【私の登山史】1960年5月、八ヶ岳縦走から見る”登山・道具・食料”とは

60年前の登山、想像したことがありますか?倒木でまともに歩ける箇所は少なく、そのうえ荷物は重く、過酷を極めたであろう当時の登山。「私の登山史」と題して、今回は登山歴59年にもなるbandana55さんの貴重な記憶と記録を特集します。

当時の登山道は整備も不十分。倒木群をかきわけて歩いたよ

そう語るのは、登山歴59年にも上るbandana55さん。まだ登山道も標識も今のような、十分な整備をされた状態じゃなかった1960年代。彼の残している貴重な写真と共に今回、当時のギアや行動食、ちょっとしたエピソードまで語って頂きました。登山の歴史、最後まで目がはなせません。

bandana55さんは、1960年代の主に八ヶ岳・アルプスの記録を残している。

1950年代は、アンナプルナ・エベレスト・マナスルなど8,000m峰の初登頂が続き、まさに1960年は戦後登山ブームの真っ只中。bandana55さんは4月30日~5月4日までの5日間をかけ、職場の仲間と八ヶ岳南北縦走へ向かったのです。今回は、八ヶ岳縦走を軸に、アルプス縦走などの記録も交えながら当時を振り返ります。

天気は曇り時々雨。こうもり傘をさしながらの登山になった

写真では、麦草峠・茶臼岳への標識は確認できるものの、道は十分に整備されているとは言い難い状況。そこに加えて雨という悪天候の中、今のような優れたレインウェアがあるわけでもなく、こうもり傘を差しながらの登山は相当な体力消耗をしたはず。

初日の幕営は、七ツ池。マットのかわりにダンボールで寒さを凌ぐ

性能のいいマットレスやシートがなく、米軍のシュラフの下に、ダンボールをひいて快適性・暖をとる工夫を。しかし、雪解けままならず尚且つ悪天候だったため、寒さで眠ることができなかったそう。写真には、こうもり傘も。

テン泊の食事は、アルファ米と魚の缶詰。疲労回復には生のニンニンク!

出典:ヤマレコ by bandana55(写真は1961年の南アルプス・御座石鉱泉の河原時の炊事の様子)

主食は米の飯盒炊飯でアルファ―米も携行し、副食は魚の缶詰が多かったです。カレーは現在のようにレトルト食品は無かったので、カレー粉・ジャガイモ・玉葱・ソーセージで炊き上げました。疲労回復の特効薬は生のニンニクを夜食べました。・・・自分で強烈な匂いに痺れます(笑)by bandana55さん


まるで障害物競争。台風による倒木がひどく、行く手を阻む

2日目も雨。前年の台風による倒木がひどく、途中で出会ったパーティとはまるで障害物競争。幸い、地形図を持参していたから道迷いは起こさずに済んだものの当時の状況を想像すると、緊張感が走ります。

当時の八ヶ岳は、登山道の標識は少なかったものの、地形図を携帯していたので道迷いはしませんでした。現地の駅着は早朝だったので、登山口までの市街地は最短距離を探し乍ら歩きました。(タクシーなどは贅沢な手段は出来ませんでした)by bandana55さん

横岳付近では、同行者が雪目にも・・

同行者の様子がおかしい。サングラスをつけていなかったので、すぐに自分のサングラスを渡し、bandana55さんの腰をすがって、横岳を通過し赤岳へ。

ザックは”キスリング”が主流で「カニ族」と呼ばれていた

出典:ヤマレコ by bandana55(写真は、1962年南アルプス南部縦走の様子)
厚い木綿の生地で、左右に大きなポケットが付いた3室からなるキスリングというザックが主流だった時代。重量が、肩にかかることから血流が悪くなり腕が麻痺してしまうリスクもあり、尚且つ重いテントや食料を背負いながらの登山は、相当な技術と体力、知識が必要だったはず。

行動食は、乾パン・干しぶどう・みかん缶詰

出典:ヤマレコ by bandana55(写真は、1962年南アルプス南部縦走の様子。カメラはミノルタ)
当時の行動食と言えば、乾パンや干しぶどう。テン泊の翌朝には、朝炊いたご飯を雑炊にして梅干しやキュウリと一緒に食べたそうです。干しぶどうや、みかんの缶詰は今も行動食として持っていく人も多くいるのではないでしょうか。

バーナーは白灯油。補助的にメタも併用。

出典:ヤマレコ by bandana55(写真は、1962年南アルプス南部縦走の様子)

メタはテント内では、眼が痛くなるので通気に注意して使いました。by bandana55さん


山頂の標識はケルンが主流。

出典:ヤマレコ by bandana55(写真は、1962年南アルプス南部縦走の様子)
今でこそ道中も、山頂も標識がしっかりあることが多いですが、当時はケルンが多かったそうです。

赤岳山頂ではフィルム切れ。でも圧巻の景色は今でも忘れない

同行者の雪目も徐々によくなり無事登頂、下山をしたものの、残念ながら赤岳山頂ではフィルム切れ。それでもこの写真からも伝わる迫力は、圧巻です。

初登山は17歳の時の塔ノ岳。一番進化した山道具はテントだと思う。

出典:ヤマレコ by bandana55(写真は、1961年南アルプス白根三山登山時の様子)

初登山は、17才の時。川崎工業高校の同級生3人と丹沢の大倉尾根(通称馬鹿尾根)を登ったのがきっかけです。その山行は塔の岳からの下山路は豪雨になり、びしょ濡れで小田急線の座席で乾かしながらの帰宅は痛快でした。あれからもう何十年もたっているけども、一番進化した登山用品は、テントが一番だと思います。軽量になり、設営場所選択が楽でしょう。ツェルトなどはビバーク用に重要。全て軽量になった事をあげます。by bandana55さん

今でも続けている登山。地元の船形山・泉ヶ岳がお気に入り

今尚、登山を楽しんでいるbandana55さん。17歳の時の大倉尾根・塔ノ岳登山からはじまり、八ヶ岳やアルプスのほとんどの山は登り、今では地元の宮城県付近の山に登ることが多いそう。

今登る山は地元の船形山・泉ヶ岳や栗駒山・蔵王が多いです。隣県の月山も大好きな山です。朝日連峰も時々尋ねます。by bandana55さん

山に登るのはストレス解消になる。これからも無理ない範囲で楽しみたい。

登山はストレス解消になるよ。気楽な単独行が主だけれども、最近は若い方とのグループ登山もするようになって来ました。ヤマレコやFacebookでみんなの記録を見て”登った気になる”というのも1つの楽しみです。ヤマレコに過去の記録を投稿しはじめたのは、エンディングノートの一部としてなんだ。by bandana55さん

bandana55さんの山行記録
ヤマレコ

 

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YAMA HACK編集部
YAMA HACK編集部

YAMA HACK運営&記事編集担当。登山をきっかけに自然の力に魅了される。山で飲むコーヒーが大好き。何かあれば必ず山に行き、心身共に整える。山について新しい視点を与えられるような記事作りを心がけて日々執筆活動を行う。

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