アマダブラム

【撤退、そして再びアマ・ダブラムへ】新進気鋭の写真家・上田優紀の挑戦【vol.4】

自分ではどうすることもできない天気によって撤退を余儀なくされた僕は体も心も傷つき、ベースキャンプのテントでうずくまっていた。もうこの挑戦は終わったのだろうか。ただ、どうしてもあの美しい頂を諦めることができない。僕の心の底には、まだ微かな熱が残っていた。

これまでの話はコチラ☟


10月23日、ベースキャンプ。僕はテントの中で痛む脇腹を抑えながらシュラフに潜り込んでいた。深く呼吸をする度に鈍痛が肋骨の辺りを襲ってくる。想定もしていなかったその出来事が起きたのは撤退を決めた日のキャンプ3に遡る。

撤退を決めたからには出来るだけ早く標高を下げる必要があった。標高6000mとは言え、長くいればそれだけで体力は奪われてしまう。キャンプ3から強風の中、力なく懸垂下降を繰り返した。

気をつけながら氷壁を懸垂下降していく 撮影:上田優紀

登山における事故のほとんどは下山中に起こる。登るのに体力も精神力も使い、集中力は欠け、思考が停止する。経験豊富で尊敬すべき多くの冒険家や登山家たちも下山中に不幸な事故に合い、亡くなっている。
そんなことはもちろん知っていたし、自分では気を付けて下山しているつもりだった。それでも、今になって思うとやはり疲れなのか、頂を諦めたことからなのか、どこか集中力が欠けていたのかもしれない。

ほとんど垂直の氷壁 撮影:上田優紀

キャンプ3を出て、氷壁を降り続け、岩と氷がミックスになった壁までたどり着いていた。この壁を降りれば、今日、泊まるキャンプ2まであと少し。いくつかのテントが申し訳なさそうに絶壁に張り付いているその姿はもう見えている。
あそこまで行けば、熱いお茶とご飯を食べ、横になることも出来る。ぼんやりとそんなことを考えながら今まで何度も繰り返してきたのと同じように懸垂下降を始めた。

キャンプ2間際の岩壁、ここで僕は重大なミスをしてしまう 撮影:上田優紀

何事もなく壁の半分ほどまで下った時、それはあまりにも急な出来事で、何が起こったのか全く分からなかった。アイゼンを引っ掛けたはずの岩壁から右足が滑り、一瞬両足が壁から離れ、空中に体が浮く。あっ、と思った時にはすでにロープに吊るされた体は振り子のように横に振られていた。

とっさに振られた方を見る。岩壁が迫ってきていることを理解した次の瞬間、僕の体は激しく岩に打ちつけられた。

鈍い痛みが脇腹を襲い、額から脂汗が流れる。両手でロープを握りながら下降してしていたので肋骨付近にそのまま岩壁がぶつかってしまったようだ。
かつて骨折した時、同じような痛みを経験したことがあった。おそらく肋骨一本くらいは折れているだろう。耐えられないほど痛かったが、いつまでも宙吊りのままいるわけにもいかず、歯を食いしばり、どうにか足が付く場所まで降りていった。

上からシェルパが大丈夫かと聞いてくる。だめだ、と言うと本当にアマ・ダブラムが終わってしまう、そう思った僕は、問題ない!と叫んだ。それだけで激しい痛みに襲われる。キャンプ2まではあと1時間近く下降しなくてはいけない。おそらく折れているであろう肋骨をかばいながら痛みに耐え、再び懸垂下降を始めた。

激しく痛む肋骨をかばいながら必死に岩壁を下っていった 撮影:上田優紀

上手く呼吸が出来ない。標高6000m付近のこんな場所で激しくクライミングをし、体は酸素を大量に欲しがっていた。だが、肋骨の痛みがそれを許さない。何回かに分けて空気を吸い、少しずつ肺に酸素をためていく。
1ピッチ下るのにも相当な時間が掛かってしまうが、今はこれしか方法がなく、一歩ずつ、本当に一歩ずつ何度も小さな呼吸を繰り返しながら壁を降りていった。

息もまともにできない状態でキャンプ2に辿り着き、倒れるようにテントに潜り込んだ。その夜は、ほとんど寝ることが出来なかった。息を吸っても、咳をしても、お湯を飲んでも、何をしても悲鳴をあげる肋骨が眠ることを許さない。それでも、明日中にベースキャンプまで降りなくてはいけない。もう食料も燃料もほとんど残っていなかった。

キャンプ2から切り立ったリッジを歩き、下山していく 撮影:上田優紀

翌朝、キャンプ2から岩壁を懸垂下降し、切り立ったリッジを歩いていく。思いがけないことにある意味で怪我が功を奏していた。痛みがあるから集中力を保てる。出来るだけ痛みのないように意識してしっかりと呼吸をし、一歩ずつ丁寧に歩いていく。
もちろん、何をしても肋骨は痛いし、歩く速さはかなり遅いが、時間をかけながら、ゆっくりとキャンプ2からキャンプ1、そしてベースキャンプまで下っていった。

前回よりも2時間近く多くかかったが、何とかベースキャンプまで戻り、キッチンシェルパがいれてくれた熱い紅茶を飲んでいると自分の足で生きて帰ってこれたことを実感し、ほんの少しだけ満たされている自分がいた。

またベースキャンプに戻ってきた。この頃にはもう多くのテントが立てられている 撮影:上田優紀

ベースキャンプに着いて1日休息した後、シェルパにお願いして、2つのことを決めた。まず、もう一度挑戦させてもらうこと。文字通り満身創痍だったが、どうしても諦めることが出来ない、無理だと言われたら単独でも登るつもりだった。けど、この点に関してはあっさりと了承がおりた。
5日後、10月28日、ここ数週間のうちで最も風が弱い日がやってくる。ここに来て天が少し味方をしてくれている。早速、僕はこの日をサミットプッシュに当てるようにスケジュールを組み直した。ただ、これが本当に最後の挑戦。もしダメでも諦めることが条件だった。

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