恐るべし……ハチ被害の実態

夏~秋頃になると、目にすることの多いハチ被害のニュース。毎年どのくらいの人が亡くなっているかを知っていますか?
毎年厚生労働省が発表する人口動態調査の結果によると、ハチによる死亡者数は例年20人ほどと報告されています。この死亡者数は、有毒生物によるものとしては国内トップです。ハチに刺されても必ず死に至るわけではないので、軽症で済んだケースを含めれば、ハチ被害の母数は、この何十倍もあることが想定されます。
登山道で起きたハチ被害事例
命の危険にも繋がるハチ被害は、山での被害も多数報告されています。2017年に実際にニュースになった登山中の事例を見てみましょう。
2017年8月11日 高千穂峰
鹿児島県霧島市の高千穂峰の1合目付近で、登山客十数名がスズメバチ襲われた。ハチの種類は地面に巣を作るスズメバチ科の「クロスズメバチ(ジバチ)」と見られ、登山道脇の土手の地面から巣が見つかる。刺された登山客は全員軽症だったとのこと。
2017年9月10日 大滝山
香川県と徳島県の県境に位置する大滝山の登山道で、登山者8人がスズメバチに刺され病院に搬送されたが、いずれも軽症だったとのこと。市内の登山クラブに所属するメンバー20名で下山中だった。
2017年9月11日 藻岩山
北海道札幌市の藻岩山の登山口で、男女11人がキイロスズメバチに刺された。全員軽症だったとのこと。
2017年10月1日 白岳
長崎県佐世保市の白岳自然公園の向かいにある白岳で、白岳自然公園主催のイベントの一環である登山中だった親子連れ20人が下山時にスズメバチに襲われ、うち子供4人と大人2人が刺され病院に搬送された。
登山に付き添っていた公園の看板犬であるボーダーコリーのオス“ロン”がスズメバチを追い払うようにかけより、自ら標的に。その間に登山者は避難することができたという。ロンは、20か所以上も刺され治療を受け、1ヶ月ほどして回復したとのこと。地元の長崎新聞でもロンの勇気ある行動が報じられ、ロンを称える声が相次いだ。
2017年10月4日 飯盛山
神奈川県から林間学校に訪れていた小学生10人と教師1人が、長野県南牧村の飯盛山に向かう林道でハチに刺され病院に搬送されたが、いずれも軽症だったとのこと。ハチは地面に巣をつくる「クロスズメバチ」と見られている。
夏から秋は特に注意!
事例のように、登山中のハチ被害ではスズメバチによるものがほとんどです。スズメバチは春から活動を開始し、巣作りが活発になり繁殖期となる7月~10月頃は数も最も多く、攻撃性も増す時期。ちょうど登山のハイシーズンや秋の行楽シーズンと重なるので、山へ行く際は注意が必要です。
スズメバチが攻撃してくるのはココ!
『おどろきのスズメバチ(中村 雅雄 著、講談社)』に掲載されている「スズメバチが人間の体のどこをねらって毒針を刺してくるかを調べたデータ」によると、どうやら、頭部や手足が狙われやすいようです。
手を指される被害が多いのは、スズメバチに「動くものを敵とみなして標的とする性質」があるためです。
スズメバチに襲われるとき、とっさに振り払おうと手を動かすことが多いため、こうした結果が生まれてきます。そのため、スズメバチと遭遇した時には、まず落ち着いて動きを少なくすることが、刺される被害を軽減する一つの大切な方法となるのです。
▼スズメバチの種類と対策についてはこちら
体の部位で狙われやすい箇所は分かりましたが、では、黒いものが狙われるという噂は本当なのでしょうか?
黒いウエアは狙われるって本当!?
黒はハチに狙われる色とよくいいますが、実際はどうなのでしょうか。本当ならば、登山で黒いウエアは避けたいですよね。『スズメバチはなぜ刺すか(松浦 誠 著、北海道大学図書刊行会)」の中で、スズメバチの前で様々な色の布を振り回した実験をされているので、結果をご紹介します。
敵意を示した色は……
敵意を示し、激しい攻撃をしかけてきたのはやはり「黒」でした! 天敵であるクマの毛の色を認識していて、本能的に黒いものを狙ってくるという説もありますが、一説によると私たち人もスズメバチの天敵であるとする説もあります。
もともとアジア圏を中心に分布するスズメバチは、ハチノコを狙うアジア人の黒目黒髪に対抗するために、こうした特徴を身に着けたのではないか……、とも考えられているのです。
黒ければ必ず刺されるわけではありませんが、黒いものは彼らの標的になる可能性が高まるため、できれば黒や濃い色のウエアは避けたほうが良いでしょう。
その他の色では「青」にやや多い程度で、他の色はあまりハチを刺激しなかった。とくに「白」や「銀」にたいしては巣にたいする刺激が強くない場合はほとんど反応せず、かなり強い刺激を与えた場合でも、「黒」に比べると攻撃してくるハチは10分の1以下であった。
ハチにの色彩感覚って……
ハチの中でもミツバチの色彩感覚についての研究では、オーストリアの動物行動学者でありノーベル生理学・医学賞を受賞しているカール・フォン・フリッシュが、ミツバチは紫外線に敏感な感覚を持っており、波長の短い紫外線とは逆の、波長の長い「赤」は見えていないことを明らかにしています。
ある程度の色認識はしていても、見ている世界は人間とはまた違う世界になっているのです。スズメバチについては明らかになっていませんが、少なくとも色の濃さについては認識していると考えられるため、黒でなくても濃い色の服は、黒と同じように標的になりやすい可能性があります。
▼ハチ対策にぴったりのウエアの色についてはこちら
▼ハチに刺されるとどうなる!? 正しい対処方はこちら
▼アナフィラキシーショックについてはこちら
スズメバチの巣に気づかず、近づいてしまうことも無きにしもあらず。もしも登山中にスズメバチに遭遇してしまったら、どうしたら良いのでしょうか?
