【撤退、そして再びアマ・ダブラムへ】新進気鋭の写真家・上田優紀の挑戦【vol.4】

2018/12/12 更新

自分ではどうすることもできない天気によって撤退を余儀なくされた僕は体も心も傷つき、ベースキャンプのテントでうずくまっていた。もうこの挑戦は終わったのだろうか。ただ、どうしてもあの美しい頂を諦めることができない。僕の心の底には、まだ微かな熱が残っていた。

これまでの話はコチラ☟






10月23日、ベースキャンプ。僕はテントの中で痛む脇腹を抑えながらシュラフに潜り込んでいた。深く呼吸をする度に鈍痛が肋骨の辺りを襲ってくる。想定もしていなかったその出来事が起きたのは撤退を決めた日のキャンプ3に遡る。

撤退を決めたからには出来るだけ早く標高を下げる必要があった。標高6000mとは言え、長くいればそれだけで体力は奪われてしまう。キャンプ3から強風の中、力なく懸垂下降を繰り返した。

気をつけながら氷壁を懸垂下降していく 撮影:上田優紀

登山における事故のほとんどは下山中に起こる。登るのに体力も精神力も使い、集中力は欠け、思考が停止する。経験豊富で尊敬すべき多くの冒険家や登山家たちも下山中に不幸な事故に合い、亡くなっている。
そんなことはもちろん知っていたし、自分では気を付けて下山しているつもりだった。それでも、今になって思うとやはり疲れなのか、頂を諦めたことからなのか、どこか集中力が欠けていたのかもしれない。

ほとんど垂直の氷壁 撮影:上田優紀

キャンプ3を出て、氷壁を降り続け、岩と氷がミックスになった壁までたどり着いていた。この壁を降りれば、今日、泊まるキャンプ2まであと少し。いくつかのテントが申し訳なさそうに絶壁に張り付いているその姿はもう見えている。
あそこまで行けば、熱いお茶とご飯を食べ、横になることも出来る。ぼんやりとそんなことを考えながら今まで何度も繰り返してきたのと同じように懸垂下降を始めた。

キャンプ2間際の岩壁、ここで僕は重大なミスをしてしまう 撮影:上田優紀

何事もなく壁の半分ほどまで下った時、それはあまりにも急な出来事で、何が起こったのか全く分からなかった。アイゼンを引っ掛けたはずの岩壁から右足が滑り、一瞬両足が壁から離れ、空中に体が浮く。あっ、と思った時にはすでにロープに吊るされた体は振り子のように横に振られていた。

とっさに振られた方を見る。岩壁が迫ってきていることを理解した次の瞬間、僕の体は激しく岩に打ちつけられた。

鈍い痛みが脇腹を襲い、額から脂汗が流れる。両手でロープを握りながら下降してしていたので肋骨付近にそのまま岩壁がぶつかってしまったようだ。
かつて骨折した時、同じような痛みを経験したことがあった。おそらく肋骨一本くらいは折れているだろう。耐えられないほど痛かったが、いつまでも宙吊りのままいるわけにもいかず、歯を食いしばり、どうにか足が付く場所まで降りていった。

上からシェルパが大丈夫かと聞いてくる。だめだ、と言うと本当にアマ・ダブラムが終わってしまう、そう思った僕は、問題ない!と叫んだ。それだけで激しい痛みに襲われる。キャンプ2まではあと1時間近く下降しなくてはいけない。おそらく折れているであろう肋骨をかばいながら痛みに耐え、再び懸垂下降を始めた。

激しく痛む肋骨をかばいながら必死に岩壁を下っていった 撮影:上田優紀

上手く呼吸が出来ない。標高6000m付近のこんな場所で激しくクライミングをし、体は酸素を大量に欲しがっていた。だが、肋骨の痛みがそれを許さない。何回かに分けて空気を吸い、少しずつ肺に酸素をためていく。
1ピッチ下るのにも相当な時間が掛かってしまうが、今はこれしか方法がなく、一歩ずつ、本当に一歩ずつ何度も小さな呼吸を繰り返しながら壁を降りていった。

