道具とまではいかないでも装備の一部に使うハイカーが多くいます。例えば、日本のULハイキングスタイルの象徴のサコッシュがそうでしょう。またフレームレスの軽量バックパックを背負うハイカーも、少し前に比べれば圧倒的に増えている印象です。
道具だけでなく、心も軽くしてみて
「ウルトラライトというと、日本では超軽量な装備で山に登るスタイルのように捉えられていますが、本来はアメリカの長大なトレイルを歩くために積み上げられたノウハウ、方法論のことです。多機能な道具によってそれを可能にするのではなく、シンプルな道具と昔からある古典的な野営術などを用いて、山で本当に必要なモノをハイカーそれぞれが吟味、精査して、より遠くまで歩いて行く方法。だからスタイルや道具をコピーだけしていても、実はあまり意味がないんです。ハイカー自身が試行錯誤してこそ、取り入れられるものです」
そう教えてくれた粟津さん。山との出会いは社会人になってから。最初の登山は冬山テント泊。「危なくなったら宿泊できるから、より安全」だろうというのが、その理由だといいます。
できるだけ失敗は避けたい。でも…
「冬山に使う装備って、重い。だからそれ以外の道具をできる限り軽くしたかった、というのがウルトラライトに至ったきっかけです。道具だけでなく、その方法を学んで、ガレージメーカーから素材を取り寄せて自分でつくったのが今に繋がることです。
いろいろな山に登って考えたのは、山で生きるのに本当に必要なものとは、なんだろうか? ということ。例えば失敗を避けようとするメンタリティ。これって、場合によっては危険なことです。自分が危機に陥っていても計画、予定を変更できないことに繋がりかねないからです。だからこそ自分自身に植え付けられた既成概念や固定観念を疑い、つまり心を軽くしたら、もっと自由でより安全に山を楽しめると思うんです」
普通はデイハイクの方が簡単で安全だと考えます。しかし、その固定観念を疑うことで「危なくなったら宿泊できるから、より安全」と考え、テント泊から粟津さんの山旅が始まったのは、軽やかで柔軟な思考を持っていたからでしょう。