この標高では1日4リットルも水を飲む必要ある。大量のお湯を沸かし、何杯ものコーヒーをゆっくりと飲み込んでく。体は疲れ果てていたが温かい飲み物が心を癒してくれた。まだ余裕があり、高所順応は今のところは上手くいっているように思える。
雲をヒマラヤの山々が突き抜けている。今まで見たこともない景色だった 撮影:上田優紀
夕暮れ、神秘的な景色に包まれた。キャンプ1より下で広がる雲をヒマラヤの山々が突き抜けて、それが地平線の向こうまで続いている。標高6,000mを超える山が当たり前のように点在する、おそらく世界でもここでしか見られない風景に息を飲んだ。
日が沈むと一気に気温が下がっていく。夜中、寒さと空気の薄さで何度も目が覚める。シュラフの中に入れ忘れたお湯は完全に凍りつき、テントの外は氷点下15度になっていた。
満月がヒマラヤ山脈を照らす 撮影:上田優紀
トイレをしに外に出ると、夜にも関わらず影ができるほど明るく、満月がアマ・ダブラム南壁を煌々と照らしている。僕ひとりがアマ・ダブラムと向かい合って対話しているような不思議な感覚に寒さも時間も忘れていつまでもたたずんでいた。
キャンプ1を出発するとすぐに険しい岩場が始まる 撮影:上田優紀
朝、太陽が昇るのと同時に目が覚めた。2時間以上続けて眠ることは出来なかったが体調は悪くない。一度、標高の低いベースキャンプまで戻り、休養日をもうけて体を回復させた。2日後、再度、ハイキャンプ、キャンプ1、そして今度はキャンプ2まで進んでいく。キャンプ1から上は切り立った稜線のリッジを歩き、いくつもの岩壁をロッククライミングしながら登っていく。
イエロータワーを見上げる 撮影:上田優紀
キャンプ2の直下までやってくるとイエロータワーと呼ばれる壁が現れた。イエロータワーはアマ・ダブラム登山においていくつかある難所のひとつで、これまでよりさらに厳しい絶壁を標高5,800mの高さでクライミングしなくてはいけない。僕の前を行くシェルパでさえ何度も止まりながらゆっくりと登っている。
イエロータワーを見上げ、比較的登りやすそうなルートを確認し、壁に取り付いた。足を数センチもないくぼみに引っ掛け、右手の登高器を使い、腕力を頼りに登っていく。激しい運動にすぐに腕に乳酸が溜まり、息は苦しくなる。足を滑らせ、何度も落ちそうになりながら少しずつ高度を稼ぎ、イエロータワーの上に辿り着いた時、立っていられないほどの疲労に襲われた。
リッジ上に作られたキャンプ2 撮影:上田優紀
正しく呼吸を繰り返しても上手く酸素を取り込めない。倒れこむようにキャンプ2のテントに入り、横になりながら2リットルの紅茶を時間をかけてゆっくり飲んでいく。
キャンプ2から見上げるとアマ・ダブラムの頂が夕陽に染まっていた 撮影:上田優紀
この日、朝からほとんど水分を取らず、標高5,500mから500m近く激しいクライミングを繰り返してきた。重たい頭痛や吐き気はあきらかに高度障害の初期症状だ。夕食に食べたインスタントヌードルやさっき飲んだ水も全部吐いてしまった。