息もまともにできない状態でキャンプ2に辿り着き、倒れるようにテントに潜り込んだ。その夜は、ほとんど寝ることが出来なかった。息を吸っても、咳をしても、お湯を飲んでも、何をしても悲鳴をあげる肋骨が眠ることを許さない。それでも、明日中にベースキャンプまで降りなくてはいけない。もう食料も燃料もほとんど残っていなかった。

キャンプ2から切り立ったリッジを歩き、下山していく 撮影:上田優紀

翌朝、キャンプ2から岩壁を懸垂下降し、切り立ったリッジを歩いていく。思いがけないことにある意味で怪我が功を奏していた。痛みがあるから集中力を保てる。出来るだけ痛みのないように意識してしっかりと呼吸をし、一歩ずつ丁寧に歩いていく。
もちろん、何をしても肋骨は痛いし、歩く速さはかなり遅いが、時間をかけながら、ゆっくりとキャンプ2からキャンプ1、そしてベースキャンプまで下っていった。

前回よりも2時間近く多くかかったが、何とかベースキャンプまで戻り、キッチンシェルパがいれてくれた熱い紅茶を飲んでいると自分の足で生きて帰ってこれたことを実感し、ほんの少しだけ満たされている自分がいた。

またベースキャンプに戻ってきた。この頃にはもう多くのテントが立てられている 撮影:上田優紀

ベースキャンプに着いて1日休息した後、シェルパにお願いして、2つのことを決めた。まず、もう一度挑戦させてもらうこと。文字通り満身創痍だったが、どうしても諦めることが出来ない、無理だと言われたら単独でも登るつもりだった。けど、この点に関してはあっさりと了承がおりた。
5日後、10月28日、ここ数週間のうちで最も風が弱い日がやってくる。ここに来て天が少し味方をしてくれている。早速、僕はこの日をサミットプッシュに当てるようにスケジュールを組み直した。ただ、これが本当に最後の挑戦。もしダメでも諦めることが条件だった。

もう1つはキャンプ3の設置。前回、僕はキャンプ2から上部の壁を攻略するのに時間がかかりすぎた。午前中、時間が経つとともに風が強くなってくるアマ・ダブラムではそれが命取りになる。キャンプ3を設置すれば、登山自体は1日多くかかるものの、サミットプッシュに費やす時間は短くなる。夜中に出れば朝早くに登頂でき、昼過ぎには比較的安全なキャンプ2まで下りてこられる。
メリットしかなさそうなキャンプ3だが雪崩の危険があるため、ほとんどの人は設置していなかった。4年前、大規模な雪崩がキャンプ3を襲い、そこにテントを張っていた隊が全滅するという事故があったのだ。そのため、少し躊躇していたが、シェルパも最後には納得してくれた。

ヤクたちの鈴の音が心を少しだけなごましてくれる 撮影:上田優紀

そこから2日間は休養日にあて、体を休めることに専念した。2000mも下ってくると流石に酸素が濃く、久しぶりにゆっくりと眠ることが出来た。まだ肋骨は痛むが、こればっかりは我慢するしかない。

10月25日、いよいよ最後の挑戦がはじまった。泣いても笑ってもあと4日で全てが終わる。そう思うと、自然に気持ちが高まってくる。午前9時、もう何度登ったのか分からない取り付きの丘をゆっくりと登っていく。
いつも通り2時間かけてハイキャンプまで歩き、いつもと同じ岩に座って熱いお茶を飲みながら南西稜の先にそびえるアマ・ダブラムを眺めた。雲は多少あるが、風はなく、頂もよく見えている。これから行くルートを目で追い、キャンプ1まで高度を上げていく。


シェルパも休憩しながらゆっくりと岩壁を登っていた 撮影:上田優紀

尾根まで上がってキャンプ1、そして、翌日、キャンプ2へと登っていた。激しいロッククライミングに呼吸は乱れ、肋骨も痛むが、黙々と先に進む。キャンプ2もすでに三度目、高度障害はほとんどなく、難所のイエロータワーもそれほど苦労はしなかったが、それでもやはり空気は薄くなっているのがよく分かる。