もしも、登山中にスズメバチに遭遇してしまったら……
スズメバチは、フェロモンというニオイ物質をつかって仲間とコミュニケーションをとるため、香水や整髪料、食べ物などのニオイに敏感です。スズメバチは、こうしたニオイや登山者が歩く振動などを察知し、それにより人を気にして時に攻撃をしかけてくるのです。
ただ、必ず攻撃してくるわけではありません。スズメバチが攻撃してくる様子と私たちがとるべき行動を段階ごとに見てみましょう。
スズメバチ目線でチェック! 攻撃するまでの3ステップ
「ん?動物が歩くような微振動…?いつもとは違うニオイもするぞ。敵が近づいているかもしれない。様子を見に行ってみよう!」
「やっぱり! 怪しい奴がいるぞ!」
※人の周りを旋回する
「おーい、みんな! 敵が来たぞ!」
※毒液を撒いて、仲間に知らせる
「ここは私たちの縄張りだ! これ以上近づくと攻撃するぞ! 」
※カチカチとあごを鳴らしたり、タックルするような行動をとり始めます。
「こっちは攻撃する準備万端だぞ!」
「こちらの警告を無視して近づいてくる……!」
「危険だ!よし攻撃開始だ!」
段階別!スズメバチ遭遇時の対処法
【①様子見の段階】
スズメバチが自分の周りをぐるぐると旋回しているのは、こちらを気にしている証拠。巣から遠い場合は、ただニオイを気にして様子をみているだけのときもありますが、巣が近い場合は危険です。この時点で必ず攻撃してくるわけではないので、静かに後退りして遠ざかりましょう!
ハチは動いているものに敏感なので、この時点で大きな動きをとるのは控えましょう。じっとしていると離れていく場合もありますが、巣の近くの場合は、距離もとった方がいいので、静かに離れた方が良いでしょう。
【②警告の段階】
あごをカチカチ鳴らしたり、タックルしてくるときは、もう本当の最終警告!
すでに危ない状態に来ているので、手で振り払ったり、身体を大きく動かすとたちまち攻撃されてしまいます。なるべく姿勢を低くし、静かに巣から遠ざかりましょう!
あごの「カチカチ」音は少し高い音なので、慣れないと聞き逃す場合もあります。また巣との距離によっては、この警告をする間もなく刺してくることもあるので、「この音を聞くまでは大丈夫」ということにはなりません。
【③攻撃段階】
威嚇したのに巣から離れない、もしくは巣に刺激を与えた敵には、攻撃をしかけてきます。毒液は刺して使ってくるだけでなく、ふきかけてくることも。
毒液には「こいつが敵だ」と仲間に伝えるニオイ物質も含まれるため、こうなるとじっとしていても刺されるようになってしまいます。
ハチが攻撃モードになったら、もう走ってでも逃げるしかありません。ハチが追ってこなくなるまで逃げましょう。
スズメバチも必死!? 登山の際は対策を!
スズメバチの女王は春から巣作りを開始し、晩夏から秋にかけて繁殖期を迎えます。その寿命は女王バチで1年、働きバチで1ヶ月程で、秋に新しく誕生した新女王バチだけが冬越しをし、次の年へと世代をつないでいきます。生物にとって世代をつなぐことはとても大切なので、スズメバチが必死に自分たちの巣を守ろうとするのは当然の行動です。特に攻撃的になる時期も、スズメバチの生態を知ると合点がいくのではないでしょうか。
スズメバチも、生態系の一員としては捕食者として大切な役割を果たしています。いなくなると、彼らがエサとする虫が増えるなどの可能性があるため、スズメバチが一定数生息することは、巡り巡って私たちにとって必要なことでもあります。
とはいえ、刺されると命の危険もあることは事実。だからこそ、生態を正しく知って事故予防をすることは大切です。
登山中はとにかくスズメバチの巣に近づかないこと、そしてスズメバチを刺激しないこと。できる対策をしっかりととって登山に出かけましょう。スズメバチも私たちも穏やかに山で過ごせると良いですね!