前回から設置されたままのテントに入るとすぐに氷を溶かして大量の水を作り、時間をかけて紅茶を2リットル飲んだ。午後になると次第に雲が増え始め、雪が降りだしてきた。少しだけ不安がよぎるが、気にしても仕方ない。シュラフに潜り込むと疲れていたのかすぐに意識が遠くなっていった。

息が苦しくて目が覚めた。明らかに体に酸素が足りていない。1時間ほど眠ってしまい、呼吸が浅くなってしまっていたようだ。再び標高6000mの世界に戻ってきたな、そんなことを考えながらゆっくりと深呼吸を繰り返し、意識を回復させていく。

夕方、キャンプ2からアマ・ダブラムを見上げる 撮影:上田優紀

夕方、テントの外に出て、明日上がっていくアマ・ダブラムを眺める。改めて見るとものすごいルートだ。頂上までほとんど座れる場所もなく、そのまま垂直の壁が続いている。ここまでも十分険しい道のりだったが、さらに厳しくなっていく。まるでキャンプ2は別世界との境界線のように思えた。この先はアマ・ダブラムの懐の中に入って行く。

キャンプ2を出発し、難所マッシュルームリッジ越えを目指す 撮影:上田優紀

氷の上を滑落しないよう、気をつけて歩く 撮影:上田優紀

朝起きると快晴だった。暑かったが最初からダウンスーツを着込み、キャンプ3を目指す。どこまで続くか分からない岩壁を喘ぎながら登っていくが、撤退した前回よりも明らかに調子が良く、スピードも速い。次第に岩は氷の壁に変わっていき、ピッケルを使いながら丁寧に進んでいった。

キャンプ2より上は空と氷のコントラストが美しい世界が広がる 撮影:上田優紀

標高6300m、真っ白な氷壁と宇宙を抱えた濃紺の空のコントラストが美しい場所だった。迷路のような氷と雪の世界を登っていく。聞こえるのはザクッザクッというアイゼンが氷に食い込む音と自分の吐息だけだった。静寂に包まれ、とても気持ちのいいクライミングがここを6000mの世界だということを一瞬だけ忘れさせる。


頂上直下に貼られたキャンプ3のテント 撮影:上田優紀

充実した時間を過ごしながらゆっくりと、午後1時にキャンプ3に到着。キャンプ2より上でテントを立てるスペースがあるのは唯一ここだけだった。ここからはもう頂上直下。キャンプ3からそのまま垂直の壁が頂上まで伸びており、その頂は眩しい太陽の光を反射し、純白に輝いていた。

世界第6位のチョー・オユーが夕陽に染まる 撮影:上田優紀

日が沈む頃、再び風が強くなってきた。雪煙が舞い、頂上は隠れて見えなくなってしまった。嫌な記憶が蘇ってきたが、そんな僕の気を知ってか知らずか、世界第6位のチョー・オユーが夕陽に染まり、その美しい姿が少しだけ気持ちを落ち着かせてくれた。

その日は夕食を午後6時にとって、7時前にはシュラフに入った。仮眠をとって、午前1時に起床、出発は2時、6時半頃には登頂できるはずだ。午前1時、予定通りに起床、前回と同じように1時間かけて準備を進めた。バックパックの中も前と同じ。カメラの予備電池は暖かいダウンスーツの内ポケットに入れている。あとはアイゼンを履いて出発するだけだったが、風がテントを叩く音が想定よりも強かった。

ベースキャンプからの連絡によれば、あと1時間ほどで弱まってくるはず、とのことだったのでしばらく待機することにした。やることもなくぼんやりしていると良くないイメージだけが湧いてくる。
このまま風が止まず、朝を迎えたらどうしよう。夕方にはキャンプ2に降りなくてはいけない、食料だってギリギリしかない、そうなったら本当にアタックを中止するしかない。早く止んでくれ、そんなことを願いながらテントの中で出発の時を待ち続けた。

午前3時半。風の音は少し弱くなっている気がする。狭いテントの中で隣に座るシェルパに声をかける。

「行こう!チャンスだ!」

真っ暗な中をロープとヘッドライトの光を頼りに氷の壁を登っていく。標高6500m、極端に薄くなった空気と見上げても先が見えない垂直の壁が肺を握りしめるように押しつぶし、全く息が出来なくなる。
5歩進んで、立ち止まる。5回呼吸をして、次は7歩進もうとするけど、やっぱり5歩しか足が上がらない。足は鉛のように重く、アイゼンを壁に蹴り込む力もほとんど残っていない。咳き込むたびに折れた肋骨が響くように痛む。氷点下25度にまで下がった気温は体を凍らせ、ついには動いているよりも止まっている時間の方が長くなっていた。

標高6500mでこの垂直の氷壁を登っていく。写真は下りに撮ったもの 撮影:上田優紀

これが高所登山の世界。足をあげることはもちろん、一枚の写真を撮ることさえ困難な世界。どうして僕はこんなところで、そしていったい何をしているんだろう。足を止めるとそんな事ばかり考えてしまう。

「そこに山があるからさ。」

ジョージ・マロニーの言葉がふと頭をよぎる。彼の真意は分からない。けど、生きとし生ける全ての生物が決して生存出来ない世界で人間という小さな生命がこれでもかと、そのか弱い灯火を燃やす行為に魅力を感じていたのではないか、そして、それこそが「生きる」という行為そのものではないか、アマ・ダブラムの氷壁でかつての英雄に想いを寄せる。

生きる、僕は生きている。今まで経験したこともない過酷な世界に身も心もボロボロになりながら、そんな当たり前の事を強く実感し、一歩、また一歩と足を進めていった。

日が昇り、ヒマラヤに朝が広がっていく 撮影:上田優紀

どれほど時間が過ぎただろう。氷の絶壁にしがみついたまま、振り返ると真っ暗だった世界が少しずつ光を帯び始めていた。日が昇り、ゆっくりと世界に色を付けていく。
暗い夜が終わり、ヒマラヤに朝がやって来た。太陽はこんなにも暖かかったのか。光が凍った体を温め、少しずつ心を溶かしてくれる。半分意識もないままさらに歩き続け、垂直だった壁が次第に緩やかになってきた。気が付けば遥か彼方に思えたその頂はもう目の前にまで迫っている。

頂上からはヒマラヤの山々が一望出来る 撮影:上田優紀

10月28日、午前7時45分、僕はアマ・ダブラムの頂に立った。最後は這うように歩き、倒れこむように辿り着いた。頂上からはヒマラヤ山脈がどこまでも広がっており、数えきれないほどの美しい山々が凛とたたずんでいる。雲ひとつない快晴。標高7000m近い場所とは思えないほど穏やかな風が吹いていた。

アマ・ダブラムに登ったところで何か貰えるわけではない。前人未到の記録を達成したわけでもないし、未踏峰を制覇したわけでもない。
けど、自分では決して足を踏み入れることなど出来ないと思っていた未知の世界を自らの足で歩き、希薄な空気を吸い、全身を使ってその世界を体感できたこと、そして、何よりもこの登頂で自分の可能性を広げられたことは僕にとって大きな意味を持つのは間違いなかった。

僕はもっと遠くに、まだまだ見たことのない世界に行ける。そんな明るい希望に心が満たされていく。

アマ・ダブラム頂上から臨むエベレスト 撮影:上田優紀

目の前には世界最高峰エベレストが雪煙を上げながらそびえ立っている。いつかはその頂へ。もう何も残っていないはずの体の奥底から熱いものがこみ上げていることに気が付いた。カメラを片手に未知の世界を巡る僕の旅はこれからも続いていく。

 

【個展開催のお知らせ】

アマダブラム写真展
出典:Canon
この紀行文を書いているネイチャーフォトグラファー・上田優紀さんの個展が開催されます。

キヤノンギャラリー銀座: 12月13日〜19日(15日はギャラリートークも予定)
キヤノンギャラリー名古屋: 1月17日〜23日
キヤノンギャラリー大阪: 2月14日〜20日

上田さんが感じるままに撮影したアマ・ダブラムの写真をぜひ身近に感じてみてください!

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アマダブラム
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上田 優紀
上田 優紀

極地・僻地を撮影する写真家。地球上にあふれる想像もできない風景をお届けするため今日も旅に出ます。 instagram: photographer_yukiueda

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